小学五年生
「
満面の笑みを浮かべている英雄くんを見て、胸がドキンと跳ねた。英雄くんが笑っていると、僕も嬉しい。
「どしたの、急に」
「もしさ、もしもだよ? もし、あのときの俺に勇気がなくて見て見ぬふりしてたらって、たまに考えるんだよ」
帰り道がもう、少し暗い。この時期は日がすぐに落ちてしまうから、何となく、英雄くんと一緒にいられる時間も短くなっているような気がして、ちょっと寂しい。
でもこの空気が好きだ。澄んだ空気に英雄くんの声が、言葉が、綺麗に列を作って並んでいる。僕の周りを回っている。
「でも、英雄くんは、僕を助けてくれたよ」
眉を下げて笑う英雄くんは、何を考えているのだろう。僕が触れたらそのまま雪みたいに融けてしまいそうで、それだけが怖くて英雄くんに触れられなかった。いなくならないように抱き留めてしまいたかったけど、僕の体温で消えてしまったら嫌で。
「そうだな。だから太田と俺は親友になったんだもんな」
そう言っていたのに、英雄くんが僕と一緒にいる時間はどんどん短くなっていった。
僕が英雄くん以外に友だちを作ったのがいけなかったのかな。僕が他の子たちと遊びに行ったのが良くなかったのかな。僕が女子と仲良くしているのが悪いのかな。考えれば考えるほど、底なしの沼にはまっていくみたいだ。教室で目が合っても、一緒に帰ろうと誘おうとしても、校外で見かけても、僕と英雄くんが会話を交わすことはなくなってしまった。
――どうしてこうなったんだろう。
児童玄関で空を見上げる。小雨が降っている。リュックから折りたたみ傘を取り出したところで、さっと風が駆け抜けたのを感じた。その影を目で追えば、英雄くんがリュックを頭の上に乗せて走っていったのが見えた。英雄くんは校門を出てすぐ左に曲がった。
ざわざわと後ろから人が来る音が聞こえる。ここにいたら邪魔になる、わかっているのに僕は動けなかった。
少し前までだったら「太田、傘持ってんだ。俺、持ってないから、入れてよ」なんて勝手に入ってきていたはずなのに。僕に笑いかけてくれていたはずなのに。
雨のせいで空気が冷えている。肺からすうっと体温が消えていく。僕はそのまましゃがみこんで、立ち上がれなくなった。誰かが僕を心配して声をかけている。肩を叩いてくれている。背中をさすってくれている。でも全部、何も感じない。僕の好きなあの気配が、どこにもない。
――あぁ、そうか。わかった。
傘なんて置いて僕は雨の中、走り始めた。頬を伝っているのが涙なのか雨なのか、わからなかった。
――僕は英雄くんが、好きなんだ。
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