アーマードシャークルス

ハヤシカレー

第1話 蜘蛛の糸、そして鮫の牙


——

 空は赤く染まり小さな公園を照らす

 少年はそこで2つの物を見る

 幾つにも引きちぎられた死体

 そして……


 「シャーク……ルス……!」


 その死体の周りの地面をまるで海面かのように旋回する黒い背鰭だった




——

 「っ……またあの夢か……」


 1人の常連以外客が来ないカフェ、ターンのカウンターで男、さめ りゅうは目を覚ます


 「てか思いっきり爆睡……なんだ?」


 起き上がった流牙は突っ伏していたカウンターに正方形の付箋が貼られているのに気が付く


 「最近目撃されてる蜘蛛っぽい人型の化け物を探しに行くからターンの店番は頼んだ……霊代か」


 鮫牙 れい、流牙の義姉、超常現象などに関連する物に目が無く週に3回は心霊スポットや未確認生物の調査をしている


 「店番、ってもまさのりさん以外に客いないし暇なんだよなぁ……なんか面白い事でも無いかな」


 流牙はそう言ってスマホを取り出して最新のニュース記事を探す


 「可愛いワンコ特集……コーギーいな……これ……」


 流牙は犬の記事の下の記事に気が付き視線を移す


 「複数人のバラバラ死体、頭部のみが持ち去られ……っ!」


 流牙の瞳には公園、引きちぎられた死体、そして鰭が映る


 「いや、あいつはもう10年も出てきていない……は……?」


 流牙が何かに足を触られ足元を見るとそこには床を海面のように旋回する青い背鰭があった


 「シャークルス……」

 「シャクァァ……!」

 「っ……待ちやがれ!」


 背鰭は扉を水のカーテンを通るように貫き抜けてターンから泳ぎ去る

 流牙は泳ぎ去った背鰭を追いかけて走り出す




——

 「やばいやばい完全に遅刻だ!」


 髪の毛をはねさせた少年はそう叫んで坂道を下る


 「最終手段近道ダッシュ!」


 少年は足に力を入れ急ブレーキして立ち止まって右に体を向かせて普段は通らない家の塀同士の間へと走り出す


 「よしこれなら間に合うはず……なんだこれ」


 少年はしばらく走ると地面に白い糸のような物が落ちているのに気が付く


 「なんだこの糸なっが……まぁい……あれ……ん……張り付いてる!?」


 少年の靴は白い糸にくっつき前に進もうとする少年の足を止めさせる


 「えぇ……仕方ないし靴脱ぐっ……」


 少年は靴を脱ぐ為にしゃがもうとする……


 「ぎっ……」


 その瞬間巨大で赤黒い8つの蜘蛛の足が現れ少年の頭部と四肢を切り飛ばした




——

 「っそどこ行きやがった……!」


 坂道を目の前にして流牙は地面を泳ぐ背鰭を完全に見失い立ち止まって辺りを見渡す


 「バラバラ殺人にあの鰭……確実にシャークルスだ……!」


 目の前の坂道は流牙の瞳には15年前の、全く別の場所の坂道に見えた




——

 「やっべ外行った……面倒くさぁ……わかってるわかってる取りに行くから!」


 15年前、ある公園、少年……命ノ 流牙は数人でのドッジボール中公園の外へボールを飛ばしてしまいボールを追いかけて走り出す


 「ってか坂道あんじゃんやっば! えーと……うわぁ見失った……」


 坂道をしばらく下った流牙はボールを見失った事を確信して立ち止まり頭を抱える


 「あのボール持ってきた奴って……慶次か、まぁあいつなら謝れば許して皆で一緒に探す感じになるだろ……ん? なーんだ先回りしちゃってたのか」


 流牙は背後から丸い物が転がり足にぶつかったのに気が付くと安心したようにその丸い物を持ち上げる


 「さてみんなの……っ……あ……」


 流牙が持ち上げたのは慶次の頭だった


 「あ……あぁ……うわぁぁぁぁあ! また……また……!」


 流牙は幾つものバラバラにされた死体を思い出して坂道を転がり落ちる


 「なんで……こな……! シャーク……シャークルス……!」


 流牙の視線の先では黒い背鰭が坂道の中へと消えていった



——

 「何ボッーとしてんの!」

 「っ……霊代……」


 坂道を見つめて動かない流牙の肩を坂道を登ってきた霊代が遠慮なく思いっきり叩く


 「ってなんでここに……蜘蛛の化け物を探してんじゃないのか?」

 「いやこの辺にいるみたいでさ……! てか流牙も探しに行く!?」

 「いやちょっと今は……大丈夫になったら連絡するから!」

 「おけ! じゃあ……ていうかサボってんじゃん早く戻っといて!」


 霊代はそう言って坂道の反対側へ走り去っていく


 「そういや最近未確認生物探しとかやってなかったな……シャークルスを捕まえれたら行くか! とりあえず走ってれば見つかるだろ!」


 流牙は坂道を走り出して下る


 「とにかく誰かが殺される前に……っこの……匂いは……」


 流牙の鼻にはいつか嗅いだ鉄のような香りが流れ込む


 「ここからだよな……」


 流牙は鉄の香りが流れ出す家の塀の間の路地へと進んでいく


 「なんだこれ……触れない方が良さそうか……」


 その路地には中心で真っ二つに切断された白い糸があった

 流牙は白い糸の間をつま先立ちでゆっくりと前進する


 「遅かったか……!」


 路地のちょうど中央には頭部のみが取り除かれた中学生くらいの少年の死体が散らばり白い糸に張り付いていた


 「シャークルスはどこにっ……」

 「シャクィァィ……」


 青い鰭は流牙の背後の地面から現れ泳ぎ去っていく


 「今度は逃がさない!」


 流牙は両側の塀に手を当て青い鰭を追いかけ全力疾走する


 

——

 「ギィ……ギギガレァァァ!」


 蜘蛛の怪人はマンホールの中から人間達の声、足音を聞いて彷徨をあげ走り出す



——

 「どこだここ……いやそれよりシャークルスだな」


 青い背鰭を追いかけた流牙は気が付くと巨大な廃工場の前に辿り着いて廃工場の中へと姿を消した青い背鰭の後を追いかける


 「どこに逃げた……!」


 流牙は錆びたコンテナの影に隠れて青い背鰭を探す

 灰色の床、壁、天井は暗闇と静寂に包まれている


 「てかあいつ何しに……っ!?」


 突然流牙の肩を何者かが掴む

 流牙は一瞬身体を停止させるがすぐにその手を振りのけ振り返って構える


 「なんだ霊代か……驚かせんなよ……」

 「なんだって何よしかもいきなり戦闘態勢とるだなんて……お姉ちゃんはそんな子に育てた記憶無いよ!?」


 流牙の肩を掴んだのは霊代だった

 

 「悪い悪い……ちょっとピリピリして……てかなんでここに来てんだ?」

 「蜘蛛の化け物がこの辺に向かったって情報を聞いてね、それで来たってわけよ」

 「そうか蜘蛛か……あの白い糸……」


 流牙は切断された白い糸を思い出し目を細め霊代に背を向ける


 「なぁ霊代……霊代? どうっ……霊代!?」


 流牙が再び振り返るとそこに霊代の姿は無かった


 「霊代……霊代! っあぁ……! シャークルス……!」


 流牙は地面から姿を現し廃工場の奥へと泳ぎ去っていく青い背鰭を睨み付け走り出す


 「シャークルス……お前は何なんだ……!」


 流牙の視界に映る廃工場には黒い背鰭によって砕かれ散らばった命が映る


 「なんで俺の周りに……周りのっ……どこに行った!」


 廃工場の2階の奥で青い鰭を見失った流牙は辺りを見渡してそう叫ぶ


 「また逃げっ……」

 「ギレガァ……!」

 「なんだ……?」


 青い鰭を探す流牙の耳に突然どこからか人間ではない何かの鳴き声が流れ込む

 流牙はその鳴き声に一瞬身体を震わせ背を壁に付けて拳を構える


 「シャークルスじゃ……なさそうだよな……」


 視界には映らないが近くに何かがいるという緊張感が流牙の心臓の鼓動を強くする


 「何が……どこにっ……上か!」


 視界に一瞬天井に張り付いた白い糸の集合体が映り流牙は顔を上に向ける


 「ギィガァァァア!」


 そこには巨大な蜘蛛の足で捕まれたような頭部、そして黒光りする目に黒と赤の身体を持ち、巨大な8つの足で天井に張り付いた白い糸にぶら下がる人型の化け物がいた

 化け物はその巨大な8つの足を暴れ狂わせ流牙に襲いかかる


 「っ……うぉぁぁぁあぁあ!」

 「シャクァァァァァァァ!」

 「なっ……」


 8つの足が流牙の身体を切り裂く寸前、地面から青い背鰭が……青い鮫のような生物、シャークルスがその姿を現し8つの足の内の1本を噛み、そのまま蜘蛛の怪人ごと白い糸から引き離して投げ飛ばす


 「シャークルス……ようやくお前の姿をっ……霊代!」


 流牙は現れたシャークルスに近づこうとすると天井の白い糸に霊代が貼り付けられているのに気が付く


 「いや死んではない……霊代……だけじゃない……じゃあ……」


 流牙は霊代の周りに貼り付けられた無数の人間の頭部を見て蜘蛛の化け物へ視線を移す


 「シャークルスじゃなく、この蜘蛛野郎が……バラバラ殺人の犯人……!」

 「シャクァァァア!」


 シャークルスは流牙の言葉を肯定するように飛び上がり、地面に飛び込んで流牙の周りを旋回する


 「ギレィ……ギァァァ!」


蜘蛛の怪人は立ち上がると現れたシャークルスに向かい咆哮をあげ8つの足をシャークルスと流牙に向け放つ


 「うぉぁぁぁ!」

 「シャクァァァッ……シギャァ!」


 シャークルスは尾鰭で蜘蛛の足を弾き飛ばすが8つ目の足に上から叩き落とされて地面に打ち付けられる


 「シャークルス……」


 流牙は困惑する、何故シャークルスが、過去に自分と関わってきた人間全てを砕いてきたこの化け物が必死に自分を守ろうとするのか……一瞬、流牙のシャークルスに対する敵意や憎悪が消えかける……が


「違う……!」


 流牙は憎悪を散乱した死体の周りを旋回する黒い背鰭と共に思い出して拳を握り締める


 「シャークルスは……俺が……!」

 「シャクィァア……!」

 「っ……」


 流牙は身体に亀裂が入ろうとも蜘蛛の化け物に立ち向かおうとするシャークルスの姿を見て再び憎悪に疑問を感じ全身を震わせる


 「ギレルァァア!」

 「シャクァッ……ァァァァ!」

 「シャークルス……」


 シャークルスは亀裂が広がろうと何度も飛びかかって蜘蛛の怪人に殴り、蹴り飛ばされる


 「シャァァァァア!」

 「シャークルス……!」


 流牙は喉を震わせ少し前へと沈む


 「ギルイァァァァァア!」


 蜘蛛の怪人は8つの足を右腕に巻き付けさせシャークルスの身体の亀裂目掛けて放つ


 「シャァ……!」

 「シャークルス!」


 蜘蛛の怪人の足がシャークルスを貫く寸前、走り出した流牙がシャークルスを抱き抱えて地面を転がって蜘蛛の8つの足を避ける


 「俺の身体は……」


 動いた、流牙の魂は彼の意志を無視して動いたのだ

 彼自身にも何故魂が動き出したのかは分からない……分からないが


 「分からないけど……やるしかない……」


 流牙はシャークルスを地面に置いて立ち上がる


 「ギレィイッイッイッイ……」


 蜘蛛の怪人はその姿を見て馬鹿にしたように笑い声を上げる


 「ギギィ……ギィィァイ!」

 「っ……!」


 流牙に蜘蛛の怪人の拳が、死が近付く、流牙の心は迫り来る死から一瞬逃げ出しそうになる……


 だが流牙の魂は迫り来る死から目を逸らさない

 

 そして流牙に死が衝突する、その寸前……流牙の身体は、心は……魂はある言葉を放つ



 「アーマード!」



 その言葉が流牙が放たれた瞬間、シャークルスは分離、変形して宙を舞い蜘蛛の怪人を吹き飛ばす


 「シャークルス!? なんだこれ……っうぉぁぁぁあ!?」

 「ギィィイ……!」


 宙を舞う分離したシャークルスの身体は流牙と一体化しまるで全てを砕き尽くすような青い光を放つ


 「こ……れは……!」


 青い光の中から現れたのは……青い鎧……鮫の牙の鎧、アーマードシャークルスだった


 「ッ……ギリィァァァア!」

 「うぉぉぁあぁぁぁあっ……まっ……まじかよ……」


 青い鎧が飛びかかる蜘蛛の怪人を慌てて殴ると蜘蛛の怪人は吹き飛ばされ壁にめり込む


 「でもこれなら……!」

 「ギィッ……レァァァァァァァァ!」

 「がぁっ……ゼラァ!」


 蜘蛛の怪人は8つの足を伸ばし地面に突き刺して自分の身体を青い鎧に向かって投げ飛ばし、そして殴り掛かり足の内の1つを青い鎧の肩に突き刺す

 青い鎧の身体はその激痛に一瞬恐怖を覚えるがすぐにその恐怖を振り切って両脚に力を集中させ左脚を踏ん張らせ、軸にして身体を回転させて右脚を放つ

 青い鎧の回し蹴りが後退しようとする蜘蛛の怪人の顔面に直撃、廃工場の壁を突っ切って吹き飛ばす


 「ギル……ガァァァァ!」


 蜘蛛の怪人は右腕から遠くのビルの屋上に向かって白い糸を放ち、縮めて逃亡を図る……が


 「俺の牙からは逃げられない……!」


 白い糸を縮めた瞬間青い鰭に左足を掴まれ体勢を崩して白い糸を切断してしまい廃工場付近の砂地に向かって落下する


 「ギリィィ……!」

 「全てを砕く牙!」


 砂地に倒れず着地した青い鎧は立ち上がった蜘蛛の怪人の前で両腕を牙のようにして腰を低く落として構える


 「シャークファングァァアア!」


 アーマードシャークルスは右拳に2つの青いエネルギー体の牙を生み出し、右拳を蜘蛛の怪人に向かって放つ


 「ギィッ…….ギレァァァァァァァァァイ!?」


 蜘蛛の怪人の身体は2つの牙により砕かれ、爆発を巻き起こし消え去った


 「勝て……た……っ!? ぁぎがぁぁぁぁ!」


 流牙の身体が安堵を覚えた瞬間青い鎧に青い稲妻が走りアーマードシャークルスの鎧と流牙の身体を砕き、分離させる


 「っ……がっ……シャークルス……」


 流牙は破裂してしまいそうな身体を立ち上がらせ泳ぎ去るシャークルスに憎悪と信頼、その2つが混ざり合った視線を向ける


 「お前は……って……あ! 霊代糸にくっ付いたままじゃねぇか助けないと!」


 流牙は慌てて廃工場へと走り出した



——「で……蜘蛛の化け物とその鮫の……ヒーロー……が戦って蜘蛛の怪人を倒したって事?」

 「そうそう、蜘蛛の怪人をドッババビーンでドゴドッゴーンって感じで爆発させてどっか行ったよ」


 流牙は両腕で蜘蛛の怪人の大爆発を表現する


 「そっかそっか……なんで戦いの最中に起こしてくれなかったの?」

 「は?」


 流牙はその言葉に耳を疑い表情を失う


 「起こせやバイト24歳男! あーあ見たかったなぁ蜘蛛の化け物と鮫のヒーロー! 私が得したの糸に張り付けにされたくらいだよ!?」

 「それ得判定なの!?」

 「当たり前じゃん! なんなら明日回収しに行くからね! いや……今から行ってくる!」


 霊代はそう叫んでターンから飛び出し、立ち去っていく



——

 「ギィ……!」


 アーマードシャークルスに蜘蛛の怪人が砕かれた廃工場の近く、人間の頭を鷲掴みに出来る程の足を持った巨大な蜘蛛が動き出す


 「本体は生き残ったみたいだけどスパイダースレッドは1度圧倒され敗北した……幸先いいねぇ……!」


 廃工場の屋上、そこに座った赤い髪の青年は笑みを浮かべた

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