落ちたる天女3
女子アナウンサー・
別に将軍を撮影しているわけではない、という言い訳ができそうなギリギリの距離を保ちつつ、ディレクターらしき男と女子アナがずっと問答していたのだから。
番組はマイナーで予算は少ない。そんなこんなでやる気が出るはずもなく、適当に店を取材して適当に客へインタビューするだけだったはず。
なのだが、偶然将軍を見つけてしまった。
『行列客に声をかけたらたまたま将軍だったってことにしろ、行け!』
という声は行列中の客全員が聞いている。
そうしてカメラマン兼ディレクターに背中を押された女子アナが、面高の背後に立ったばかりだった。
そんな中で魔人の出現直後というレア中のレアを偶然撮ってしまったからには、インタビューを敢行したくもなるのだろう。
【美しすぎる魔人・ゼナリッタさんの第一声!】
ディレクターがそんな見出しを頭に浮かべていたかどうか、今となってはわからない。
「あのすいません、こういうインタビューには答えちゃいけないって決まりが……」
面高がやんわりと拒否しても、昼岡アナウンサーは下がらない。
「いえいえ、魔人が降ってきてトラック大破という大事故が起こったからには、マスコミはそれを報道する義務があります。そしてそちらの魔人の女の子が、なぜ日本に来たのかも、ぜひ!」
女子アナはゼナリッタにマイクを向けた。しかし少女は麗しくも冷ややかに応じる。
「下がりなさい。あなたの相手をしている時間はない」
「そこをなんとか、まずはお名前だけでも。あ、この耳すごいですね。まるでエルフみたい——」
乙女の柔肌に許可なく触れてはいけない。たとえ同性であったとしても。この時の出来事は世の人々へのいい教訓となったのだろうか。
ゼナリッタが女子アナの上腕を蹴り折った。
一瞬だった。
短いスカートをはいた女子が大きく脚を上げて蹴りを放つなどまったくの想定外だったので、面高は反応もできなかった。
ただ、ゆっくり下ろされる少女の脚と、内ももの白さが目に焼き付いた。
「あれ……あれ? あれ、マイク——腕?」
悲鳴も上げずにそんなことをつぶやきつつ、女子アナはゆっくりとうずくまった。その右上腕は、関節がひとつ増えてしまったかのようにポッキリと折れている。人間は大怪我をした瞬間は、あまり大きな声が出せないものだ。
宙を舞っていたマイクが、アスファルトに落ちて雑音を鳴らした。
「あんた何やってんだ!」
ようやく面高は声が出せた。そして女子アナを背中にかばう。
町中で戦闘行為はまずい。特に昼間で人流の多い場所などでは絶対厳禁だ。なんとかしなければいけないが、ゼナリッタに一瞬でも見とれていた自分が恥ずかしい、と面高は反省した。
「姫! 一般人へは手心を加えるようにとあれほど!」
面高と尊林から叱責を受けても、ゼナリッタは涼しげだ。
「なにって、わたしはちゃんと下がれと警告しました。尊林、あなたのいた時代では、こういうとき処刑するのが当たり前だったのでしょう?」
「そんなことをするのはタチの悪い侍くらいですぞ!」
それを小言と受け流して、ゼナリッタは女子アナを見下ろした。
「それにしっかり加減はしました。腕はちゃんとつながったままでしょう?」
面高としてはうんざりしていたが、魔人を刺激するわけにはいかない。
「わかった、わかったから! セリさまのところに案内するから、おとなしくしててくれ! もう危害を加えるとかナシで!」
少年としては、緊急事態に素が出てしまうのは制御しようもない。
2030年、一般人は魔人を甘く見ていた。それは大抵のことなら将軍がなんとかしてしまうからなのだが。誰よりも美しい見た目をしていながら、実態はヒグマよりも遙かに恐ろしい猛獣だというのが、知れ渡っていなかったのだ。
この頃には、広いとはいえない歩道に人だかりができていた。
面高と尊林、ふたりの剣幕を、そして周囲の状況を見て、さすがにまずいと思えるくらいには魔人の少女は空気を読めたらしい。
「わかりました。要するにこの骨折をなかったことにすればいいのでしょう?」
ゼナリッタは、女子アナの前にかがんだ。
「——そこの女、わたしに触れることを許す」
そう言うと、エルフ耳の少女は女子アナの折れてない方——左腕をつかみ、己の耳に触れさせた。
瞬間、ゼナリッタのエルフ耳が赤黒く発光する。
女子アナの表情が、高貴なる者に触れた恍惚と、未知への恐れとに混じり合う。
数秒で耳の発光がやみ、ゼナリッタは立ち上がった。
昼岡アナウンサーの右腕は、見た目上は完治していた。彼女は何が起こったのかわからないといった様子で、折れたはずの右腕を普通に動かしていた。
「一切の怪我は治りました。これでいいでしょう?」
ゼナリッタから得意げにほほえまれ、面高は女子アナの様子をちらりと見てから質問する。
「あの、今なにやったんですか?」
「彼女をわたしの眷属にしました」
「え?」
あまりにあっさりした宣言だった。
魔人の眷属になるとは、人類を超越するということ。その頑強な肉体、永遠ともいえる寿命を求めて、全財産をなげうってでも眷属になりたいと公言する大富豪も多い。しかし魔人は人間のお願いを聞いてくれるような生物ではない。あくまで気まぐれなのだ。
眷属になる、ならないはそうして決まる。
人間の身分や財力など、魔人にとっては何の価値も無いのだから。
◆ ◆ ◆
それからの面高は手早かった。
女子アナとディレクター兼カメラマンへ軽くフォローを入れ、大破したトラックの様子を見て110と119通報をしつつ、ゼナリッタと尊林を車に乗せて、目的地:将軍庁と音声入力した。
面高が使っていたのはガソリン駆動の半自動運転車だ。2030年当時はまだガソリンや軽油を燃やして動く内燃機関車が多く残っていた。
付け加えるなら、将軍の仕事は魔人案件だけである。本来はどんな大事故が起きようと、人が死のうと、将軍がそれに手を煩わせてはいけない。魔人という何よりも危険な生物への対応が最優先事項なのだから。
ともかくこうして面高とゼナリッタは出会い、将軍庁へと向かった。
これが、2030年代をどんよりと覆った、魔人災害の発端である。
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