第5話 女子会

 黄昏時の夕日。黄金に輝く空は街を包んだ。

 少女二人が語り合う、合宿の前夜では何をすればいいのか、確認しあった。

「なるほど。私はそうすればいいのね」

「ええ。マネージャーなんだからしっかりしなさい」

「うん。ありがとう久遠さん」

 春の香りがまだ漂う時期に、『不滅の騎士』女性二人組がファミレスの窓際席に対座していた。

 副リーダーである、久遠光とそのマネージャー、生天目絵里子の別件会議が始まっている。それはプロゲーマーのマネージャーは何をやるのか。

 当然、平和でゲームも知らない絵里子はマネージメントのことは知らずでいる。

 放課後の会議からまだちんぷんかんぷんな絵里子に明日行われる合宿の詳細を教える光。

 合宿の訓練には時間表があり、訓練するプログラムが存在していた。マネージャーの仕事はこのプログラム、時間表を臨機応変に対応すること。本来はプログラム、訓練内容を決めなければ行けないのだが、ゲームへの知識がない絵里子には無理な相談だ。

 あとは、チームのコンディションを維持できるように、雑用をする。例えば、夕食を作るとか、とか。あるいは朝になったらチームを起こすようにするとか。そう言ったのが、主な仕事になる。

 机の上には時間表や訓練内容が記載されている紙が5枚程度散らばっている。

 実に言えば、絵里子はこのチームへ加入したのは翔と同じく一週間前だった。学園では翔のお世話係を担当しているためか、翔がチームに参入したときには彼女も同じく参入した。

「ねえ、生天目さん」

「絵里子でいいよ。堅苦しい」

「なら、改めて絵里子。私から質問があるのだけどいいかな?」

「ん?いいよー」

 テンションの低くもなく高くもない中の反応をする絵里子耳。

 光はぬるいコーヒーを啜る。脳内ではどうして、普通の女の子がこうもチームに加入したのかが不思議だった。

 光はその疑問をし、口で彼女を尋ねる。

「あなたはなんでこの部に入部しようとしたの?」

「迷惑だった?」

「いいえ。逆よ。ある意味私の仕事が減って済んだわ。あの部、管理のことは全部私だから、その役目をやらなくていいのはありがたいと思っているわ。正直部屋にこもっていたいのが私の本心だけどね」

「迷惑じゃなければその質問はどういう意味?」

「言わなければわからないの?どうして、翔をそこまで気に掛けるの?面倒見なら一緒の部活に入部する必要性はないのよ」

 担任から頼まれたからと言ってここまで同じ部活まで入部する必要性はない。常識ではそうあり得ないもの。

 世話係であれば高校生活に不便がないようにすることだけ、別に部活に入部しなくていいはずだ。ゲームと無縁な絵里子がこの部でこの時期に入部するのが奇妙な話だった。

「そこ突っ込む?」

「私の悪い性格でね。気になったものは徹底に解決しないと行けない」

「うーん。本当に悪い性格だね。他人のお茶に茶柱が立っていたらそのお茶柱を沈めようとするように悪い性格だねえ」

「例えがよくわからないけどすごく失礼なことだけは伝えてくるわ」

「まあまあ……」

 今度は絵里子の方が砂糖を入れた紅茶を啜る。能天気で焦ることもなく返事をする。

 そんな奇妙な飲み物をよそに、光はため息を吐く。

 バカバカしいと、この問い詰める行動が愚行に感じ取った。そのままスル―して彼女がこのままマネージャーを引き取ればいいのに、と光は静かに思っている。

「でもさ、それはお互いさまなんじゃないかなー」

「お互いさま?」

「うん。私にもそう思うよ?」

「なんのこと?」

「それはもちろん、翔くんのことだよ」

「だから何のこと?」

「うーん。ここまで言わせるの?それはフェアじゃないと思うなー」

「フェアじゃない?」

「だって、私からしたら翔の育成は面倒は光が担当しなくてもいいと思うよ?」

「あれは翔が弱いから……」

「でもさー。それは兄に任せればいいんじゃないの?同じ屋根の下に暮らしているんだし」

「そういう問題じゃない……」

「じゃあどういう問題?」

 いつのまにか自分の方が不利な立場になっていたことに気がづく。光は言葉を失っていた。

 この一週間、ゲームのことであれば光は翔のことを教えてばかりだった。操作方法や戦略、そして細かい知識までのこと。

 部員達のものは反論なく、教えていた。ただ教育が出来るかは心配していたものだがこれ以上は口出しされなかった。

 絵里子の目線からではこうも不自然に映りだされるの。

 ここは伝えるべきかを悩む。

「………私が彼を誘ったのよ。プロゲーマーにならないかってね」

 瞳をそむけ、漆黒のコーヒーを見つめる。そこには漆黒で映った顔が光の目の視界が広がる。

 あの日。最初にあった日、彼をこのゲームを推薦したのは自分だ。最初に声をかけたのは自分だった。

 自分には責任がある、最初に翔に会った時にこの場に立たせてみないかと誘ったせいでもある。

「大翔から誘われたと聞いているけど」

「そのあと、大翔も誘ったわ。大会の観戦に誘ったのは彼。ゲームを誘ったのは私。だから、わたしには責任がある」

「そうかな?責任ってそういうものなのかな?」

「少なくても、わたしはそう思っているわ」

「へーそうなんだ」

「あーあ。なんだかバカバカしくなって来た。あいつが私の責任とか微塵も感じていないなんて」

「それでも続くのでしょう?翔くんの面倒見は」

「当り前でしょう。続くわよ。だって約束したから」

 光はぬるいコーヒーを持ち上げ啜る、そしてカップの中は空になったのでカップを置いた。

 そんな彼女の行動の裏に、絵里子はうーんと唸りながら、人差し指を顎に当てる。

「本当にそれだけかなー?わたしにはもっと違う理由があると思う」

「他にあると?」

「うん。絶対にあると思う」

「根拠は?」

「女の勘、かなー」

「はあ」

 絵里子の勘に嘆息を吐く光。

 落ちた気力はますます落ちる。感情なやりとりは苦手だった。論理ではない物は嫌いだった。人が苦手なのはいつもこれ。感情と理性がないものは嫌いだ。

「わたしから思うに、光は翔くんの事好きなんでしょう」

「………………そう思う?」

「うん。だと思う」

「はあ、コーヒーが残っていなくてよかったわね。残っていたらあなたの顔面にコーヒーを拭くところだった」

「あーうん。そのネタを避けるためにコーヒーを見てたからね」

「はあ」

 三度目のため息。一度ならず、二度三度もため息を吐いてしまった。

 絵里子と話すのはなんだか、ある意味苦手。彼女は翔と大翔の幼馴染であり、唯一の彼ら兄弟の理解者。

 翔がどうして、米大学を引退し、引きこもったのかわかっている。

 だから、彼女はあえて翔を外に引っ張り出そうとしなかった。

 翔の心が回復するのを待っていた。

 自分と大翔のやり方とは逆。

 そして、彼のことの話題になると、調子が狂う。

 翔の理解者である裏目、彼女は翔の心配をしていた。

 悪い虫が付かないように、彼女は翔を庇護する。

 だから、彼女がこうして自分を尋問している。

 聖人の作法なのか、あるいは詐欺者の作法なのか判断が付かない会話に潜めている棘を感じる。

「でも、光になら私の秘密を言っていいかも知れない」

「なにを?」

「初恋の相手は……翔…だったの」

「………そう」

 一拍遅れてから返事をする。

 割とポーカーフェースで返すが、いつもと唇の動きが遅れていく。

「だから、私はこの部に入部したかも知れないね」

「自分の気持ちが分からないで行動するのはあとで後悔するわよ?」

 誰に対して放ったのか、困惑する。

 もしかしたら自分へ向かって放ったのかも知れないとブーメランを大きく振り投げた。

「それには賛成。やっぱりさあ」

「ん?」

「光はめんどくさい女だね」

「……それを言うとお互い様でしょう?」

「そうだね。そうなるね」

 へへへ、とまたも能天気で笑う絵里子。

 光にとってはある意味天敵なような存在だった。苦手で苦手で仕方がない。言葉には表せないこういう自分の心を暴きだされるようだった。

「私たちっていい友達になれないかな、光」

「さあ、最悪の敵になるかも知れないわよ」

「ライバルと書いて友かー」

「だれがそんな知識を教えたの?」

「大翔から!」

「よし、後でしばくか」

「お手柔らかにね。私はマネージャーなんだから問題事が起きると責任は私になるから」

「マネージャーアピール上手くなったわね」

 思わず突っ込む。ボケに関してはこの最近だと絵里子が上達しているようだった。誉めるべきポイントだと。

 絵里子が言っている言葉は合っているかも知れない。光は絵里子の事が苦手だと思うが反面は話し合える一人の女性だと感じている。ゲームの事を憎むや侮辱することはなく、話も合わせてくれる唯一の女子だった。

 しかしこの後、いつかは絵里子と絶縁するかも知れない。

 そう言う事になるような未来に向かっている気がしていた。


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