第15話 一人姉妹、ゼロ人姉妹

——

 「は……妹がいない……?」

 「うん、赤坂 才矢は一人っ子、妹なんていないよ」

 「そんなはず……」


 流牙は脳は混乱してめちゃくちゃになる

 じゃあ一体あのアパートには誰が住んでいるのか

 才矢は何のために依頼をしてきたのか

 何故怪人はあの家に現れたのか

 そしてこの日記は何なのか……


 「……今は才矢さんに話を聞いてくる」

 「それがいいね……もし何かあったら連絡してね」

 「いやいや俺が人間相手にどうにかなるわけないだろ?」

 「それでも私は姉だからさ……じゃ!」

 「ちょっ……なんだあいつ……まいっか」


 流牙はスマホをしまって歩き出した



——

 「なんっ……だよこれ!」


 流牙がターンに入ると店内では机や椅子が散らばり、カウンターは所々砕け食器は割れ、床には頭から血を流した才矢が倒れていた


 「大丈夫か!?」

 「っ……怪人が……怪人が!」


 目を覚ました才矢は怯え両腕で頭を隠すようにしゃがみ込む


 「怪人っ……くそが……!」

 「才李……才李!」

 「……」


 助けを止めるように名を叫ぶ才矢に流牙は不審の目を向ける


 「……妹との話を聞かせてくれない?」


 流牙は優しく声をかける


 「才李は……っと……私の悩みを聞いてくれて、1週間前もっ……」

 「じゃなくて子供の頃の事を知りたっ……」

 「ぁぁぁぁぁあ!」

 「っ!?」


 才矢は突然発狂して流牙を突き飛ばす


 「はっ……はぁぁぁぁぁあ!」

 「なんだよ急にっ……」


 才矢は暴れ狂う怪人のようにターンから飛び出していく


 「……これ……」


 流牙は床に写真が落ちている事に気がつく


 「なる……ほどな……」



——

 「はっ……がぁ!」


 橋の下、ブルーシートの上で鷹弐は目を覚ます


 「っ……ひ、な……?」


 鷹弐は頭を膝に乗せる鴉の顔を見てそう呟く


 「っ……そうだよ……兄貴……」


 鴉は唇を震わし笑顔でそう言った



——

 「……すみませーん」

 「はい……」


 流牙は才李の部屋の隣の扉を叩く

 中からはマスクをした男が出てくる


 「隣の部屋の才李さんについて聞きたい事が……」

 「才李? あっれ横の人は才矢だった気がするんだけどな……それで才矢さんがどうか……」

 「いえもう用は済んだので大丈夫です、ありがとうございました」

 「は、はぁ……そうすか……」


 流牙は歩き出す


 「赤坂 才李は存在してる」



——

 「ごめん……」


 橋の下、鷹弐は頭を下げる


 「別にいいよ……私は大丈夫だから……なぁ兄っ……」

 「やめてくれ!」

 「っ……」


 鷹弐は伸ばされた鴉の手を払い除けて叫ぶ


 「はぁ……はぁ……変だよな、お前を雛って呼んで、雛を求めていた……なのに今お前に兄貴って呼ばれてさ……」


 鷹弐は地面に崩れ落ちる


 「怖くなったんだ……また居なくなるんじゃないかって……おかしくなるんだよ……雛が……雛が雛が雛が……!」


 鷹弐の目は揺れる

 その瞳に映るの鴉ではなく蹴散らされた肉塊


 「あぁぁっ……雛……!」

 「おう……じ……」


 鴉は鷹弐に手を伸ばそうとするがその手は震えて動かない


 「っ……」


 鴉は逃げるように鷹弐に背を向けて立ち去る


 「あぁぁぁぁぁぁぁぁあっ……」


 鷹弐な叫び、そして彼の意識は消え去った



——

 「っ……いた……」


 流牙はらターンの周辺を探し回って公園のベンチに体育座りで膝に顔を埋める才矢を見つける


 「大丈夫……?」

 「う……ぁう……」


 流牙は才矢の前にしゃがんで声をかけるが才矢は顔を上げようとしない


 「くっそどうしようか……」


 この状況で才李について話せば確実にまた狂い、暴れ出すだろう


 「……」


 どうすればいい、流牙はしばらく考えるがその答えは出ない……そして


 「ババババットァァァァ!」

 「っ!?」


 流牙の背後にコウモリスレッドが現れる

 流牙はすぐに立ち上がって振り返り、両腕を牙のようにして構える


 「バットァルァ……」


 怪人は威嚇するように翼を大きく広げる


 「アーマード!」

 「バッドァァァァ!」


 流牙はシャークルスと一体化してアーマードシャークルスとなる

 鎧と怪人は互いに向かって駆け出し右拳を放つ


 「ぜァァあッ……!」

 「バババビット!」

 「っ……!」


 吹き飛ばされた怪人は着地した瞬間に翼をはためかせ空気を地面に衝突させて飛び上がり、その身体から無数のコウモリが飛び出す

 鎧は腰を抜かした才矢の前に立って大量のコウモリを拳で砕く


 「ゼッ……ァァァァァ!」

 「ババトァァァァア!」

 「っ……ゼァ……!」


 流 鎧が右脚に全身の力を集中させ回し蹴りを放ち、コウモリを全て砕くとその背後から怪人が鎧に向かい突進する

 鎧は怪人の両拳を掴み、その突進を受け止め押し合う


 「ッ……!」

 「ババっとァ!」


 怪人が押し始め、鎧の身体は押されてその両足が地面を抉る


 「ぜぁあっ……タマシイロック!」

 「バッ!?」


 鎧は輝き、アーマードシャークルス タマシイロックとなる


 「ゼァァァァア!」


 輝く鎧は怪人の両腕を押して吹き飛ばし、地面を蹴って飛び上がる


 「ババッ……!」

 「ゼァァァァア……!」


 翼をはためかせ体勢を直そうとする怪人に鎧が迫る


 「全てを砕くタマシイの牙! タマシイファングァァァァァァ!」

 「ばっっっ……らぁぁぁああ!?」


 怪人を青い閃光が貫き、大爆発が雲を消し飛ばす


 「魂の勝利……ふぅ……」


 地上に着地した鎧は流牙とシャークルスに分離し息を吐く


 「シャークルス、しばらく休んどけ」

 「シャクァ……」


 シャークルスは目を閉じ地面の中へ姿を消す


 「……才矢さんだいじょっ……いなっ……!?」


 流牙は突然後頭部を強打され意識を失い倒れる


 「……」


 その背後にはベンチの座板の内の1枚を肩にかけて持ち上げる才矢が立っていた



——

「っ……なんだよこれ……!?」

 

 目を覚ました流牙は朝日の差す古びた小屋で鉄鎖に四肢を繋がれ立つことが出来なかった


 「シャークルス! っ……タマシイの後だから無理か……」


 タマシイロックの状態で必殺技を放った直後の流牙とシャークルスにはもうアーマードになる力は残されていなかった


 「おはよう流牙……」

 「っ……あんたがこれを……?」

 「聞いてよ流牙、今日さぁ……またあのハゲに怒られてさ……」


 才矢は流牙の問いを無視して横に座り、話し始める


 「赤坂 才李にもそうやって悩みをぶつけていたのか?」

 「私全然悪くないんだよ? なのにさ……」

 「才李は居るんだな? 現実じゃなくお前の中に」

 「……誰それ?」


 才矢は一瞬黙るがすぐに平然と言う


 「そして居ることにしてずっと悩みを聞かせていた、きっと才矢さんが……才李さんと一緒に生まれてからずっと」

 「だから知らないよそんな才李なんて……それより……」

 「そして才李よりも自分を守ってくれそうな俺を見つけ兄か弟って思い込む事にしたんだろ? 家とターンがめちゃくちゃになってたのも自作自演……自覚は無いだろうけどな」

 「……」


 才矢は俯き、その目は前髪に隠れる


 「ぁぁぁぁぁぁあ!」


 才矢は立ち上がって叫び、床に転がる鉄バットと鉈を手に取って振り上げ、そして流牙に向かい叩き付ける


 「がっ……ぁぁぁぁぁぁぁあ!」


 鉈は右肩に食い込み、バットは流牙の側頭部を潰す

 肩と頭部からは青い血が吹き出す


 「っ……」


 鉈とバットが再び振り上げられた瞬間流牙の傷口は塞がる


 「ぁぁぁぁあ! 流牙ぁぁぁあ私の弟! 才李って誰よ私の家族はぁぁぁぁぁぁあ!?」


 また振り下ろされ、鉈が流牙の顔の右半分を抉りバットが左肩を砕く

 そして傷は簡単に治る


 「私の家族は私を守ってくれるのはぁぁぁぁぁぁぁあぁい!」


 何度も何度も鉈とバットは振り下ろされ、流牙を傷付ける

 たとえ傷が治ろうとそんな事はお構い無しに永遠と流牙を破壊する

 

 「ぁぁぁぁぁあっ……ぜぁぁっ……!」


 流牙は叫ぶ

 たとえすぐに塞がろうともその傷の痛みは流牙の脳を駆け巡る


 「っ……!」


 痛い、痛い痛い痛い、そして怖い、目の前の怪人が怖い

 流牙は感じる、これまで戦ってきた怪人達に対する物とは比べ物にならない程の恐怖を

 だが流牙は憎しみを抱き、目の前の怪人を砕こうという意思は絶対に持とうとしない


 「私の弟ぉぉぉぉぉあぁ!」


 次第に流牙の身体は再生力を失い、傷は塞がらなくなっていく

 そして叫ぶ事も出来なくなった流牙に向け才矢は鉈をバットを大きく振り上げ……


 「流牙ぁぁぃぁぁぁぁぁぁぁあ!」

 「エルァァァァ!」

 

 そして振り下げられる瞬間、壁を突破って青い怪人が現れる


 「死ね最八……!」

 「ひっ……流牙たすけっ……」


 青い怪人は才矢の頭を掴む

 才矢は流牙に震える瞳を向け……


 「っ……!」


 流牙の目の前で頭部を砕け散らせる


 「ぜあ……っ……は……?」


 赤い血に染められた青い怪人は流牙に近付く

 そしてその青い血に染められた身体を抱きしめる


 「霊牙……!」

 「なんで殺したんだ……」


 流牙は怪人の言葉の違和感に気が付かずに言う


 「あいつは殺さなきゃいけない……絶対的な悪だから……!」

 「才李は才矢を殺そうとしてた……なら……!」


 流牙は怒りを露わに喉を震わせる


 「あいつは自分のやっている事に疑問は覚えていたはずなんだ……たとえ悪だったとしても絶対的な悪なんかじゃなかった!」


 流牙は青い怪人を突き飛ばす


 「じゃああのままならどうなってた?」

 「っ……れは……」


 流牙はその問いに言葉を詰まらせる


 「死んでた……」

 「流牙、人間であろうと怪人であろうと善と悪はいる……だから少しでも善があったからといって救っていたら悪は消えない」

 「……っけど!」

 「けど?」

 「けど……」


 流牙は足元を見つめ言葉を探すが何も思い付かない


 「その答えが出るまでは君はヒーローになれない」


 青い怪人はそう言って身体を青い液体に変え床に染み込み姿を消す


 「……善、悪……ヒーロー……」


 小屋に残された流牙は地面に転がる頭部を失った死体を見つめそう呟いた



——

 「……最低だよな、雛……鴉……」


 橋から家に帰った鷹弐はソファーに座り手のひらを見つめて言った

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