第14鬼 化け物と呼ばれる力(2)

 ――今、何をしていたのだったか


 ハッと気が付けば、暗く肌寒い場所に一人立っている状況に白蓮は混乱する。

 妖に対し術を施し、妖による憑依を受けていた者達の浄化は済ませたところまで覚えている。しかしその後の出来事がひどく朧気だった。


(とにかく、ここがどこなのか把握しなくては)


 白蓮は無音で耳がキーンとする空間のせいで軽く痛む頭にやや顔をしかめながら、取り合へず片手を前にかざし足を前に数歩動かしてみる。

 物という物がないため身体には何も当たらないし、数歩歩いただけでもまるで同じ場所を足踏みしているだけのようにも感じる。本当に何もない。


 四方八方を暗闇で包まれているこの状況に少なからず緊張に似た恐怖を覚える白蓮は、止まりそうになる足をとにかく動かして前へ前へと進めながら、気を紛らわすために思い出せる限りの記憶をたどってみる。


 白銀しろがねに乗り急いで向かった先では、巨大な妖を前に同じように体から小さな黒い炎を出す者達と翔輝を含む村の男たちが戦っているところだった。家から見えた黒い炎の大きさからある程度予想はしていたけれど、実際に妖を目の前にしてみると全身の毛が逆立つような心地と共に、なぜ近づいたのだと翔輝達を怒鳴りたくなった。

 けれど――……気のせいかもしれないが、いつもは嫌悪や恐怖で顔をゆがませる村人たちが、少し違ったように思えて気が紛れた。もちろん、彼らの顔には多少恐怖する顔があったが、今思えばどちらかというとソワソワしていた…、気がする。


 一方の翔輝は相変わらず態度を変えない。


(少なくとも、私が気絶している間に噂を聞いたはずなのに……)


 あれだろうか。記憶喪失だから何でも受け入れられるのだろうか。

 それならなんという都合の良い頭だろう。少々、気を張っていた過去の自分がばかばかしく感じるが。


 そうでなければ、『記憶喪失など嘘で噂を聞いて近づいてきたのか』だが、白蓮は考えてすぐ頭を振った。仮にもしそれが本当であっても、あえて化け物と呼ばれる者のもとに近づいてくる彼のメリットが白蓮にはわからなかった。

 それに、あんなに記憶が戻らないことに気落ちしていたのだ。あのしゅんとした姿が演技なはずがない。であれば前者だ。そう確信をもって白蓮が頷いたそんなとき


〈お……あのと……れば……〉

「!」


 かろうじて聞こえる程度の声が、白蓮の鼓膜を振動させる。

 声のした方に振り向くと、一人、身体からほのかに光を発しながら暗闇の中にうずくまっている人がいた。白蓮はそれを確認すると急いでその人の元へと近づく。


 近づいてみると、それは自分とあまり変わらないような青年である事に気づく。

 うずくまる青年は、足を極限まで折り曲げ、その足ごと体を抱きしめるように座っていた。その両腕は、微かに震えていて顔はうつむいているから表情が読み取れない。白蓮はどこか既視感を覚えるその後ろ姿に、声をかけるか戸惑いつつ、手をその背に乗せてみる。その瞬間


〈アァ゛、俺はなんてことを…!〉

〈私がもっと健康な体であれば、私たちの子は…〉

〈こんな村、出ればよかった〉


 これは…。

 白蓮は頭になだれ込むようにして聞こえてくる声に目を見開く。パッと乗せた手を引くが、それは変わらず音は鳴り続ける。


〈もっと若い時に世界を見れたら…〉

〈あの時、あの子を送り出さなければ…〉

〈おかあ達、残して、逝きたくない。もっとみんなと…〉


 声だ。一人じゃない。たくさんの、後悔の声だ。そして改めに認識させられる。というものがどうやって生まれてくるのかということを。

 不思議と胸が痛くなる感覚に、白蓮は無意識に胸元の服をきつく握りしめた。そしてそんな白蓮を追い込むようにある言葉が心を揺り動かす。


〈俺があの時、あんなところにいなければ…!〉


 自分の覚えている声よりやや低くなった声のトーン。言葉と共に感情も流れ込んでくるかのような悲痛の声。聞いたことがないはずなのに、誰が言った言葉なのか理解して、白蓮は瞼を失くした目からツーッと水をこぼれさせた。そして声にならない音量でつぶやく。「優祥ゆうしょう」 と。






 ☯☯☯☯


 最初に白蓮に会った時、人間じゃないんじゃないかと疑うほど綺麗な奴だと思った。感情の見えない静かな目をする不思議な奴で、一緒に暮らしているという婆さん以外の人間には無口。つるんでいるのはまさかの銀色の狼。しかもその狼も不思議な動物で、あいつ以外にも牙を向けない本当に人懐こい動物だった。


 俺はなぜかまるで人間としての何かを落としてきたような白蓮が放っておけなくて、何度か友達も連れて遊びに誘ってやった。その努力が実ってか、そうしているうちに白蓮は少しずつ言葉を話すようになって、時々小さく笑うようになっていった。


 その小さな進歩が嬉しくて、今日こそはもっと笑わせてやるっだとか毎日のように目標をたてて、俺なりに必死にあいつを人間らしくしてやろうと、……いやただ俺が少しずつ感情を見せてくれる白蓮をもっと見てみたくて息巻いていたのだ。


『かくれんぼしようぜ!』


 今思っても調子に乗りすぎたんだと思う。


 その日はただ遊び疲れるという感覚を知ってほしくていつものように白蓮を誘って、いつもの遊びメンバーで遊んだ。

 鬼役になった白蓮が隠れていた奴らをあっという間に探し当てていく中、俺はちょっと悔しくなって最初に隠れていた茂みから離ると、近くにあった少し高めの木に登り身を隠そうとした。そんな時、


『ッ優祥!!』


 初めて聞いた白蓮の緊迫したような声に驚いて、俺はちょうどかけていた枝から足を滑らせそのまま落下した。まるでスローモーションのように離れていく空の中、自分の目が大きく見開かれていく。一見地面を這うように生えて見える草花の下には落ちれば大人でも死ぬと言われる崖がある事を思い出したのだ。


(あ、終わった……)


 恐怖を通り越して頭の中に浮かんだ言葉はそれだけだった。


 少ししてガサガサッと草花の隙間を自分の体が通過する音と、それでもなお落ちていく浮遊感の中徐々に目の前が暗くなっていく。


 そんな時ふと目の前に、見えるはずのない黒髪が現れたように見えたのはただの気のせいだと、そう思っていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る