東京の将軍と魔界の秘宝

たけや屋

第1話 罪過の天女——見捨てられた魔界の令嬢

落ちたる天女1

 空から少女が落ちてきた場合、フィクションならボーイミーツガールの予感だが、現実ではあまり遭遇したくないタイプのイベントだろう。

 それが人間だった場合、数秒後にはむごたらしい遺体を見ることになる。

 それが人間ではなかった場合、それはそれで非常に面倒なことになる。

 2030年の3月中旬、東京の将軍・面高おもだかが遭遇したときのように。


 ◆ ◆ ◆


 その日の昼休み、面高は高田馬場たかだのばばのラーメン屋に並んでいた。


 通り沿いの、カウンター席中心であまり広くはない有名店だ。将軍は上級国民などではなく何の社会的特権もない。なので行列無視の割り込みなどはできない。


 面高の将軍としての制服は学ランとほぼ見分けがつかない。そこへ将軍庁の紋章である【桃形兜ももなりかぶと】の刺繍があるかないかだ。学生が少ない正午あたりの時間帯では自然と目立ってしまう。


 それは人類最強の将軍としてではない。

 サボり学生がラーメン屋に並んでいるらしい、という意味合いの視線を面高は日々感じていた。そもそも世間の人々は面高の顔やスタイルに興味をもたない。身長も体重も17歳の同年代平均とほぼ同じ。特徴といえば真っ黄色の瞳と、あとは頭頂部から飛び出た、植物の茎のごときひと房の髪の毛くらいだろうか。


 なので面高本人は日本中どこに行こうと大して耳目を集めない。利権目当ての人間などは、別として。

 将軍のお膝元である新宿区しんじゅくく内なら見向きもされないのが日常風景だ。


 30分以上になる待ち時間でひと通りの暇つぶしをしてしまった面高は、ふと空を眺めた。そうしたら落下してくる少女を目撃してしまったのだ。しかも。


 ——うわ、目が合っちゃったよ……。

 墜落途中の少女が人間だったなら、地上の人間と目を合わせる余裕などあるのだろうか。


 少女は金髪で、純白のドレスを着ていた。そして何より、エルフのように耳が尖っていた。遠目から見た第一印象だが、純粋に顔が良さそうではある。

 頭部を下にして、何の防御態勢も取らずにただ落ちてくる少女。


 いやな予感しかしかしなかった。


 少女の目はこれから死にゆく者の目ではなく、非常に力強い、希望に満ちたまなざしだったのだから。


 自然落下の速度は非常に速い。面高が声を上げるよりも早く少女は地面に激突——と思いきや、接地直前で急激に速度を落とした。頭を下にして落下してきた姿勢が、くるりと上下入れ替わる。そしてふわりと優雅に着地した。


「えっ?」

 驚きの声を上げた面高に釣られ、行列中の客たちもそちらを見た。

 車道のど真ん中に堂々と立つ少女を。


 少女は落下途中から目をつけていた相手——面高を、今度ははっきりと見つめてきた。車道の真ん中に立っていながら、周囲の安全確認などまるでしていない。

「——あ!」

 面高が声を発したときには遅かった。トラックが走ってきて、まさに少女と激突寸前だったからだ。


 当然、急ブレーキは間に合わない。

 少女はトラックに轢かれ、破壊音に周囲の人々は身をすくめた。


 重大事故だ。

 トラックはまるで岸壁に激突したかのようにつんのめり、車体前部が大破した状態のまま止まった。


 対して少女は轢かれた衝撃によって全く動かされることなく、その場に平然と立っていた。おそらくは木の葉が触れた程度にしか感じていないのだろう。


 少女がトラックに轢かれて車体は損壊。

 しかし少女は微動だにせず全くの無傷。

 当然のように人々が注目する。


 注目の的は当然、人類最強を誇る東京の将軍などではなく、天より舞い降りた乙女の方だ。

「あの子、人間じゃねえ!」

「動画撮れ動画!」

「すげー美人じゃね?」

「まああそこに将軍居るみたいだからなんとかなるでしょ」

「あの耳、ガチのエルフ耳か?」


 一般人が集まりすぎると被害拡大の恐れがあった。その前に面高としては対処しなければならないのだが。


「マジかよ……」

 どうしようもない現実に直面した少年は嘆息し、思わずボヤく。なぜなら、人間でない少女が空から降ってきてトラックを破壊したとなれば、将軍である面高のやることはひとつだからだ。

「——あー、これで今日のラーメン無しか……せっかく並んだってのに」


 現代人なら車道の真ん中を歩くのは躊躇するものだが、少女は違った。大破したトラックをかえりみることもなく、まっすぐラーメン屋前へ、面高の目の前まで歩いてきて口を開いた。

「ねえ、あなた将軍でしょう?」


 天から落ちてきた美貌の乙女。綺麗な声。エルフのように尖った耳。

 ——これで相手がただの人間だったら純粋に喜べたんだけどなあ……。

 もうすぐ食べられると思っていたとんこつスープの香りが、店内から漂ってきていた。

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