第37話転生の果てに

顎を掴んでいた手が緩んだ。




「·····一人にしないと誓えるのか?」




 フィエルンはその手をギュッと握ると頷いた。




「誓うわ」


「そうか·····」




 噛み締めるように呟き、シュヴァイツは彼女の肩に凭れかかった。




「クソ、何だよ」




 聖剣で神の攻撃を受け止めていたエスタールには、二人の会話が聞こえていた。苛立ちと諦めが混じったようにぼやいている。




 だが異変を感じたエスタールは空から目を離せないでいた。魔王を治癒することに専念していたフィエルンも気付いて見上げた。




 次第に一帯を照らす神の身体から放たれる眩しさは弱くなっていき、光の神が背中を丸めて翼を畳んだ。




「退いて!」




 嫌な予感に、フィエルンは咄嗟に飛空挺へ一筋の聖女の光を合図代わりに上げた。分からないかもしれないと思ったが、遅れて砲撃を止めた飛空挺が次々と向きを変えて退避しようとした。


 身を震わせた光の神が悲鳴のような『声』を発した。耳をつんざくような奇怪な音に、エスタールは思わず耳を塞いだ。


 シュヴァイツを片手で支えたまま、フィエルンはエスタールへ防御の膜を張り巡らせた。




 そして神は、身体の中から弾けるように吹き飛んだ。身体の中心から全方位に光の波が広がり、巻き込まれた飛空挺が次々と消滅していった。


 ビリビリと空気が肌を刺すような衝撃波が押し寄せ、身を屈ませたエスタールは聖剣を地面に突き立てて飛ばされないように耐える。




「は···結局こうなるか」




 エスタールの声が上擦る。


 光の神の身体を破るようにして現れたのは漆黒の異形だった。


 闇の神の仮の姿だと言われなくても分かった。




 四肢で這う獣のような形をし、長い尾が幾つも分かれている。狼のような長い鼻面に耳がピンと立ち、頭の横には角が下向きに生えていた。光の神よりも、よりはっきりとした姿で身体からは闇が水のように滲み出て地上にボタボタと絶えず零れていく。それに侵された地面が乾き切りぼろりと崩れて穴が空く。




「気を付けて、あれに接触したら死ぬ」




 注意を促したフィエルンが、立ち上がろうとしてよろめいた。横から彼女の脇を掴み引っ張り上げたシュヴァイツが、空を見上げて人間のように溜息をついた。


 元のように再生した身体に黒衣を纏った彼は、彼女に薄い防御膜を張ってやると空中へ跳んだ。




「どうする、シュヴァイツ?」




 彼の手を握ったまま共に宙に浮かんだフィエルンは不安を殺すように片手を胸の前に置いた。




 闇の神の出現は想定内だが、逃げそびれて彼方に墜落した飛空挺の残骸や消滅して跡形もない機体からして、今度こそ自分達だけで行動するしかない。


 無論、エスタールは絶対に死んだらいけない人だから、本当に危なくなったら守り通すつもりだった。




 闇の神によって罰を受ける対象は聖女だろう。だがシュヴァイツはそれを良しとしない。




「フィエルン、誓ったことを忘れるな」




 ゆっくりと手を離した彼に、フィエルンは言い知れぬ不安を掻き立てられて追い縋るように叫んだ。




「どんなことがあっても絶対····絶対に」




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