第23話 紺空怪獣

——

 「孤独……」


 カウンター席に座った流牙は微かに揺れる珈琲の黒い表面を見つめる

 そこに映るのは紛れもなく流牙自身……


 「っ!? 気のせい……か……?」


 一瞬流牙の姿が消えたように見えたがすぐに姿を現した


 「……とりあえずホライドを探さないとだな」


 流牙は立ち上がってターンの扉を開く

 

 「おぉっと……また営業中に店を空けるのかい?」


 ターンを出ようとした流牙とターンに入ろうとした政則でぶつかりそうになる


 「あー……もう台所で何してもいいですよ」

 「えぇ……まぁ……早めに帰るようにね」

 「あと青い髪の女の子が来たら連絡お願いです」


 流牙は政則を引き止めて言う


 「いや来ないでしょ……まぁいいけど」

 「あぁあと……」


 流牙は少し暗い表情でまた引き止める


 「孤独って……なんだと思います……?」

 「どうした急に……んー……孤独かぁ……」


 政則は顎に手を当てる


 「夜奈が昏睡状態になってしばらくは孤独って感じだったね……でも」

 

 政則は微かに口角を上げる


 「流牙くんと霊代ちゃんのおかげで孤独から解放されたね」

 「……」

 「というか霊代ちゃんは?」

 「霊代は……」


 流牙は視線を下に向ける


 「……まぁ色々あるのかもしれないけど……姉弟なんだし仲良くしなよ」


 政則はそれだけ言ってターンに入っていく


 「……霊代は……」


 流牙は拳を震わせる


 「俺の家族なのか……?」



——

 「ホライド……!」

 「霊代ちゃんか……なんか用?」


 声を荒らげるエルードに青い髪の少女はビルの屋上に寝転がって携帯ゲーム機で遊びながら返事する


 「いやぁあの頃は戦いばっかりでこういうの一切触れてこなかったからねぇ……」

 「お前が戦わないとっ……」

 「流牙が孤独になれない」

 「っ……」


 エルードはその言葉に言葉を詰まらせる


 「そういうわけじゃ……」

 「それと、流牙と霊牙を重ねてるよな?」

 「……何が悪い」

 「別に悪くはないよ……」


 少女はゲーム機の電源を消して起き上がる


 「私も同じようなことやってたし……でも流牙を見る時はちゃんと流牙を見るようにね」

 「……」


 少女はそう言うとエルードの前から姿を消した


 「……私の家族……」


 エルードは拳を握りしめ震わせた



——

 「見っっっつかんねぇ!」


 流牙は公園のベンチに腰掛け空を仰ぐ

 ターンを出てから約2時間、ホライドの姿はどこにも無かった


 「そりゃ神様、簡単には見つかんないかぁ……」


 『私と同じように』


 「孤独……見つけないとだな……」


 流牙は立ち上がり、また歩き出した



——

 「ん……?」


 青い髪の少女は遠くの空に少し違和感を覚える

 深い青の中に輝く青い……

 

 「っ……!?」


 次の瞬間、青い輝きは少女の目の前に現れる


 「シャークルスか……」


 その輝きはバス1台程度の大きさの鮫の姿をしていた


 「アーマードになれば結構簡単に見つかるもんだな……」


 輝く鮫は弾け飛び、中からアーマードシャークルス タマシイが現れる


 「残念だけど私は戦わないよ」


 少女は青い鎧から顔を背ける


 「時の翼になった時だったら多分全力で戦っただろうけど……」

 「時の翼……っなぁ教えてくれよ」


 青い鎧は少女の前にしゃがむ


 「世界を救う唯一の手段とか、スレッドやお前ら神……まずアーマードってなんなんだ……?」

 「んー……スレッドはアーマードを成長させる為の訓練ってとこだね」

 「そのためにスレッドに食われた人達は死んだのか?」


 青い鎧は語気を強めて聞く


 「……そうなるね」

 「っ……じゃあお前ら神はなんなんだ?」


 青い鎧は震える拳を抑えて言う


 「神……というより概念に近いかもね、私は時そのものだしエルードは全ての世界に存在する命そのものだからね……まぁ曖昧なとこはあるけど」

 「……待てよ、じゃあ君を殺したら世界が壊れるんじゃ……?」

 「そしたら時の力が君の中に入るから問題は無いよ」


 少女は青い鎧を指さして言う


 「……最終的に全ての神の力を集めろって事か……?」

 「そうだね……そして君は……」


 少女は伸ばした指をゆっくりと下ろしその手を床に着く


 「永遠に誰とも関われず孤独を過ごす事になる……私より遥かにキツイだろうね……」

 「それでも……世界が救えるんだろ……?」

 「……」


 少女はその言葉に床に着いた手を微かに震わせる


 「っ……さぁてと! そろそろ映画始まるし私はこれで!」

 「なっ……!?」

 「じゃ!」


 そう言い手を振って少女は景色から消え去った


 「……気配を感じとれない……同じ手は通用しないか……」


 青い鎧はすぐに輝きの粒子を放ち、地球全体を包むが少女の気配を感じ取ることは出来ない


 「……物量でどうにかするか」


 青い鎧はそう言うと床に手を付きビルの屋上から大量の青く輝く鮫を生み出し自分を中心とした全方位に向かって泳がせた



——

 「鷹弐の代わりにアーマードホークリスにならないか?」

 「へ……?」


 中央に2つの黒い席が置かれ真っ赤に染め上げられた部屋、鴉の向かいに座った赤い怪人は少し真面目な声色で言う


 「どうだ? 悪い話じゃないだろ?」 

 「嫌だ……」


 鴉は俯いて答える


 「……はぁ……また明日迎えに来るから気持ちが変わってたら教えてくれ……」


 赤い怪人は言って赤い扉から出ていく


 「……」


 鴉は膝を強く握り締める


 『どうして断ったの?』

 「雛っ……」


 鴉の視界の中で向かいの席に雛の姿が映る


 「どうしてって……」

 『アーマードホークリスになれば兄貴の仇を取れたかもしれないのに……!』


 雛は語気を強める


 「仇……」


 鴉はまた俯く


 『何? 何が気になるの』

 「鷹弐を殺したのは私たち……だから仇は……」

 『……言わないでよ』


 雛はそう言って俯き、そして鴉の視界の中から消えた


 「……帰ろ」


 鴉は赤い扉を開き、震える足で歩き出した



——

 「……」


 映画館から出てきた少女は柵の手を置きショッピングモール内の人間達を見つめる


 「どうして流牙の中に『無』が……いや……」


 少女はシャークルスの中に感じた『無』を瞳に映す


 「私の知っている『無』じゃない……本来の『無』でも『創造』と1つになった『無』でもない……あれは何だったんだ……?」


 少女は瞳の中で自らの時を遡り全ての出来事を確認するがシャークルスの『無』に該当する何かは見つからない


 「……でも微かに既視感があった……一体どこからっ……!」

 「うぉあっと……大丈夫……?」


 考え込む少女に青い髪の少女より少し大きい少女がぶつかり少女は床に尻をつく


 「っ……問題なっ……」


 顔を上げた少女はその姿を見て目を見開く

 黒髪ショートの少しつり上がった目……美形ではあるが決して唯一無二ではない……だがその姿は少女の記憶と結びついた……


 『今度さ……あのショッピングモールで……』


 「……」

 「おーい……大丈夫か……?」


 少女は心配そうに動かなくなった青い髪の少女の顔の前で手を振る


 「っ……! 悪い……」


 少女は急いで立ち上がり、少女に背を向け歩き出した


 「……ってやばい遅れる!」


 その背を見つめる少女は思い出したように言って走り出す


 「……これで最期か」


 少女の姿は景色から消えた



——

 「ようやく見つかった……!」


 太陽も沈み、空も雲に覆われた暗闇の下でアーマードシャークルス タマシイは廃工場に辿り着く


 「今日は満月なのに雲のせいで見えないや……やぁ流牙、やっぱりヒーローの戦闘場所といえば廃工場だよね」


 廃工場の中央に立ち壊れた天井の隙間を見つめていた青い髪の少女は青い鎧に視線を向けて言う


 「戦闘場所……ってことは……」

 「ようやく決まったよ……君を孤独に導く覚悟を……」


 少女は青い鎧を指さす


 「これが最期の任務だ……!」

 

 少女が哀愁漂う笑顔で言った直後


 「っ……がぁぁぃぁぁぁあ!」


 青い鎧の全身に無限の打撃が放たれ吹き飛ばされる事もなくその場で押し潰される


 「また時間停止かっ……」

 「シェァァ!」

 「っゼアァァアっっっつ!」


 青い鎧が倒れないよう足を踏ん張らせた次の瞬間背後に時の神 ホライドが現れ右拳を放つ

 青い鎧は両腕をクロスさせ前に出して右拳を受けるが衝撃に耐えきれず吹き飛ばされる


 「なんだ今のっ……普通じゃない……!」

 「殴ったまま時を止めれば打撃は無限に強化される!」

 「っ……」


 吹き飛ばされる青い鎧の背後にまた時の神が現れ右脚を振り下ろす


 「ぜァァァアッぎがぃぁぁあ!?」


 青い鎧は振り返って拳を放とうとするが振り返った瞬間に時の神はその背後を取り拳を振り上げる


 「っ……シャクァァァァァァ!」


 上空へ打ち上げられた青い鎧は無数の青く輝く鮫を生み出し時の神に襲わせる


 「その位……!」

 「っ……」


 時の神が指を鳴らすと鮫は全て弾け飛び液体になって消え去る


 「そして……!」


 時の神が腕を下ろした瞬間、世界は灰色に染まり動きを止める

 風も吹かない、雲も動かない、木々は揺れない、人々は動かない……


 アーマードシャークルスも動かない


 「これでっ……!?」


 時の神が前へ進もうとした瞬間、全身に亀裂が走り銀色に輝く血を吹き出す


 「なんだこっ……がぁ!?」


 時の神が状況を把握する為後方へと下がると右腕が突然切り飛ばされる


 「っ……!」


 時の神は時間を巻き戻し腕と身体を繋ぐ


 「これは……まさか飛び散った液体を極細ワイヤーのようにっ……」

 「そのまさかだ……!」


 右腕が切り飛ばされた直後、時は動き出していた

 時の神は振り向くが反応に遅れ青い鎧の拳を顔面に喰らう


 「っ……!」


 顔面に拳を喰らう最中、時の神は青い鎧の輝きの中に再び『無』を見る

 そして気が付く……その『無』は……


 「お姉っ……がぁぁぁぅぁぁぁぁぁあ!」


 拳により時の神は吹き飛ばされ雲に向かって打ち上げられていく


 「……最期……だからこそ……」

 「っ!?」


 青い鎧は気が付くと雲の上、夜空の下にいた

 青い鎧は急いで輝く鮫を一体生み出しその上に足を置く


 「なんだ……?」



——

 「『破壊』はあの時消滅した……けど……」


 雲の下、少女は手のひらを見つめる


 「私とテラオスが覚えていたから概念だけが残り『無』となった……なるほどなぁ……全く、私たち全然死なないね……でも」


 少女は拳を握り締める


 「私は……これが正真正銘の最期だから……」



——

 「っ!?」


 突然地球上の空気が揺れ始める

 それはまるで地球そのものが巨大な何かを歓迎してるよう……


 「ジェァァアアァァァァァア!」


 雲を切り裂き巨大な龍の巨人が現れ背景の月に照らされ輝く

 頭部に輝く青い結晶を持つ龍の身体は青と銀、紺色の翼に黄色いトサカを持つ……その名は……


 「紺碧の翼で……空を舞う……」

 


 『紺空怪獣 ドラース』



 「ジェァァァァアア!」

 「ゼィァァァ!」


 ドラースは雄叫びを上げ翼を大きく羽ばたかせ青い鎧に向かって突進する

 青い鎧は鮫を操作し龍の下をスレスレで通る……が


 「ジェルァァァ!」

 「しまっ……!?」


 時間が吹き飛ばされ龍は青い鎧の真下に現れその大きな口を広げて襲いかかる


 「ゼァァァァア!」


 龍に飲み込まれる直前、青い鎧は身体を輝く粒子に分解し龍の背後に身体を再形成させ拳にエネルギーを集中させる


 「フィスト光弾……! っ……速っ……!?」

 「ジェルァァァアィア!」


 鎧はそのエネルギーを球状に変形させ龍に向かい大量に放つ

 龍は光よりも速く青い閃光を夜空に描き全ての光弾を避けながら翼から無数の剣の形にしたエネルギーの塊を放つ


 「ゼァァァァァァア!」


 青い鎧は光弾を放ち向かい来る剣を破壊するがその数には追いつかない


 「ぜっ……がぁ……!」

 「ジェァァァァ!」

 「ぐぎっぁぁぁあ!」


 鎧の右肩に剣が刺さり、青い閃光は龍は翼で鎧の全身を殴打すり


 「っ……ゼァァァ!」


 鎧は体勢を整える為龍に背を向く雲の上を光の速さで駆ける


 「何か策は……っ……!」


 駆ける鎧の横の雲が盛り上がりその中から巨大な龍の頭部がゆっくりとあらわれる


 「ジェァァァ……!」

 「まずいっ……!」


 龍はその身体の大部分を雲の下に残したまま鎧の方を向き口を大きく広げる

 その口の奥は青く輝いていた


 「ゼァァァァア!」

 「ジェァァァァ!」


 龍が放った青い光線を鎧は右腕にエネルギー状の鮫を生み出し上昇して避ける


 「まじかよっ……」


 放たれた光線は伸び続け地球を覆う雲に一直線の線を描く


 「あんなの受けっ……なっ!?」


 次の瞬間背後から地球を1週した光線が鎧に襲いかかる


 「ゼァァァァァァァア!」


 鎧は瞬時に振り向きエネルギーを板状に変形させ光線を防ぐ

 盾は一瞬で消え去るが光線が自分に辿り着かないよう鎧は盾を生み出し続ける


 「ジェルガァァァァァァ!」

 「しまっ……」


 龍は顔を上に向けまた光線を放つ

 光線を防ぐのに手一杯の鎧はその光線をもろに受ける


 「っづっっっ……!」


 光線に飲み込まれた鎧は身体が消滅しきる前に輝きを生み出し続ける


 「っ……」

 「ジェァァ……!」


 光線が消えると鎧は輝きを失いアーマードシャークルスになり落下する

 

 「れい……」


 鎧は雲を貫き、暗い海の中へ姿を消す


 「ジェァァァァァァァア!」


 龍は咆哮を放ち雲を消し去る


 「ジェァァ……!」


 龍の青い結晶はこの世の常識の中に存在する生命には視認出来ない程の輝きを放つ

 そして龍の翼を輝くベールが包み、巨大な翼の形になる


 全宇宙に存在する時間を観測する機械が狂い始める

 宇宙は加速し空を星の軌道が埋め尽くす


 そして時が生命を置き去りにした瞬間


 「ジェァァァァィァァア!」


 龍は結晶と翼から輝く光線を放つ


 「っ!?」


 光線が放たれた瞬間、海から月を簡単に飲み込んでしまう程に巨大な青く輝く鮫が現れ光線と龍を飲み込む


 「ジェァァァァァァ!」


 光線は鮫の中を充満する

 鮫は破裂し光線の残骸と共に飛び散る


 「ジェァアルァガァィ!」


 龍は抉り取られた箇所を再生させ再びエネルギーを結晶と翼に貯めようとする……


 「ゼァァァァァァァァァァァァァァ!」


 そして海を切り裂き両腕に巨大な青い刃を作り出したアーマードシャークルス タマシイが現れ龍に迫る

 その刃は月程度であれば真っ二つに出来るほど巨大だった


 「タマシイバーストファングァァァァァァァァァァァァァ!」

 「ジゥェアッ……ガァァァァアァアァア!」


 鎧は両腕をクロスさせ刃で龍を砕いた

 砕かれた龍は全身に亀裂を走らせ、そしてその断末魔と共に大爆発を引き起こす


 「ゼァァァァ……」


 鎧はどこかの山の頂上に着地する

 そして……


 「やぁっ……流……牙……」


 そこには全身から大量の青い血を流し地面に背を付ける少女がいた


 「……」


 鎧は少女の前にしゃがみ、その背に手を当て身体を起こさせる


 「私がようやく……終われる……」


 少女は鎧の手に体重をかけたまま口を開く


 「流牙の中に居るのは……そう言うことだよね……」


 少女は微かに口角を上げる


 「あ……そうだ……」

 「なんだ……?」


 少女はゆっくりと顔を鎧に向ける


 「この後君に時の力が宿るんだけどさ……さっきの必殺技のせいで人類の4つくらいあとの知能生命体が滅んじゃったから戻しといてね……」

 「分かっ……はぁ!? いやっ……嘘だろ!?」

 「ははっ……驚き方はテラオスっぽいなぁ……」


 少女は遠くを見つめながら笑う


 「ね……ちゃ……がさ? 君の……中に……居たのはさ? だから……」


 『ドラースも……私の家族だから……』


 少女は頬に雫を流しながら鎧の胸に拳を当てる


 「テラオスの事……ぶん殴っ……てやってくれ……鮫のヒーロー……アーマード……シャークルス……」


 そして少女は輝く粒子になり、鎧の中へと消え去った


 「おやすみなさい……時破 ときは めい……」


 鎧は子供を寝かし付けるような優しい声でそっと言った


 空は深い……紺碧に染まっていた

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