第2話 体験談


 あれはわたしがまだ、小学校に入る前。二人と同じくらい小さかったころ、近所のお友だち数人と遊んでいたときのこと。


 色々なブームが通りすぎて、そのときのブームは不思議なお話でした。

 みんながどこかから聞いてきた不思議なものや、ちょっと怖い怪談話を、公園に集まって披露し合っていたのです。


 その日は日曜日。お昼ごはんを食べて、だれが誘うでもなく、ひとり、またひとりと公園に集まりだしました。


 わたしも、誰に聞いたかは忘れてしまったけれど、一つだけこの町に関する不思議を知っていましたので、披露しようと公園へ向かいました。


「なあなあ! 聞いて! となり町の外れにあるあの踏み切りを、夕方四時半ぴったりに通ると、違う世界に行けるんだって!」

「あそこの神社の神様は、地獄の神様なんだって、いとこのお兄ちゃんがいってたよ!」


 誰もが競うように、不思議自慢をしました。


「──ちゃんは? なにか知らない?」


 ふと、気づいたときには声をかけられ、わたしに注目が集まっていました。


「あ、えっと」


 話す内容を準備していたはずなのに、みんなの勢いに負けて、黙りこんでしまいました。


「なにか知っているなら、教えてよ」


 わたしの目を見て、ゆっくりうながしてくれるこの男の子。名前はなんだったかなぁと、ぼんやり考えてしまいました。


 それでも、わたしの口からどんな不思議が出てくるのか、みんなが待ってくれているようでした。わたしはゆっくりと、ことばを吐き出していきました。


「あのね、ここじゃない、角の公園。あそこには、天使がいるから、事故がないんだって……」


 そう、わたしが言ったとき、周りのみんなは急に笑いだしました。


「あははは! 天使って!」

「やだもう! 天使はうそでしょー!?」

「公園じゃなくて、その前の交差点だよ! 怪人がいるから、ケンカすると怒られるんだよ!」


 口々に笑い、わたしの聞いてきたことを否定されてしまいました。


 けれど、名前を忘れてしまったあの男の子だけは、声を出すことはなく、笑うこともなく、しっかりとわたしを見てくれていました。


 わたしにはそれがとても、心に残りました。


「あ、○○さん家の猫はやっぱり猫又なんだって! 夜になるとしゃべり出すんだって」


 他の子達はすぐに話に戻り、もう天使の話で笑ったことは終わったことのようにしていました。


「ねぇ、さっきの話だけど」


 男の子が、わたしの耳元で言いました。わたしはそれを、小さな声で返します。


「えっ……。な、なぁに?」

「信じていれば、いつか会えるよ」


 すぐ近くで話しているけれど、わたしには少し遠い場所の出来事のようでした。


 その男の子の顔を見ていると、近くで話しているはずの他の子達の声はまるで聞こえず、わたしはその子と二人きりで話しているような、そんな錯覚を覚えていたのです。


 信じてくれてなくても、笑わなかったその子に、感謝しかなかったけれど、わたしはその子にお礼を言えていませんでした。


「ねぇ、あなたの、名前は?」


 ありがとうを言いたくて、でも、名前を覚えていなかったので聞いてみても、その子は首を横に振るだけでした。


 わたしは聞いてはいけないことを聞いてしまったかのように、つい顔を下に向けてしまいました。


「いつか、会えるよ」


 ふいに、耳元でその子の声が聞こえたと思ったのですが。


「どうしたの? ねぇ、いるよね!」


 なにが、と聞こうとしたのですが、顔をあげて驚きました。



 あの男の子の姿が、ないのです。


 いったい、いつの間に帰ったのでしょうか。だけど、周りの子達は誰も気にせず、不思議な話で盛り上がっていました。


 誰かに聞いてみようという思いは、不思議にもありませんでした。

 きっと、なんとなくですが、



『そんな子知らない』



 と言われそうで、イヤだったんだと思います。



 わたしはその日のことを、不思議な体験をした日だと、今でも思っています。怖い思いをしたとは、まったく思っていません。


 だけど、幼稚園へ入り、小学生になっても、その男の子のことは忘れられず、かといって再会することも、叶いませんでした。


 ただ、わたしが中学生を卒業するころ、一度だけ、彼を見かけました。


 公園のとなりの緑道を歩いていたときのことです。


 あの頃のわたしたちのような、小学校に入る前の幼い男の子が三人。滑り台の下で集まっていました。


 何をしているんだろうなと考えたとき、彼の姿が見えたのです。


 わたしはとっさに、走り出していました。


 ですが公園に入ったときには、彼はいなくなってしまいました。どこを見ても、姿はありません。


「おねえさん、あの子の知り合い?」


 急に男の子に話しかけられ、あたふたしてしまったわたしをスルーして、男の子たちは話を進めました。


「あの子に会えたら、お礼をいってほしい!」

「おれも! たぶんあの子が助けてくれたんだ!」

「でも、いう前に帰っちゃったみたいで」


 男の子たちの話を聞いて、わたしの心にストンと、なにかが落ちてきました。



『公園の天使』



 おそらく、彼は天使なのです。


 公園で遊ぶ子供たちを、守ってくれているのです。誰もひどいケガをしないように。


 きっと、姿を現さずに、何人もの子供たちを、守っていてくれているんだと、わたしには思えました。


 だからわたしは、彼がいっていた言葉。



『信じていれば、いつか会える』



 という言葉を心に刻み、信じてきました。


 いつかまた会えたら、今度は迷わずに、お礼を言うために。


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