第8鬼 村の少年

「いててッ!!おいコラッ、はーなーせ!放せってば、くそ野郎!!」


 山のふもとで少年の怒鳴り声が響き渡る。

 翔輝が顔をしかめ耳をふさいでも、その音量はさほどふさぐ前と変わらない。


 結局あの後は、翔輝の1人勝ちで終わった。

 もちろん相手は村人で、さらには少年だから手加減はしている。気絶するかしないかのところで首元をたたいたから、全員道の上で痛みのあまり呻きながら伸びていた。一人を除いて。


 翔輝はハァっと息をついてから、自分の下に抑えつけている少年を見下ろす。


「お前元気だな。お仲間はみんな伸びてんのに」

「妖の仲間に理由なんて話すか、バーカ!」

「あー、はいはい。まったく…、口悪いのは村単位なのか?」


 翔輝は呆れながらそういうと、少年は眉を寄せた。


「あんた、なんでそんな強いんだよ。絶対ただの旅人じゃねぇ。もしかして、あいつに雇われてんのか?」

「違う。雇われてないし、さっきからただの旅人だって言ってるだろう。それと、あいつは妖なんかじゃない。傷を負った俺を助けてくれた恩人だ」

「…またそんな余計な」

「ほぉ??」


 少年の小さなつぶやきに、やっぱり昔から人助けを続けていたんだなと納得すると同時に、彼が今までにもそんなことを目にしたことがある、という言い方に首を傾げた。一方、少年は翔輝が自分のつぶやきを復唱したことにビクッと肩を震わせた後、「と、とにかく!」と声をあげる。


「あんた、どうせ興味本位であいつの側にいるんだろう?さっさと自分の村帰れよ!」

「いや、まだ帰らない。恩返しが終わっていないからな。あぁ、そうだ。ついでに村の案内してくれないか?食料調達ついでに村の様子を見たいし」

「はぁ?!ふっざけんな!なんでオレがはくの連れを案内しなきゃ…!」

「…ハク?」


 ポロッと重要なことを口走る。

 少年は自分でも驚いたように目を見開き、パクパクと口を動かした後、嫌なことを思い出したかのように顔をしかめた。


 あだ名…だろうか。とすると、妖と呼びつつ仲が良いのか。


(いや、仲がのか?)


 改めてみれば、目の前にいる少年も彼と同じくらいの年のように見える。

 家にいる彼も、昔は関りがあったからこそ怪我をした村人を助けているのだとしたら、村に仲が良かった者がいてもおかしくはない。


 あだ名で呼ばれていたということは相当仲が良かったと見える。そして、周りの村の人間も関りを許していた。


(いったい過去に何があったんだ…?)


 祈祷師が能力に関係があるのだろうか。暴走させるなんてそんな話聞いたことがないが。


 素質がありすぎて神の御言葉だけでなく、人の心の中までも探ってしまった、とか?…情報量が少なすぎる。今わかることとして、ますます翔輝の探していた存在とも離れていくばかりだということだけだ。


「ア゛ァア!!もういいから離れろよ!いつまで抑えてんだー!!このっ…、巨人!」


 突然声を出したかと思えば、暴言が幼すぎて思わず翔輝の顔に笑みが浮かぶ。悩んだ末出てきた暴言がそれなら、そこまで悪餓鬼ではないのかもしれない。


 …どうせこれ以上話す気は相手にないだろう。バタバタ足を動かす少年がそろそろ可哀そうになってきたし、放してやることにすると、少年は急いで翔輝から離れて、距離をとった。相変わらず動きがいい。


「おい、あんた!村に入るのは許してやる。けど一回だけだ。そんでさっさと村から出てけ。山にももう入るな!」

「村案内は?」

「断る!オレは観光ガイドじゃないんだ。一人で行け」

「監視、しなくていいのか?さっきまであんなに来るなって言ってただろう?」


 翔輝は試すような笑みを浮かべながらそう言う。

 少年はそんな翔輝をしばし見つめた後、小さな声で「もういい」と答えた。


「そうか。じゃあ、あとで村で会おうな」

「次会ったら今度こそ勝つ。そんで追い出してやる!」


 覚えてろよ!っと勇ましい捨て台詞を言い残すと、他の村の子たちを連れて帰っていく。どうせ方向が一緒なのだから、一緒に行けた方が村に入った後の手間が省けると思ったが、少年に断られては仕方がない。


(そういえば少年の名前聞くタイミング逃したな)


 翔輝は小さくなっていく少年たちの背中を見ながら気づくが、聞いても教えてくれるか別だなと考え直す。


 それより、さっき彼が言った「また」に感じた違和感――あの少年、時々山に来て様子を見ているのかもしれない。

 今日もそれで翔輝が白蓮の家の方から来たことを知ったのだろう。


(…あの少年の関心があいつへの心配からきているならいいけど)


 そうすれば、彼は一人じゃないということが言える。

 それを見届けるまで、自分の事は話さず今のまま記憶がないふりをしよう。


 翔輝は今後の事を決めるとしゃがんでいた体制から立ち上がり、肩から掛けた袋を持ち直して村に向けて歩き始めた。

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