閑話1 夢の始まり

 わたしは特別な存在だと、小さい頃からずっとそう思っている。







 だから異世界に召喚されたとき、やっぱりわたしは選ばれた存在なんだって本当に嬉しかった。まあ、聖川心白という顔が少しいいだけのクラスメイトもいたけど。たとえ巻き込まれただけのモブでも、幸運なことだよね。

 まったく、異世界召喚なんてめったに体験できないんだから感謝して欲しいものだ。


 わくわくと辺りを見回してみると、わたしはこの状況に見覚えがあることに気が付いた。



(ここ、『聖女は薔薇を摘む』の世界だよね!?)



 『聖女は薔薇を摘む』は、ちょっと前にわたしが大ハマりした乙女ゲームだ。スマホアプリだからボリューム軽いし、課金で全ルート買っておけば共通部分は読まなくても良かった。


 だからまあ、冒頭はちょっと怪しいけど……確かヒロインは異世界から聖女として召喚された女の子だったはず。それって、まさに今のわたしの状況とぴったり重なっているじゃない?



(ゲームには逆ハールートなかったけど、現実ならできるよね!それっぽいこと言っておけば、みんな勝手にヒロインわたしにメロメロだろうな~)



 ところがわたしがいるにもかかわらず、メイン攻略対象であるエドワードが心白ちゃんにも声をかけた。もちろんわたしより態度が悪いけど、彼らには心白ちゃんも聖女として思われている。その瞬間、わたしは頭から冷水をかけられたようにすっと冷静になった。



(モブだと思っていたけど、心白ちゃんも同じ状況だ)



 わたしがヒロインであることは間違いないのだけど、それでも可能性としては捨てきれない。ほら、最近は成り代わりもよく見るからね。

 でも、わたしは彼女たちとは違う。わたし以外がヒロインとして幸せに生きるなんて我慢できない。



(そうだ、心白ちゃんを悪女にしてここから追い出そう!なんだ、簡単じゃん)



 日本に居たときにもできていたことだし、何度もクリアしたこのゲームの攻略対象の心を掴むのは簡単簡単。何よりわたしにはヒロイン補正があるから、心白ちゃんみたいなバグはない方がゲーム通りに進むよね。



 そこからはわたしの計画通りだった。ゲーム知識を何個か話せば、みんな私を聖女だと信じてくれたわ。



「ああ!俺の名前はエドワードだ!やはり俺の目に狂いはなかったんだ!」



 しかも、なんだかエドワードの態度がゲーム初登場時より甘い気がする。よく覚えてないけど、もっと俺様だったような……まあ、わたしが相手じゃ当然だよね!やっぱりわたしがヒロインだったんだ!



(それでも心白ちゃんにはさっさと退場して貰わないと)



 ゲームで俺様キャラだったエドワードは、一度そうだと決めたらどこまでも信じる性格だ。まあ、頭が固いとも言うけど、わたしが困らなきゃ別に何でもいいや。

 今も簡単にわたしを聖女だと信じたエドワードが心白ちゃんに厳しく当たってくれたおかげで、みんながわたしの味方してくれているわけだし。


 ……もし、心白ちゃんがヒロインだったら、日本に居た頃みたいに使ってあげようと思っていたけど。もうわたしがヒロインであることは疑いようがない。



(なら、最後まで"ひめ"の引き立て役でいて貰わないとね!)



 悲劇のヒロインの方がより愛される。変に悪い噂をされたら困るし、もう残しておく必要もないよね。




 きらきらと光る宝石に、お姫様のような綺麗なドレス。

 煌びやかな宮殿にはたくさんの召使がいて、夢にまで見た王子様や素敵な男がみんなわたしに夢中で、そんなわたしは国中から祝福される特別な存在。



 ずっと憧れていた生活が始まる。

 わたしは、世界で一番愛されているお姫さまになるんだ!








 その時、王宮の陰で楽しそうに謁見室に向かう夢野の姿を物陰で見ていた者がどこかに消えた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る