第6話 二人の料理、兄妹愛

――――見慣れた天井だった。


 俺は自分のベッドにいた。頭がくらくらする、なんでだっけ。

 そうだ、渚に殴られたんだっけ。

 あいつ本気で殴りやがったな、少しは手加減しろっつうの。


 とりあえず俺はリビングに向かった。


「あ、起きたんだね。おっぱい好きの変態」


 渚はまだ怒っていた。『おっぱい好きの変態』ってワード流行ってんのか?


「悠くん、頭大丈夫?壊れてない?痛い痛いの飛んでけ~でもする?」


 日菜乃は大丈夫だ、平常運転だ。


 二人とも揃ってキッチンにいた。時計を見ると時刻は十一時半前だった。


「二人で昼ご飯作ってくれてたんだな、ありがとな」


「違うよ、私たちは今どっちがおにー、んんっ、おっぱい好きの変態の胃袋を掴むことが出来るか勝負している最中よ」


 なんで仲良かったのに結局勝負始めちゃうんだよ。しかも今おにーまで言ったのに結局言い直したよね?


「とりあえず出来るまでのお楽しみって事で。悠くん待っててね♡」


 渚はまだしも、日菜乃がちゃんと料理出来るのか不安しかなかった。


 そして十二時を少し過ぎた頃、テーブルに全ての料理が並んだ。


 渚が作ったのは鯖の味噌煮、小松菜のおひたし、だし巻き卵、豆腐となめこの味噌汁と今回は和風だ。

 まずは渚の料理から頂こうと思う。とりあえず鯖の味噌煮から。一口食べて驚いた。鯖の身はふっくらしていて味噌の味も程よくご飯とよく合う。おひたしもシンプルだがほうれん草の湯加減から出汁の濃さまで完璧だ。だし巻き卵も俺好みの出汁の濃さで、味噌汁は煮込み過ぎずあっさりとして凄く飲みやすかった。


 日菜乃はミニトマトのペスカトーレ、ポテトフライ、コンソメスープと洋風で真逆の食べ物だった。食べたことがないからすごく心配なのだが果たして美味いのだろうか。

 まずパスタからかな。こ、これは、美味い。まるで高級イタリアンの味だ。これを本当に日菜乃が作ったのか、だとしたら凄すぎるぞ。ミニトマトにイカやエビ、あさりなどの海鮮がマッチしてとんでもないハーモニーを作り出している。

 こいつ天才か……。

 ポテトフライも上げ過ぎず程よい塩加減で、コンソメスープはすっきりとして飲みやすく凄く落ち着いた。


 これ、どっちが美味しいか、俺が決めるの?ちょっと難易度高すぎませんか?


「じゃあ、食べ終わった事だしどっちが美味しかったか決めてもらおうかしら」


 渚の圧が半端じゃなかった。これ選ばなかったら殺されるんじゃ……。


「悠くん、本当に美味しかった方を選んでね?」


 渚とは逆に日菜乃は優しく言ってくれた。

 だが迷う。両方とも本当に美味しかったんだ。俺は十分ほど考えた末ようやく決めた。


「今回の勝者は渚、お前だ」


「ほんとに……?」


「ああ、そうだ。今までで一番美味しかったぞ。今回の料理全部、俺好みの味付けで作ってくれたんだよな。食べてて分かったぞ」


「そうだよ、そこまでちゃんと分かって食べてくれてんだね。私嬉しい」


「ほんとにここまで出来るようになるなんて凄いな、お前は俺の自慢の妹だよ」


「ありがとう、おにー大好き♡」


 俺は渚の頭を撫でてあげた。それを見ていた日菜乃が俺に向かって言った。


「悠くん達ってさ、やっぱりブラコンとシスコンだよね」


「え、俺がシスコン?そんなわけないじゃん」


「いやいや、その歳で妹離れ出来てないのはまずいって。完全にシスコンの部類だよ、それ」


「え、まじで?」


「うん、まじ」


 渚を見ると渚はニコニコして満面の笑みを浮かべていた。

 さっきまでの怒りはどこに行ったのか。

 勝負に勝って嬉しかったのか、渚はしばらくの間、俺にベッタリだった。


        *


 渚と日菜乃の勝負は渚の勝利で幕を下ろした。渚は嬉しそうにスキップして帰っていった。だが日菜乃は帰らずにソファに座り、ほっぺを膨らませ不服そうな顔をして俺の方を見ていた。


「私のパスタ、美味しくなかった……?」


「い、いやそんなことないよ!めっちゃ美味しかったよ!」


「でも悠くん選んでくれなかったじゃん!」


「いや、あの状況で渚を選ばなかったら、俺死んでたし」


「良いじゃん、死んでも。ばいばい」


「良くないわ!俺死んだらお前も困るだろ!」


「そうだけど、今回は私を選んでほしかった」


 日菜乃は唇を噛み締めたまま涙を堪えながら俯いてしまった。


「どうしてだ?」


「だって悠くん、渚にベッタリだったんだもん。彼女の私がいるのに」


「しょうがないだろ。あのままじゃ渚の機嫌が直らないどころか、一生口聞いてもらえなくなるところだったんだぞ。それにあの状況になったのは日菜乃のせいなんだからな!」


「私はそれでも良かった。悠くんを独り占め出来れば。それで良かった」


「お前、もしかして、嫉妬、してるのか?」


 日菜乃は小さく頷いた。確かに渚がベッタリ状態で日菜乃に対して朝以降はほとんど構ってあげれていなかった。それに料理の感想もまだちゃんと伝えられていなかったのだ。


「私、悠くんがシスコンって分かった時、こんなに優しくて人の事を考えてくれるお兄ちゃんと一緒に暮らしてた渚の事が羨ましいと思った半面、少し憎いとも思った。私だって悠くんみたいなお兄ちゃんが欲しかった」


 いつもの元気が日菜乃から消えかけていた。このままではまずいと察した俺は日菜乃を強く抱きしめた。


「ちょっ、悠くん?」


「大丈夫だ、日菜乃。俺はお前の彼氏だぞ?今は一人じゃない、俺がいる。辛い時も楽しい時もこれからは俺が一緒に分かち合ってやる。渚に負けないようにお前も遠慮せず甘えてこい。渚に負けるようじゃ俺の彼女になれないぞ?」


「なに、その言い方。励ましてるの?それとも煽ってるの?」


「んー、両方かな」


「なにそれ、もういいや。なんかあきれちゃったよ。ねぇ、悠くんこっち見て」


 俺は日菜乃に抱き着いたまま顔を横に向けた。


 ……最初は何が起きたか分からなかった。

 だが気付いた時には日菜乃の唇が俺の唇に触れていた。     

 その瞬間、俺の頭は完全に真っ白になった。

 十数秒経っただろうか。肝心の日菜乃は中々唇を離そうとしない。そして日菜乃が俺の口に舌を入れそうになったところで俺は我に返って日菜乃の顔を離した。


「もう、あと少しだったのに♡」


「お、お前流石にやりすぎだぞ!?」


「そうかな?これくらいやらないと渚に勝てないと思ってさ~。ちなみに今のが記念すべき私のファーストキスだからね♡」


「もっと大事な時のために取っておけよ!馬鹿!」


 この前のキスといい、今日のキスといい、展開早すぎるだろ。

 まだ付き合って三日だぞ?

 こんな急展開のラブコメ、どこのラノベ小説探したって見つからねぇよ。


「まあ、でも渚は悠くんにはこんなキスは出来ないし。これ以上のことも出来ないから私の方が断然有利だよね?そう思ったら負ける気しなくなってきたな〜」


 あまりの日菜乃の性欲の強さと俺への執着心に俺は背筋が凍る思いだった。

 しっかりと管理してやらないといつ暴走するか分からない不安に駆られ、とても料理の感想を伝えている場合ではなかった……。

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