闇の魔法使い
恋人は闇魔法使い
毎日毎日薔薇が送られてきて、
毎日毎日高そうなものが送られてきて、
あまりにも押しが強くて、
アルバイト先でも現れて、
「結婚してください。ルーチェ・ストピドさん」
あまりにもしつこいから――!
「OKしちまったのかい……」
もちろん、条件付きです!
ルーチェがテーブルを叩いた。
毎日屋敷に贈り物はしない! 高価なものは送らない! 結婚は前提としない! というので一週間のお試し期間を設けました!
「ほう。お前にしてはやるじゃないかい。お試し期間だって?」
ミランダ様、この間にあたしはジュリアさんにイメージと違ったと思わせようと計画してます。
「なるほどねえ。具体的にどうするんだい?」
ありのままのあたしを出します! ジュリアさんはすぐに嫌気を出す事でしょう! 何せ、あたしは注意欠陥多動性障害、そして軽度の吃音症を持ってますからね!!
そう言うと、ルーチェは顔を押さえた。
どうせ……どうせ障害持ちですよ……! ぐすん! ぐすん!
「イメージを悪くするには持ってこいだね。ルーチェ、遠慮することはない。相手はジュリアだ。思う存分うんざりさせてきな!」
はい! ミランダ様! あたし頑張ります!!
というわけで始まった一週間。一方――ジュリアはまるで今まで生きてきた世界が一変したような気がして、光輝く景色に浮かれていた。
「隊長が鼻歌歌ってる……」
「俺達、とうとうや(殺)られるのかな……」
(一週間のお試し期間。大きな仕事は入ってないし、この一週間は強化訓練だけ。調査は部下達が担当を持って派遣されるし、私は書類仕事全般。なんて運が良い)
あの子がアルバイトしているのは学校がある平日だけ。土日はお休み。
(それなら……)
「お、とまり……ですか?」
アダルトグッズの品出しをするルーチェにニコニコしながらジュリアが頷いた。
「二泊三日」
「い、一日、多くないですか?」
「金曜日の夜から、泊まりに来てください。だってお試し期間は一週間しかないんですよ?」
(えー、あたし屋敷で発声練習してから小説書いて動画編集しようと思ってたのに……)
「あ、パソコンなら家にあるのでお好きに小説でもなんでも書いてもらって結構ですよ。発声練習もしてくださって大丈夫。だって防音マンションだもん」
「……」
「なにも、ずっと側にいてくださいなんて、そんな大それたこと言いません。私は自然体の間抜けちゃんと一緒に居たいんです」
「……へ、変なことしませんか?」
「変なこと?」
「……魔力を入れてきたりとか……」
「あ、そっち?」
「え?」
「しません。しません。せっかくお付き合いできたのにそんな物騒なこと、絶対にしません」
(本当かな……)
「まあ、お試し期間ですので」
(つまり、その三日間が勝負)
ルーチェの目が燃える。
(ミランダ様、あたし、頑張ります!!)
しかし、まあまあ、時とは早いものであっという間に13日の金曜日の夜。気前の良い先輩がルーチェの荷物を見た。
「あれ、ルーチェちゃん。今日荷物多くない?」
「お泊りなので……」
「へえ。珍しいな! なになに? お友達と? 俺もそんな時あったなぁ。テスト勉強するつもりが皆でゲームして、友達のお母様に説教食らってさ! ははは! 楽しんで!」
(楽しめないんだよなぁ)
だってこれは一種の闘いだもの。
(ミランダ様! あたし、頑張ります!)
「ボンソワール。間抜けちゃん」
店から出ると、ジュリアがルーチェを待っていた。つい、ルーチェの目が点になってしまう。
「お仕事お疲れ様です」
「待ってくださってたんですか?」
「私も仕事帰りなんです」
(あのクソ上司絶対許さない)
急にどでかい調査任せてきやがって。お陰でこの子のための夜ご飯を作れませんでした。私としたことが。
「夜ご飯まだですよね? 私もまだでして、コンビニのお弁当でも買いに行きませんか?」
「あ、その、今月お金が……」
「ノン。奢るに決まってるじゃないですか。お金の心配はしなくて大丈夫です」
ジュリアがルーチェの手首を握った。
「行きましょうか」
(……そういえば思ってた)
ジュリアさんって、なんで手首を掴んで来るんだろう?
(普通、手だと思うんだけど……)
二人でコンビニに入り、お弁当を選ぶ。
「どれがいいですか?」
「あ、えっと、こ、これ……」
「サラダは?」
「え? あ、えっと……」
「買っておきましょうか」
「で、でも、お金……」
「あのね、間抜けちゃん。私もミランダも、君と違ってお金だけはあるんですよ。使う暇がないもので。あはっ!」
「……」
「飲み物も買っておきましょう。何がいいですか?」
「こ、コーヒー牛乳……」
「じゃあ買ってきますね」
二人でコンビニから出て行く。コンビニの袋を持って歩くジュリアの姿はとても闇魔法使いとは思えない。それも、あの魔法調査隊第一調査団の隊長などと、誰がわかるだろうか。
(……)
ふと、ルーチェが聞いてみた。
「……あの、ジュリアさん」
「はい」
「訊いてもいいですか?」
「ええ。喜んで。何でしょう?」
「あの、どうして、その、……手首を掴むんですか?」
「え?」
ジュリアが手元を見た。袋を持ってない手がルーチェの手首を掴んでいる。
「……。あー、癖ですね」
「癖……ですか?」
「ええ。いついかなる時も、私達は獲物を逃してはいけませんからね」
ジュリアの手が下りて、ルーチェの手を握りしめた。
「痛かったですか?」
「あ、いえ、その、なんでかなって思っただけで……」
「そうですか。気にしないでください。ただの癖です」
逃さないようにしないといけないから。
「気づきませんでした。ひひっ」
ルーチェを逃がすわけにはいかないから。
(あーあ。聞かれちゃった。……この子、気付いてたんだ)
君を逃がさないために、手首を掴んでいるの。
「さて、到着ですー。はー、疲れたー」
久しぶりのジュリアの部屋にルーチェがキョロキョロと見回した。何か仕掛けはないかな? 大丈夫かな? それをジュリアが横眼で見る。
(……警戒されてるなぁ)
「間抜けちゃん、大丈夫ですから」
「えっ!? 何がですか!?」
「何も仕掛けてませんよ」
「べ、別に、あたし、大丈夫です!」
「荷物はそこへ」
「あ、は、はい!」
「先にお風呂の方がいいかもしれませんね」
「あ、は、はい!」
「ちょっと待ってくださいね」
ジュリアが瞬きした。一瞬、空気が重くなった。
「はい」
空気が元に戻った。
「お湯が溜まってますよ」
「……いえ、ジュリアさんが先に……」
「お客様優先でいいじゃないですか。何もありませんから」
(ええ。何もありませんよ)
隠しカメラなんてありませんよ。
「それとも二人で入りますか? 私はそれでも構いませんが」
「あ、え、じゃあ、あの、お、おこ、お言葉に甘えて……」
「ええ。行ってらっしゃい!」
あー、あとでカメラの確認するの楽しみだなあー。わくわく!
(うふふ。間抜けちゃんが部屋に居る)
私の側にいても全く動じない子。
(私が唯一触れられる子)
ルーチェ・ストピド。
(はあ。幸せ……。お弁当でも温めておこうかな…)
「あ、あの、ジュリアさん!」
「ティヤン? もう入ったんですか? 早いで……」
「あの、すみません、着替えを置こうとしたら……」
ルーチェが見事に壊れたカメラを持っていた。
「なんか、落としてしまって……」
「……」
「す、す、すみません……。おいくらですか……?」
「……あー、これですか。これ、元々壊れてるんですよー」
「え、そうだったんですか! あ、安心しました……!」
「捨てるの忘れてましたー。あはははー」
(……結構な所に置いたのに見つけるとは……流石です。間抜けちゃん……)
ジュリアが少しだけ、肩を落とした。
(*'ω'*)
食事をしても、遊んでも、パソコンを弄っても、何をしてもルーチェは狂わない。全く動じず、ジュリアと他の人と同じように接する。言葉は躓くが、少し変わった行動を取るが、ぼうっとしているが、天然のようにも見えるが、それでもとても――彼女は優しい。
「……」
文法の教科書を見ながら、ルーチェの首をかくんと動いた。
(オ・ララ)
「間抜けちゃん、そろそろ寝ましょうか」
「あー……すみません……」
ルーチェが目を擦りながら寝室に向かう。あれ?
(ダブルベッド?)
「はい! そこ寝てくださいな!」
(もうなんかどうでもいいや……)
ルーチェが大人しくベッドに横になった。
(眠い……)
(あら? ツッコまれると思ったのにツッコまれなかった)
ジュリアも後ろに横になり、シーツをかけてルーチェの頭にキスをした。
「ボンヌ・ニュイ・モナムール《お休みなさい。愛しい人》」
「……ん……」
(さてと、寝ますか。ああ、明日目を開けた時に間抜けちゃんがいるなんて、なんて素敵なんでしょう。ふふっ!)
「……んー……」
「ん?」
ルーチェが寝返りを打ち、ジュリアの胸にぴたりと寄り添ってきた。
「っっっっ!!!!!」
(あー、やわらかー。あったかーい。何これー。良い匂いがする。すやぁ)
「あっ……! くっ……! ん……!」
ジュリアが悶える。久しぶりの人の温もりに狂喜し、思い切り抱きしめたくなる。それと同時に――目が潤んでくる。
(みんなは私を怖がるのに)
(みんなは私を気味悪がるのに)
(みんなは狂ってしまうのに)
(君は狂わない。全く動じない)
これは依存か。これは愛か。もはやどちらでもいい。性別が女だからなんだ。何が悪い。悪いと言うなら、気持ち悪いと言うなら、私の側に立ってみろ。たちまち全員この魔力で狂わせてやる。
でも君はそうじゃない。君の前だけなら、ありのままの私でいられる。
(神様、貴様を何度も愛し、何度も恨んだけれど、再び愛そう)
このような愛しい人を授けてくださってありがとう。
「……ルーチェ」
そっと抱きしめても、ルーチェはまるで母親の腕の中にいる赤子のように安心し、安らかに眠っている。ジュリアは考える。明日は楽しいところに出かけよう。ご飯も外食しよう。日曜日はどうしよう。魔法のことをやりながら、ケーキでも作ってみよう。とにかくルーチェとの時間を大切にしたい。ルーチェといられるなら何でもいい。絶対大きな事件がない限り連絡するなと上にも下にも釘を打っておいた。邪魔者はいない。ルーチェ。私のルーチェ。愛おしい私だけのルーチェ。君こそ運命の相手だろう。今までの困難は、今までの悲しみは、苦しみは、全て君に会うためのものだったのだろう。
離すものか。
絶対君をこのまま離してなるものか。
「……愛してますよ。マ・ココット」
ジュリアが静かに呟き、ルーチェの額にキスをした。
(*'ω'*)
日曜日の夜、ルーチェがジュリアの箒に乗せられて帰ってきた。地面に着地し、ルーチェが頭を下げる。
「お、お世話になりました」
「こちらこそ! すごく有意義な休暇を取れました!」
(この人、全然あたしにうんざりしなかったな……)
ずっと優しくニコニコ。ニコニコ。
(いや、もしかしたら顔だけ笑顔で心の中では意外とは悪態ついてるかも! ……。あ、悲しくなってきた。……いや! これでいいんだ!)
さあ、別れ話を切り出そう!
「あのっ、ジュリアさ……!」
――ジュリアに強く抱きしめられた。ルーチェが思わずきょとんとする。
「……ジュリア……さん?」
「なんだか、……楽しすぎて、……君を離したくありません」
ルーチェの耳元に聞こえてくる囁き声が、とても寂しそうで。
「すごく楽しかったんです。本当に、楽しくて……」
とても悲しそうで。
「今夜も泊まってほしいくらいです。いっそ、あの部屋に引っ越してほしいくらいです。君と一緒にいても、私は私のままでいられるんです。魔力を引っ込めなくても、我慢しなくても、何もしなくてもいいんです。何もしなくても、君は全く狂わない」
(……あれ?)
ジュリアの異変を感じる。
(な、泣いてる!?)
「離したくないです……。帰したくないです……」
「あ、え、えーと、ジュリアさん!」
「もう少し一緒にいたい。愛してるんです。ルーチェ……」
「え、えっと、でも、えっと」
「ごめんね。君を困らせてしまって。でもね、私、こんな気持ち久しぶりになったの」
体に巻き付いていた手がルーチェの両頬に添った。紫色の――悲しそうな目と目が合ってしまう。
「愛してます。ルーチェ」
「え、えっと……」
「一週間なんて足りません。もっと君と一緒にいたい」
「あ、えっと、でも、あたし、チャットとか面倒くさいから、お返事とかも、返さなかったり……」
「私も忙しいので、チャットは必要以上にしませんよ」
「こ、高級なものを贈られたりするのは、あの、こま、困ります」
「それは君に言われて反省しました。プレゼントばかりしていてはプレゼントの有難みが薄くなってしまいます。でも、私にとっては君と会えることが何よりのプレゼントなんです。だから、別の形で贈ることにしましょう」
「あ、あ、その、あ、あたし、吃音も、持ってるので……」
「ええ。治すことは出来なくとも、喋り慣れていきましょうね。お手伝いします」
「え、えっと……」
「来週の金曜日は空いてますか?」
「え?」
「アルバイトの後。家に泊まって、土曜日の昼にここに帰ってくればいい。課題があれば私が見ましょう」
「……えーと、それは、すごく有難いのですが……」
「なら、継続出来ますか?」
「えっ」
「恋人期間」
「あ」
「お願いします」
「ん」
「ルーチェ。愛してます。……愛してるんです……」
「……。……。……あ、は、はい。あたしは、あのー、だ、大丈夫なのですが、ジュリアさんが、あの、嫌でなければ……」
「っ! 嫌なものですか!」
悲しそうだったジュリアの表情がとんでもない笑顔になり、ルーチェを抱きしめた。
「愛してます。間抜けちゃん。私の可愛い可愛い間抜けちゃん」
「あ、は、はい」
「金曜日、迎えに行きますね。君が忘れないようにチャットしておきます」
「あ、は、はい」
「ちゅっ」
「わっ」
ジュリアの唇が額に当たり、頬に当たり、瞼に当たる。
「あの、ジュ、ジュリアさん」
「……間抜けちゃん、いいですか?」
「え?」
「唇に、キスしてもいいですか?」
「へっ!? あ、えっと!(そっか! 恋人になったらそういうこともするもんなんだもんね!)……えーと、キスは……」
「……じゃあ……」
ジュリアが笑って、ルーチェの手を取り、甲にキスをした。
「これだけにしておきますね?」
「っ」
紳士的な動作に、ルーチェのクリエイター魂が脈打った。すげー! こんなことする人本当にいるんだ! かっこいいー!
「……家の前で何してるんだい」
「あ、ミランダ様! ただいま帰りました!」
「別れるのが惜しくて別れのキスをしていたんです。邪魔しないでください」
「うざいんだよ。さっさと帰りな」
「じゃあね。ルーチェ。また金曜日に」
ジュリアがそっとルーチェの手を離し、箒に乗って空を飛び始めた。その姿を見届け、ルーチェとミランダが向き合った。
「で、どうだったんだい?」
「ミランダ様、大変です。この三日間、あり、ありのままのあたしを遠慮なく見せ、見したつもりだったのですが、ジュリアさん、全く動じませんでした」
「なるほどね」
「今日は家でケーキを作ったのですが、あたしはその時に、ちぢ、指示通りでしか動くことが出来ず、かなりうろうろして迷惑をかけたと思います。それ、それ、それでもジュリアさんは頑張り屋さんですね。よしよしって頭を撫でるだけでした」
「なるほどね……」
「それが楽しくて離れたくないと涙を流していたので……」
「継続かい」
「しかし、次の約束を取り付けました」
「いつだい」
「金曜日の夜です。アルバイト帰りに泊まりなさいと」
「ほう」
「ミランダ様、今回はジュリアさんの涙に負けてしまいましたが……」
ルーチェが拳を握った。
「あたし、頑張ります!!」
(こいつはしばらく時間がかかりそうだね)
「今度こそ! うんざりさせて! 別れてみせます!」
「夜ご飯食べたかい? 食べたのならデザートがあるよ」
「あ! ぜひいただきます!」
空を飛びながら、ジュリアが腕時計を見た。
(……あ、電気屋まだやってる。……金曜日に備えて、カメラを見に行こうかしらね。ふふふふ!)
口角がいやらしく上がり、ジュリアの箒が電器屋を目指し始めた。
恋人は闇魔法使い END
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