第12話 俺の親友
日菜乃の引っ越しが終わったその夜、俺はとある男とLINEでやり取りしていた。
『俺、再就職した』
『お、まじ?おめじゃん。ちなみにどこ?』
『前と同じとこ』
『また同じ?お前ブラック企業だってあんだけ愚痴ってたじゃん』
『他のとこ行ったってどうせ仕事出来ねぇんだから良いんだよ』
『お前がいいなら別に良いんだけどさー。しかし二年もニートだったのに働き始めるなんて、どういう風の吹き回しだよ?」
痛いところを突かれた。
『いや、別に、金がもう底をつくから働くしかないなって思っただけ』
『あっそ。彼女でも出来たのかと思ったわ』
相変らず鋭いな、こいつ。あながち間違いではないが。
『まあ、そういう事だから。頑張るわ』
『おけ。あ、明日久々にお前のとこ行ってもいい?』
『疲れてるから、来て欲しくない』
『おけ、十時頃行くわ』
人の話聞いてねぇのか、こいつ。
*
「うい、おひさ」
言った通り、この男は十時丁度に現れた。
「なんでここにいる」
「行くって言ったやん」
「俺は許可していない」
「水臭いこと言うなよ~。俺達の仲だろ?」
俺は深いため息を吐いた後、頭を掻いた。
「……とりあえず、入れ」
「はーい、お邪魔します~」
「邪魔だと思ってんなら帰れよ」
そんな冗談を言いつつも俺は家に入れた。
そういえば紹介が遅れた。この男の名は『如月颯太(きさらぎそうた)』、俺のたった一人の友達にして親友だ。颯太と初めて会ったのは中学一年の時だ。クラスが一緒で颯太が俺の一個前の席に座っていた。
俺は出来る限り、人との接触を避けていたのだがこいつだけはしつこく話し掛けてきた。部活も同じ空手部で俺は颯太から逃れる場所が無くなったため、「仕方なく」友達になった。そこから高校も同じ九高に進学し今も付き合いがある。
いわゆる、腐れ縁だ。
颯太は銀髪のイケメンで中高とかなりモテていたが、俺以外の友達も彼女も作らずにいつも俺とつるんでいた。
俺なんかといなければもっと楽しい学園生活を送れただろうに。
それでも、こいつはお前と二人で遊んでた方が楽しいからと言ってくれたので俺は嬉しかった。
「……お前の部屋、随分と綺麗じゃねぇか?」
「そうか?こんなもんだと思うけどな」
「いや、前来たときはもっと汚かった。お前、ほんとは彼女いるんだろ?」
「いねぇよ。妹が来て掃除してくれてるだけだ」
本当はいる。しかも隣人で女子高校生だ。口が裂けても言えない。
「ああ、渚ちゃんね。可愛いし料理上手だし羨ましいわ。俺にくれよ」
「やらねぇよ。渚は俺のだ」
「うわぁ……出たな。シスコン野郎」
「シスコンで悪かったな」
「お前さ、もっと否定したらどうなんだ……?」
それはごもっともな意見であった。
「まあ俺がシスコンなのは置いといて。颯太は最近どうなんだ?」
「俺は、特に変わんねぇかな~。いつも通りに仕事してる」
颯太は俺よりも頭が良く、大手のIT企業で働いている。年収も俺よりも高い。
勉強が出来るっていうのは本当に羨ましいし、憎たらしい。
「あ、あと彼女出来た」
俺は飲んでいたお茶を噴き出した。
「お、お前!変わってんじゃん!いつ出来たんだよ!」
「え?確か去年かな~、同じ会社の後輩から告られてね」
ニヤニヤしながら嬉しそうに颯太は答えた。
「そうか。お前にもようやく彼女が出来たか。俺は嬉しいよ」
「悠人も早く彼女作れよ~?彼女はいいぞ?」
いや、隣にいるんだ。お前に言ってないだけで。
『ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン』
インターホンが鳴った。俺は嫌な予感がした。
「すげー、インターホンの鳴らし方だな。悠人、誰か呼んだのか?」
「た、たぶん、渚じゃないかな。ちょっと見てくるわ」
「渚ちゃんか~、おけけ~」
俺は玄関の向こうにいるのが日菜乃ではなく渚であることを信じて玄関に向かったのであった。そして、俺は恐る恐る玄関のドアを開けた。
「おっはー!悠くん!今日も元気かなー?」
やっぱり日菜乃だった……。俺は音速でドアを閉めた。
「ちょ!悠くん!?なんで閉めるの!」
ドアの向こうで日菜乃が叫んだ。
「うるせえ!今はダメだ!帰ってくれ!」
「なんでぇぇぇぇぇぇぇ!」
「なんでもだ!」
「どうしてぇぇぇぇぇぇ!」
「頼むからぁぁぁぁぁぁ!」
リビングには颯太がいる。日菜乃がいることだけは絶対にバレたくない。
「悠人、お前さっきからそこで何してんだ?」
最悪だ……。なんで来たんだよ、颯太。
「い、いや、別に」
「じゃあ、なんで玄関のドアの前にずっと立ってんだよ?」
「そ、それは……」
「渚ちゃんじゃないのか?開けてやれよ?」
残念ながら渚じゃなかったんだよ。
颯太、後生の頼みだ。リビングに戻ってくれ。
「ねぇ!悠くん!なんでダメなのー!開けてよー!」
「おい、悠人。向こうにいるの渚ちゃんじゃないよな?誰なんだ?声違うもんな?」
颯太は初めて聞く声に反応し、俺に問い詰めてきた。
ここまで来てしまってはもう隠しようがない。俺は玄関のドアを開けた。
「あー!やっと開けてくれた!おはよー!悠くん♡」
入ってきて来て早々、日菜乃は俺に抱き着いた。
「悠人、お前に抱き着いてる女の子、一体誰?」
状況を把握出来ていない颯太は俺に聞いてきた。
だが俺も言える事は一つしかない。
「えっと、俺の彼女です……」
「……は?」
――――ここまで平静さを失った表情をする颯太を俺は初めて見たのであった。
*
俺達三人はリビングに集まった。
「私の名前は柊日菜乃です!よろしくです!」
「俺は如月颯太だ。悠人とは中学からの付き合いだ。よろしく」
お互いの自己紹介が済んだところで颯太が本題へと切り出した。
「……この子がお前の彼女であることは理解した。けどこんな美少女どこで手に入れたんだ?」
「俺が自殺しようとしたところを助けてくれてな。その後にひと悶着あって付き合うことになったんだ」
「ちょっと待て、お前自殺しようとしたの?」
颯太には俺が自殺しようとしたことは伝えていなかった。当然、日菜乃との出会いより俺が自殺しようとしたことの方が颯太には驚きを与えただろう。
「ああ、自分の存在価値が分からなくなってな、もう全てを終わりにしようと思ったんだ」
「悠人、お前が二年前に辛い思いをしたのは俺も知っている。だからって俺に連絡の一つも入れないのはどうなんだよ。俺達、親友だろ……?」
颯太は憂わしげな表情で俺を見ていた。
「それは本当にすまん。でもそんな余裕がなかったんだ」
「……そうだよな。自殺考えてる奴にそんな余裕ねぇよな。それでも、俺はお前の力になれなかったのが悔しい。俺はな、お前だけは失いたくないんだ。まだお前とやりたいことが沢山残ってんだ。頼むから今後、自殺だけはしないでくれよ」
颯太はそう言うと日菜乃の方を向いた。
「俺の親友を助けてくれて本当にありがとう。君が悠人を助けてくれなければ今こうして話をすることも出来ていなかった。ダメなやつだと思うがこいつの事支えてやって欲しい。よろしく頼む」
「いえいえ、私は自分がやるべきことをやっただけです。それに悠くんは私のことも助けてくれました。私と悠くんはお互いの足りない部分を補い合うために付き合い始めたんです。今の悠くんは生きるために必死に頑張ってます。私も精一杯サポートしているので、もう自殺はしませんよ。てか、させません」
日菜乃の言葉に安堵したのか、颯太の表情が少し和らいでいた。
「悠人、いい彼女に出会えたな。彼女にここまで思って貰えるなんて羨ましいよ」
「ああ、本当に。日菜乃には助けられてばかりだ」
「あ、ちなみに日菜乃ちゃんって何歳なの?結構若く見えるけど?」
颯太、それだけは……!
「十六歳です!高校二年生です!」
……遅かった。颯太が目を光らせてこっちを見ていた。
「悠人、ちょっと詳しく話して貰おうか」
顔は笑っているのに言葉は全く笑っていなかった。俺は全て打ち明けた。
「……はあ、親友のお前がそんなやつだなんて全然知らなかったよ。」
颯太はテーブルに肘を置き頭を抱えた。
「しょ、しょうがねぇだろ」
「だからって高校生に手を出すなよ。お前何歳だよ……」
「でも、私が悠くんの事が大好きなので特に問題は無いですよね♡」
日菜乃が俺の腕に抱き着きながら笑顔で言った。
「悠人、お前、もし日菜乃ちゃんの親にバレたら終わりだぞ?」
確かに俺と日菜乃との間では問題ないが、法的にはアウトである。
自分の娘が見ず知らずの成人男性と付き合っているなんて知ったら間違いなく訴えられるだろう。
「お父さんもお母さんもこっちに来ることなんて無いし大丈夫だよ、悠くん♡」
日菜乃はそうは言うが、もし仮にそういう場面になった時に日菜乃の期待を裏切らない行動が俺に出来るか心配だった。こればかりは起こらないこと祈るしかない。
「ちなみにだがキスとかは流石にしてないよな?」
「もうしたよ~、お風呂も一緒に入っちゃった♡」
日菜乃、頼むから黙ることを覚えてくれ……。
「そ、颯太?これには深いわけがあってだな……」
颯太を見ると笑顔で拳を丸めて関節をボキボキと鳴らしていた。
「えっと、そうた?」
「俺だってまだしてねぇんだぞ!この野郎!」
俺は颯太の鋭い右フックを喰らった。
「じゃあ、日菜乃ちゃん。悠人の処理は任せたよ、じゃあね」
そう言って颯太は俺の家を出ていった。
前にも誰かに殴られたな。確か胸を触ったのが渚にバレた時だったか。
だが自分から触りにいったわけではない。そこは理解してもらいたい。
今回の風呂もそうだ、俺が悪いわけじゃない。
「悠くん、だいじょうぶ~?冷やす~?」
全ては日菜乃のせいなのだ。こいつが何もしなければ何も起こらないし、言わなければ俺が殴られることもない。
確かにサポートは助かっているが、こういう面でのダメージが大きすぎる。
もう少し考える子になって欲しい、それが今の俺の願いだ。
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