第8話 プロゲーマーのスケジュール
『ねえ、どうしてなの?どうして?』
モニターの中から女性の声が響いている。
翔はその相手の姿を見ることなく、キーボードだけ見つめていた。
「ごめんなさい。でも、こうするしかないだ」
『あなただってこの現実を知っているはずよ?これが正しいはずがないと理解しているのでしょう?』
「君の言う通りだ。正しい訳がないんだ」
『なら……』
「だからと言って、君をこのまま見過ごすわけには行かないだ。君がやっている行動は間違っている」
『誰だってそう望んでいる。お互いはお互いにこの世が滅べば良いと思っている。でも、それを押し殺している。どいつもこいつも気に入らない。けれど生きていくには我慢するしかない。あなただってそうでしょう?研究だって誰にも評価されず、打ち切りになる羽目になっている。私が救ってあげる』
「…………僕にそんな救いは要らない。ダメなんだよ。見過ごすわけには行けないごめんなさい」
これ以上話をしても無意味だ。お互い譲らない立場と論点。平行線になってしまった論点。
全ては手遅れだ、と判断した翔はトン、と一つのボタンが押す。
すると、その音とともに、ピー、ピー、ピーとサイレントが鳴り響く。
『私は失敗作だとあなたは言うの?』
「ごめんなさい。ごめんなさい……あなたをここまでした僕が悪い。どうか、僕を恨んでいてくれ」
うつむき、目を閉ざす。視界を遮断した、これ以上の出来ことは関わりたくない。
繰り返しだされる言葉はそれだけ。挫折や絶望の渦が取り巻かれていく。すべき行動はしたが正しい行動ではない、矛盾していることは翔も理解している。
『……やさしいのね。けれど、覚えて置きなさい。私はあなたを憎む。そしてあなたをこの世で最にも愛している。だから、私は帰ってくるわ。あなたを殺しに。そしてあなたをもっと愛するために。魂をこちら側に持って行くわ。今度こそ私たちのパライゾを作りましょう?八月一日翔』
彼女をそう放つと、キャキャキャキャと耳障りの笑いを浮かべた。
翔は耳を塞ぐが、その笑いは脳裏の中から響かせる。まるで、それは悪魔の笑いのように、心を蝕んで行ったのだ。
********
「うわ!?」
飛び上がる。軟らかいベッドから起き上がる。汗塗れな身体、ベトベトだった。
(……久しぶりに悪夢を見た)
さっきの光景は夢、現実ではない、妄想の一類。それ以上でもそれ以外でもない。
翔はブルブルと頭を振る。起動していない脳を起こすためでもあった。その後はゆっくりとベッドから立ち上がり、周囲を見回す。
一軒部屋、ベッド、机、椅子、一定の家具が揃っている。しかし、ここの部屋は翔の見知った場所ではない。
その証拠に窓から写し出されている光景はビルが立ち並んでいる。界隈には駅があり電車も走っている。東京23区がよく見られる。
翔は窓を覗くと、電車が停止しているのを確認する。
まだ、電車が運行する時間帯ではないことに気づく。
ここは翔の家ではない。ここは光の自宅、秋葉原にあるマンションだ。
「やっぱり慣れてない環境で寝るからこう悪い夢でも見るのかな」
ぽりぽりと頭を掻き回し、窓の光景を眺める。
優しい朝日を浴び、頭を起床されるようにぼうとする。気持ちがいい朝でもあった。
「……薬は持ってきたはず」
ふと、気が付いたのかのように机の上に視線を移す翔。
そこにはピルケースが置いてある。青い薬が中に入っている。
帰国してからずっと愛着なように身に着けているもの。医師に鬱と診断され処方された薬。これ無しで生きるのはかなり厳しい状態だった。
精神には異常だと診断されている。
……アメリカで研究が失敗したせいだ。
「クヨクヨしていたらまた兄さんと光にも怒られる。今日も頑張らないと」
パンパンと顔を叩き起こす。気合を入れるのは顔を叩く、と陸から教われた通りにする。気合が入ったのかわからない。
しかし、初日の合宿はいい意味でやっていける気がした。
翔はそう思いながら机にあるピルケースを開き、隣にあるミネラルウォーターと一緒に飲み込んだ。
***********************
「『アサルト!』」
翔が選択した、技を使うと「光の神ルー」は先行し攻撃を始める。
離れている敵を音速に駆け込み槍を大きく巨人に当てる。
すると、ガン!と、岩が砕けた声と共に巨人が揺らつく。
「やったか!?」
相手の確認をするように、「光の神ルー」は巨人を見つめる。
しかし、巨人の体力はまだ一割程度残っていた。
「これでもまだか!」
幸い、スキル『アサルト』の効果は2秒間、スタン効果(動きを封じる)がついている。もう一度仕掛けることは出来る。
巨人は身動きを封じられていた、その間に素早く「光の神ルー」は後方へと下がる。体制を整え、もう一度攻めることを考える。
「判断が遅い!相手が動けるわよ」
光の言葉通り、タイタンは動き始めた。相手は後方へと下がる準備をした。
このままでは、相手が逃げられてします。
「『ブリューナク!』」
そんなところで、「光の神ルー」はウルトを発動する。
すると、「光の神ルー」は足で大地を踏み、右手で槍を構える。
全身の力を槍にかけると、次に槍を全力で投げた。
一直線で投げられた槍は光の螺旋を描き、タイタンの胴体に直撃する。
光の螺旋を喰らったタイタンは胴体から崩れて、粉々になっていった。
「やった!倒せた」
「何がやったよ。これは致命的なミスだわ。ウルトの無駄使いよ」
「え?」
そういうと、周囲を見てみると、他の敵の英雄がこちらに向かってきている。
囲まれる前に「光の神ルー」は撤退を選んだ。
「ウルトで一体だけしか倒せた。さっき、後退したわよね?後退しなくて、前に出てウルトを放っていれば、残りの2体も倒せるのよ?」
「あ……でも、囲まれたら、元も子もないと思って……」
「こちらの攻撃範囲は長いのよ?ウルトで2人抜きはできるのよ?」
「……ああ、確かに」
指摘された翔は、現実世界では顔を青ざめていた。
自分のミスで、勝利には一歩届かなくなってしまった。
残りの英雄2体を倒す手段は、「光の神ルー」には残されていない。なぜならば、「光の神ルー」のウルトクールダウン時間は1分。この1分を待たないと、もう一度「ブリューナク」を放てないのだ。
つまり、他のプレイヤーに託すしかないのだ。
翔は目線を倒れた巨人『巨人タイタン』を見つめる。
対戦しているのはネット対戦の3対3の小規模の団体戦である。
巨人操作主はネットを通じて、匿名の『AnA』と対戦、実戦しているのだ。
「まあ、ナイスタイミングでも言うべきでしょう。私が居たからなんとか倒せたけど、リスキーすぎるわよ。初心者なんだから、味方の事も考慮した方がいいわ」
「あう……」
光の指摘を受けてすぐにも眼差しを落とす。
強くなりたい、あと十日後にはもう大会が始まる。その前に自分は鍛えなければ行けない。
もっと、強く。もっと、手の反応を早く。
そして、もっとみんなと連携プレイ出来るように。
「ぼさっとしない!次目指すわよ!」
「は、はい!」
「ゲームはもう後半戦。一気にコアを叩くよ?」
円卓の騎士は前に進む、敵本拠地へと進む。
味方の兵隊、ミニオンと共にまっすぐと向かう。
お互いのレベルは15だ。そろそろ閉幕になる頃合いにもなった。
勝負がつく頃あいだ。
*********
「「「「「「「いただきます!」」」」」」
「はい。召し上がれー」
食卓に囲み、『不滅の騎士』メンバーは揃わせて声を上げたあと目の前にある合宿の定番、カレーを口にする。
翔の左側に座っている料理人は優しく微笑み、みんなが口にするカレーを見守る。
「お!うまいぞ!こりゃいい!んむ!む!む」
「兄さん、少しはしたないよ。まだまだカレーはあるんだから。そんな急がなくても……」
「バカ野郎!腹が減っては戦ができぬ!ここで食わないと夜の訓練は出来ないぞ!翔!お前ももっと食え!」
翔の隣に右側に座っている兄、大翔は忠告を聞かずに目の前のカレーをガバッと飲み込んでいる。正直、行儀が悪く、早食い競争のようにカレーを飲んでいた。
「ダメですよ。翔君。ああ、なっては何を言ってもどうしようもありません」
「圭太さんは、よく知っていますね」
「まあ。以前は僕も口を酸っぱくして言っているのですが、もう諦めた。ダメだですね……あなたの兄貴はひどいもんだ」
「あははは……」
翔のやや迎え側に座っている軍曹の圭太は大翔と違い、清楚よくカレーを口にしている。
スプーンにカレーを援うと、口に運ぶ仕草は丁寧で大人びたものだ。
「大丈夫。大丈夫。まだ、カレーは残っているからー」
「さすがマネージャーさん。これまでとは違う感じだ。なら、次は毎日僕のために味噌汁作ってくれないかな?」
「うーん。それはNGかなー」
「あっけなく振られたか。手厳しいねえ、まあカレーで我慢しますか」
ムードメーカーの彰人は軽く笑いながらカレーを口に運ばせる。
いつものナンパであるが、少し一味違う直球を投げてきたと翔はそう思った。
「しかし、よくカレーの材料を見つけたな。このマンションにこんな素材があると思わなかったぞ」
「あー。それはね、みんながゲームに集中しているときにこの辺のスーパーで買い物してきたの。ここってなにもないよねー。冷蔵庫開けてみたらエナジードリンクしかなかったし。最初は困ったけど、スーパーが近くにあるのは助かったよー」
「そりゃそうだな!なにせ、このマンションにゲーム以外なものはないからな!ハハハ」
大笑いを繰り広げるタンクの陸。
マネージャーの苦労は理解出来ている様子だった。
一人暮らしで10LDKは勿体ない程の広さは放置されていた場所もある。それと逆に広さと裏腹に家具は少なかった。各部屋にベッドと机といすがある程度で、それ以外の家具は存在しない。それにそれらもゲームするために最低限必要な道具だった。
陸が言う、ゲーム以外なものはない、というのは事実偽りのない言葉だった。エナジードリンクであってもそれはゲームに必要性なものだ。よく大会ではエナジードリンク企業の宣伝やスポンサーとしても活躍している。無論、次回に試合の『K.T大会』でも、エナジードリンク企業はスポンサーとして活動している。
「失礼ねえ。ゲーム以外にもキッチンはあるじゃない。冷蔵庫もベッドも」
「それはこのマンションの家具付きじゃ……」
「………圭太、それ以上を言ったらこの家から追い出すわよ?」
「申し訳ない。これ以上は何も語らない事にします……」
「よろしい」
パク、とカレーを口に運ばせる光。
遅く、清楚に食事をしていたのだ。
「よし!食い終わった!じゃあ、会議をしよう!」
「ちょっと待って兄さん!みんなまだ食べているから!!!」
「まあいいさあ!俺が一方的に話すだけだから、お前らは黙って聞けばいい」
マイペースで語り出す大翔は一杯の水を手にしてから、真剣な音で語り出す。
「これからの予定だが、翔の練習も順調にやっているらしいな」
「まあ、成長は普通の人間より遅いけれど、なんとかは成長しているわ?」
「あう……」
痛いところを突かれたのか、翔はみぞおちをつかむ。
「しかし、模擬試合を見ていると、翔も成長したな!英雄を倒せるようになったからな」
「まぐれですよ。それに、倒せたのは久遠さんのコーチングがあったからです。兄さん」
「いいや。まぐれだとしてもお前はその結果を出した。胸を張ってもいいのだぞ?」
翔はその言葉になにも返さず、無言で見つめるしかなかった。
本当にそれでいいのか、運は実在しない、と翔は一層とは違う思考で働かせていた。
「まあいいさ。これで、お前の事はよくわかった」
「わかった?」
「キャラクターの相性だよ。お前やっぱり初心者がおすすめするキャラに向いてない」
「どういう事?」
大翔は『ふふーん』と鼻を鳴らし、カレーを口に運ぶ翔に答える。
「まあ、お前の頭の中は一般人と違うと言った方がいいかもしれないな。お前、考え過ぎなんだよ」
「考えすぎ?」
「ああ、それなら納得ですね。彼が伸びない理由はそうかも知れません。翔君は私とよく似ているんですね」
「え?どういう事ですか?圭太さん?」
なぜか、大翔と圭太は納得した言葉でいる。
チームのトップを除いて、その場にある者は同じ反応、頭にはてなマークを浮かばせるような顔をする。
「じゃあ、お前に聞くけど最初のころ、『猛烈パンダ』を使っている時、お前は狙って第一のスキル『バッシュ』を使うのだろう?どうしてだ?」
「そうだけど?それが普通じゃないの?」
『バッシュ』、敵を一体選んで小攻撃と0.5秒間のスタン(行動不能)を与える。こうも考えれば狙っていくのが普通のスキルに考えるのだが、
「翔、お前、それどのタイミングで使うだよ?小攻撃って言うのはクールダウンが早くて展開に早い技なんだ。ガンガン使っていい技なんだぞ?しかもスタン0.5秒は少し時間さが短すぎる。狙ったとしても味方がそろわなければ狙った敵を倒せない。足止め程度の技なんだぞ?」
「こう言っちゃ悪いかも知れませんが脳筋が使う技なんですよ。あの英雄自体の技。狙って使うのは難しい技なんです。陸のいう通り、0.5秒の行動不能なんて意味はありませんよ」
「……なるほど。そうなんだ。てっきり、狙って使う技だと思っていた」
圭太の分析を聞くと、翔は軽く頷いた。
隙を狙い過ぎると意味を失うスキル。あれは嫌がらせでガンガン使う技だ。大翔が説明したように、狙って放つようなスキルではない。
その事を思い切ってクールダウンに早いスキルは使う事を惜しまない事が重要だった。
そもそも『猛烈パンダ』英雄事態はクールダウンが早いスキルが多い。
どの場面でも使える、ある意味万能なスキル持ちの英雄は圭太が追加説明、脳筋が使うスキルが適格な説明だ。考えすぎないように、すぐにでも技を使える英雄。
だからこそこの『猛烈パンダ』は初心者向けの英雄とも言われているのだ。
しかし、プログラミング経験が多い翔は何もかも複雑に考慮してしまう癖がある。設計図を頭の中で描いてします。
何もかも考えて行動してしまい、迷ってしまう、結果は時間のロスとで全てを失う事がある。
『MOBA』ゲ―では頭の展開と判断力が重用。ナノ秒でも判断を誤ったら英雄、駒はチャンスを失う可能性が高い。
「まあ、初めて気づいたのは久遠だけどな」
「え?久遠さんが?」
思わず視線を光に向ける。
先ほどと変わらない様子で彼女は涼しい顔で口にカレーを運ばせている。
話題が出たと気が付き、冷たい視線で返してから口を開かせる。
「当り前でしょう。こんなに下手過ぎて何戦も続けたら嫌でもわかるわ。いっそゲームを止めて格ゲーでタコ殴りされた方がましよ」
「すいません……」
頭をぺこぺこと下げながら謝罪する翔。
謝罪に満足したのか光はそのまま続いてカレーを食事した。
「ごちそうさま!よし。今は食え!あと一時間で食い終わらせろよ!そのあとは会議だからな!じゃあ先に行ってるぜ!」
と、捨てセリフを残してから大翔はダイニング室から去った。
他に残された者は同じリアクションで何もないようにカレーを食べ続ける。
夜の練習で体力をつけるため翔も黙々とカレーを食べ続ける事にする。
「えーと。おかわりあるからいっぱい食べてねー」
「あ。じゃあ、俺おかわり!大盛で!」
「ちょっと兄さん!ごちそうさました後にその行動はないよ!」
「大丈夫大丈夫―。いっぱいあるからー」
絵里子の声に釣られ、またダイニングに戻ってくる大翔に平然と席から立ち上がりカレーを注ぐ。
ハハハ、とダイニング室は笑え声で響き、賑やかな合宿になっていくのを眺めながら翔はカレーを口にする。
(……なんか楽しいなー)
ポツリと翔は心の中でそう呟く。
研究とプログラミングを送ってきた人生はこんなに笑いや熱心に遊ぶのは初めてだった。何より翔が一番嬉しいのは、仲間がいる事だった。
孤独と戦ってきた人生、こう言う大勢の人に紛れるのも悪くない。
全員で行動することはこんなに楽しくなるなんて思いもしなかった。
これからはもっと強くなれ、チームとして役割を果たせるだろう。
と、甘い切望を抱いていると頭痛が襲う。
「つ!?」
ザザザ!
テレビの砂嵐が翔の視界を横切る。思わず手を頭に抱える。
カチン、と後からスプーンが皿に落散る音で意識を戻した。
翔は周りを見回す。
先ほどと変わらない賑やかな光景。他の者たちにはこの砂嵐を感じ取っていないのだろう。
「どうした?」
やや向かい側に座っている光が問い合わせる。
「なんでもないです。ただ、食べすぎちゃったと思って……」
「ふうん……まだカレーを二口しか食べてないのにねえ」
「……ごちそうさま」
翔は光の問いような言葉に反応せず、席を立つ。
青ざめた顔でダイニング室から去り、真っ直ぐと部屋に向かった。
食欲を完全に失ったのだ。
絵里子は「どうしたの?」と後ろから問いかけるか、聞こえないふりをし、翔は扉をしめた。
二口しか食べていないカレーを残したままに翔はその場から退散した。
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