第11話
セレスティアはふわりと意識を取り戻した。
浅い
「カ‥‥ル‥」
「ティア、目が覚めたね。気分はどう?」
「わた‥しは?」
「まずは水を飲もうか?飲めるかい?」
こくりと頷けばいつの間にか控えていた侍女に手伝われて体を起こされる。侍女からコップを渡されゆっくり水を飲めば人心地つけた。再び体を枕に預けるが体に力が入らない。手伝ってくれた侍女を見やるも初めて見る顔だ。
「目が覚めて、間に合って本当によかった。」
「私は‥?」
「覚えてる?毒入りの紅茶を飲んだんだよ。」
セレスティアを探して宙に差し出されるカールの両手に手を差し伸べれば、包み込まれるように握られる。
そういえばそんなことがあったような。毒を吐き出すためにカールに介抱されたことを微かに思い出す。カールの手を握り返そうとしたが思ったより力が入らなかった。
「助けてくれて‥ありがとう」
「それは僕のセリフ。生き延びてくれてありがとう‥‥」
くしゃりと顔を歪めて微笑む顔は初めて見る。今にも泣きそうだ。とても心配をかけてしまったようだ。
「‥ごめんね、‥もう‥大丈夫だよ?」
その言葉にカールはセレスティアの手を額に押し当てて俯く。小さくつぶやく声は感謝の祈り。
神を信じていなさそうな少年が神に祈った。そう悟りさらに胸が痛む。そして改めて彼が大切な存在だと自覚した。
セレスティアも目を閉じて感謝の言葉を心の中で呟く。
神よ この愛しい少年の側でまだ生きられることに感謝します
先程控えていた侍女を改めて紹介された。
名をリース。カールの知り合いのツテで連れてきたとのことだった。この家のものではない紺色のお仕着せを着た侍女は紹介されて無言で頭を下げる。清楚な感じで
「毒に詳しいからティアの看病をさせてた。あとは世話諸々。暗殺者のこともあったから信用できるものを置いたつもり。」
「グイリオ兄さんは?」
「面会謝絶。対外的には倒れてまだ意識が戻ってないことになってるから。毒とは言ってない。」
カールが短く答える。命が狙われている以上そうするしかないだろう。
それから丸二日安静にしていればほぼ回復して普段通りに生活できるほどになった。しかしカールがセレスティアをベッドから出そうとしない。
それでいてカールはちょくちょくセレスティアの側から消えるようになった。
目が見えない体でどこかに行っているのだろうか?一人で出かけるのは無理だ。ならば何をしているのだろう?
カールがいない間にベッドから出ようとするも、代わりにひっそりと側に控える侍女がそれをさせない。ともすれば存在を忘れてしまうほどにこの侍女は存在が希薄だ。
歩きたいのに。これでは体が鈍って本当にダメになってしまう。カールの過保護にため息をついた。
ベッドの中で枕を背に半身を起こし天井を眺める。ベッドの位置は窓も遠く外の様子もわからない。天蓋を降ろされれば世界から完全に隔離された錯覚にさえ陥りそうだ。
暇を持て余すと色々と考えてしまう。なぜ自分は狙われているのか。毒で殺されそうになるなど初めてだ。ぶるりと身を震わせた。
すでに今回の暗殺者はカールが退けたという。どうやって?と問うにはカールの纏う気配が剣呑すぎて躊躇われた。
彼には何者も支配する力がある。この侍女然り、きっと一人ではないのだろう。つまりはそういうことだ。セレスティアはそう理解し委細を尋ねることなく全てを飲み込んだ。
しかしここに至っても未だに自分が命を狙われるわけがわからない。あまり気持ちの良いものではないが自分の死を望む者が誰か考える。
父は‥ありえない。動機がない。殺すならもっと前にできるはず。愛されていないとしてもそもそも動機が思いつかない。
妹のリディア。ない。あのリディアが?これも動機がない。婚約は破棄する手紙を残した。これでハリスと結婚もできるはずだし、そもそも家を出奔している以上殺す必要もない。あの可憐な少女に恨みこそ似合わない。姉妹仲だってよかったのに!
元婚約者のハリス。ないない。あの気弱なハリスが私を殺したい?それが出来る根性がならさっさと婚約を破棄して欲しかった。婚約破棄された恨みもないでしょうに。今頃小躍りして喜んでるはずだ。
グイリオ兄さん。これもやっぱりない。自分をよく理解する兄さんが殺そうと思う?求婚までしてくれたのに?殺す動機だってない。そうだとして自分の屋敷で毒を入れる?
あれ?じゃあ誰だろう?タイミング的に今回の家出に絡んだ人物だと考えたがそうじゃない?
どこかで知らず知らずに恨みを買ったのだろうか。もしそうなら名乗り出て欲しい。話し合った上でこちらが悪いなら誠心誠意謝るし。いきなり暗殺は勘弁して欲しい。
堂々巡りの思考の中で答えにはやはり辿り着けない。この迷宮の出口にたどり着くには何かが足りない。
それがわかればきっと敵の真意がわかるのだろう。
ふぅと深いため息を吐くと茶の載ったトレーが膝の上に置かれる。あの侍女がひっそりと差し出してくれた。
出されたものは紅茶ではなくハーブティ。紅茶はしばらく飲みたくないからこういう心遣いが助かる。温かい飲み物がとても美味しい。
よく出来た侍女だと思った。ふと毒に詳しい彼女に尋ねてみる。
「毒対策はどうすればいいのかしら?」
「一番は毒を飲まないことです。」
「うーん、そうだけど‥」
当然だ。そんなもの飲みたくない。
その意図を汲んで侍女は言葉を継いだ。
「そういう状況に陥らないよう気を配られることも重要です。ですが残念ながらそのような状況に至ってしまわれた場合、口になさるものに気をつけてください。」
「いつも?」
「はい。手っ取り早くですと味や香りがおかしいと感じられたら吐き出すこと。飲み物でしたらはハンカチに含む、食べ物であれば席を外し吐き出す、でしょうか。」
「でも無味や無臭の毒もあるでしょう?」
侍女は静かに微笑む。毒の話だが女性同士の他愛ない会話のようだ。
「はい、ですので普段から毒を飲んで体を慣らすことも重要です。要人の方は毎日毒を飲んでいます。」
「毒を?毎日?」
ギョッとした。そんなことをしてるのか?毒で死なないために毎日毒で死にかけろと?
「軽い毒です。痺れ毒は致死ではありませんので。毒の味を覚えるという効果もあります。お嬢様がご希望でしたら学習用にご用意いたします。」
「えっとそれは遠慮しとこうかな‥」
「申し上げるのを控えておりましたが、実はそのお茶にも毒が‥」
お茶を吹きそうになり慌てて踏み止まるも飲み込めない。ハンカチがない!
その様子にフフッと侍女は微笑んだ。
「とても薄い毒ですので飲まれても無症状です。最初はこの程度から始めます。」
ごくんと飲み込んで恐る恐る尋ねる。
「冗談ではなく本当に毒入り?」
「はい。」
「とっても美味しいよ?」
「はい。美味しい毒です。ハーブティではありません。三日前より始めておりますが気が付かれませんでしたでしょうか。」
「全然」
「左用でございましたか。」
とても良い顔で微笑まれた。この笑顔にセレスティアはちょっと引いていた。
何というか、性格の方向性がカールに似ている。流石はカールが探してきた侍女だ。
その笑顔を見てどこかで会ったような気がしたがよくわからなかった。
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