第14話




 視線を落とし低い声で少年は応じる。

 

「真相に近いかどうか、どうだろうね。本人がもうこの世にいない。確認しようがない。」


 やはりか。やはりそうなのか。

 体が無意識に強張る。


「‥‥‥全てを仕組んだのは師匠‥叔母なのね?」

「そうなるね。」


 低い声にセレスティアは目を瞑り両手を握りしめる。


 ただ土地を相続させるだけならあんな条件をつけなかった。あれはグイリオをそそのかしている。セレスティアを殺すように幇助ほうじょしている。


 いつ?どうしてここまで憎まれた?


 叔母にはたくさん世話になった。師匠と慕い教えを乞うた。剣術以外にも外の世界の常識も教わった。母のようにも思っていたのに。


 全身を震えが襲い、たまらず更に目をぎゅっと瞑る。セレスティアはなんとか声を絞り出した。


「———なぜ?」

「これから語る全ては仮説。少し酷な話もある。心の準備は大丈夫?」

「‥‥大丈夫。でも側にいてね。」

「もちろん。」


 カールの手を握れば握り返された。この手があれば大丈夫だ。私は壊れない。強くなれる。


 カールが静かに言葉を継いだ。


「大元の原因はあなたの母君だと思う。」


 セレスティアは目を瞠る。

 セレスティアの生母、つまり叔母の妹。


「フォラント辺境伯から昔話を聞いたことある?馴れ初めとか?」

「いいえ‥母の話は一切‥‥」


 唯一残る母の肖像画では美しい女性だった。自分とは似ても似つかない儚げでか弱い——


 そこで呼吸が止まりそうになる。

 母に似てない自分。それはずっと胸に秘めていた疑念。


「まさか私の本当の母は‥‥」

「‥‥当初僕もそこの判断を迷ったよ。辺境伯が最初に婚約をしていたのは叔母君だったから。父君が叔母君を婚約者に指名した。二人は恋愛関係にあったようだ。」


 ごくりと喉を鳴らす。

 あの叔母と父が恋愛関係?

 初めて聞いた。とても想像できない。

 記憶の中では父と生前の叔母はひどく仲が悪かった。


「だが突然二人の婚約は破棄され妹に当たる母君と婚約し結婚した。逆算するがあなたの誕生日と婚姻届の日付が合わない。婚姻も随分急いだらしいからそういうことなのかもしれない。」


 母が姉の婚約者を寝とった?または父が?そして妊娠し自分が生まれた。

 セレスティアは目を細める。両親の生々しい想像はあまりしたくない。


「母君に悪意があったかはわからない。土地の相続の視点で見れば姉の叔母君より妹の母君の方が広い領地を所有していた。母君の方が家庭内では優遇されていたようだね。両親としても名家のフォラント家に妹である母君が嫁ぐことを望んだのかもしれない。」


 姉は武骨、妹は美しく両親に愛された。そして姉の婚約者に妹が嫁ぐ。

 状況は違うが結果としてまるで今の自分のようではないか。

 自分はそうではなかったが、もし叔母が結婚を望んでいたのならこれは最悪だ。


「しかし母君の妊娠中、叔母君も病を理由に別荘に引きこもっていたらしい。ここがなんとも言えないところでね。」

「‥‥つまりどちらが私の母かわからない?」


 ここでカールがひっそりとため息を落とす。

 このため息の意味を計りかねた。


「可能性の話だけどね。純粋に婚約破棄のショックで引きこもっていただけかもしれない。叔母君が妊娠出産したという記録はない。しかし母君の妊娠出産の様子も残っていない。ある日出生届が出されただけ。たまたまか意図的か辺境伯が当時使用人を全て入れ替えた為だ。辺境伯も語ってはくれなかった。だからこれ以上は判断できないんだ。」


 セレスティアは俯いて小さく息をついた。

 確かにそうだ。今となっては事実を判じる術がない。

 だが苦いものが喉元から迫り上がってくる。


「母君の死後、辺境伯は叔母君に後添えとして結婚を打診したみたいだ。これは記録にあった。叔母君との結婚届が辺境伯から提出されたが三日後、叔母君から取り下げの申請が出された。辺境伯からの異議申し立てもなく取り下げは受理された。取り下げられたから婚姻は成立していない。」

「父と叔母は一度夫婦になろうとしたがやめた‥?」


 セレスティアはかなり驚いた。あんなに不仲の二人が結婚を考えた?そしてはたと気がついた。

 逆を言えばこのせいで決定的に不仲になったのかもしれない。


 カールが視線を落とし頷く。


「そうなるね。数年後、叔母君は初めて遺言書を作成。所有する土地の相続人にティア、あなたを指名した。相続の条件もここで付けられている。叔母君の病もこの頃発覚したようだ。」


 相続の条件はセレスティアの結婚。セレスティアが死亡または相続する資格を失った場合は従兄弟のグイリオに相続させる、と。


「グイリオは知っていた。私が死ねば土地が手に入ると。」

「叔母君亡き後、遺言公開の場に出るよう指名があったからそういうことだろうね。その場には辺境伯もいた。おそらくそこからグイリオは伯爵家に出入り禁止になった。」


 そうかもしれない。ということは‥‥


「だから父は全てを隠して私を守ろうとしてくれた‥?」


 カールはこくりと頷いた。


「グイリオの金遣いは相当荒かった。土地を相続するためにはあなたを妻にするか殺すしかない。その悪意に辺境伯は気がついて追い払った。これは正解だったね。」


 子供の頃は口数が少なく一方的に厳しかった父よりもなんでも優しくしてくれたグイリオに懐いていた。だが現実は真逆だった。


 ここまで語りカールは軽く息を吐き出しセレスティアの手を握り締める。



「僕がここまでの記録から考えた説は二つ。一つはあなたが叔母君の実子で血を分けた娘に遺産を相続させようとした。相続の条件に悪意はなかった。」


 あり得る。あり得るのだが。

 ぶるりと震えが走る。


「もう一つは復讐。自分の運命を翻弄した父君と母君二人への。あなたは母君の身代わりとされた。死にゆく自分の代わりにろくでなしグイリオを実行犯に仕立てた。」


 セレスティアは俯いてカールの手を強く握る。どちらでもセレスティアにとってひどいことに変わりはない。唇を噛み締める。


 セレスティアの震える手を少年が宥めるように親指で摩った。


「だけど困ったことに調べれば調べるほどどちらの説も破綻するんだよ。」

「え?」


 俯いていたセレスティアは驚いて傍らのカールの顔を見やった。


「記録からは真実が窺えるけど、えてしてそれは真相ではないんだ。」


 少年は視線を落とし大きく息を吐き出した。


 そして盲目の魔法使いは再び語り出す。

 真相を——

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