第26話手に入らぬもの
「メネヴェ····あなたは何てことを!」
「どうしてかしら?主はその時ばかりは私のことを信じて下された」
何度も記憶を持ったまま生まれてくることは苦痛だと、彼に漏らしたことがあった。次に生まれてくる時は全て忘れてまっさらな私でいたらいいなとも。
だから、彼はあの時許さないと言ったのだ。
「シュヴァイツ····」
こんなこと望むはずがないじゃない。望む時は彼も一緒でないと意味が無いのに。
「そなたのことなど直ぐに忘れると思った。あるいは裏切られた憎しみで生まれ変わったそなたを殺すだろうと·····それなのに」
いきなり距離を詰めたメネヴェがフィエルンの首に指をくい込ませた。
「う、く」
「なぜそなたを忘れぬ?なぜそなたなのだ?なぜ私を見て下さらぬ?」
「メネ·····ヴェ」
闇の神の眷属たる魔物である女が、はらはらと涙を流す。フィエルンは驚愕の思いで見ていた。
「なぜこんな気持ちをもたねばならぬ?なぜ苦しいのだ?」
長い年月の中で変わったのは魔王だけではないと、どうして今まで気付かなかったのか。闇が何も生まないなど嘘だ。
原初にあったのは闇と混沌。光はその中から生じたのだと聖女であるフィエルンは知っている。
金色の光が瞬時にフィエルンを包み、悲鳴を上げてメネヴェが離れた。膝をついて咳き込んだフィエルンの横で、彼女は焼けた手を庇いながら罵った。
「また殺してやる。あの方の前に現れる前に、あの方が忘れるまでずっと」
メネヴェが、これほどの激情を抱えていたのにテネシアは気付きもしなかった。
当時のテネシアは、常にシュヴァイツを映して幸福を享受していたのだから。
溢れた薬草茶が空中へ立ち昇り、無数の針に形を変えた。
「死ね!」
「メネヴェ!」
一斉に降り注ぐ針は、フィエルンには届かなかった。聖女の力はメネヴェの攻撃を跳ね返した上に上乗せし、彼女の身体に多くの穴を開けた。
「ぐっ、そな····など」
ちぎれかけた腕を伸ばし尚も掴みかかろうとするのを、フィエルンは目を逸らすことはなかった。
メネヴェは聖女には勝てない。分かっていたから毒を呑ませたのだ。
だけど今の彼女は何も考えていない。ただ必死だった。
聖女の光に触れた肉体が焼け爛れていく。
「ある······シュ····」
崩れたメネヴェには上半身が辛うじて残っていいた。ブツブツと言葉を紡ごうとするが声はもう出ない。
それでも恋した男の名を呼んでいるのだと、フィエルンには分かってしまった。
だからこの神殿を守る結界を彼女の為に一度解いた。光に炙られた身体は魔王ほどの存在でない限り再生しないから彼女は近いうちに消滅するだろう。
メネヴェは名を呼びながら、すうっと姿を消した。最後に彼に会いに行ったのだ。
聖女の力の痕跡をシュヴァイツが気付かないはずがない。彼に残酷に殺されると分かっていて、フィエルンはメネヴェを行かせたのだ。
テネシアとしての自分を殺され、シュヴァイツを1人にしてしまったことの怒りはあった。でもメネヴェの気持ちは痛いぐらい伝わった。
だからこれはフィエルンなりの手向けだった。
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