第12話 やられる前にやれ。これはイノチの命令だ。

前の時代に生きていたころ、俺は動物を飼う人間の気持ちがわからなかった。首輪をつけた犬や猫たち。農作業とかで働かせるために動物を飼うってのならよく分かる。だが、どういうことだ?かわいがるために動物を飼うってのは?リードをつけられ、人間と一緒に歩く犬たち。家に帰れば栄養価の高いキャットフードをたらふく食べさせてもらえる猫たち。彼らからしてみれば、人間にワンワンニャアニャアやってれば餌をもらえて屋根付きの家に住まわせてもらえる、これ以上にお得なことはないのかもしれない。山の中で暮らすよりも、むかつく人間たちにこびへつらって生きていく方が絶対に楽であり、俺なんかより彼らは賢く生きている思う。だけどなんだろう?この違和感?本来、俺たちは動物と殺し合いながら、地上の覇権をめぐって対立してきた。最近になって急に世の中が平和になり出して、人間たちはスマホの画面に写った動物の赤ん坊の写真を見て「かわいい~」などと言うようになった。たしかに俺は動物を飼ったことがないし、買う金もないから、動物を飼っている人間を妬んでいるだけなのかもしれない。だが、なんて言えばいいのだろう?本来、自然の中で生きる力の無い人間にとって大きな脅威であるはずの動物に対して、「かわいい~」などと虚心坦懐に言えるその残酷さというか、平和ボケみたいなものが俺はとても嫌いだった。


俺はいま動物に追いかけられている。その姿は決して「かわいらしく」なんてない。ケダモノそのもの、そいつらが数百匹も集まればまさしく怪物で、本当に恐ろしい脅威となる。だが、この時代に助けてくれる人間はいない。鉄砲を担いで人間と動物との争いの最前線にいた人たちは、みんないなくなってしまった。彼らがまだ生きていた時代は、まさしく彼らが里山で動物と命を懸けてやり取りを繰り広げて人間の世界を守ってくれていたからこそ、平和ボケした馬鹿な俺たちは動物の写真を見て「かわいい~」などと言うことができたに違いない。


どっちにせよ・・・覚悟を決めるしかない。


「お前ら、先に逃げろ!隠れようとするな!あいつらは匂いですぐに分かる!」


俺は8人の女たちを先に行かせ、近くに落ちていたデリニエータ(道路の脇にある、反射板つきのポール)の残骸を拾ってやつらに立ち向かっていった。大丈夫、俺ならやれる。ここで俺が矢面に立たなくてはいけない。女を守らなければならない。そのために、男は生まれてきたのだ


うぉいぉぉぉぉぉぉお!


ワケのわからない叫び声を上げながら、俺は犬の群れに突進した。後ろでミサトがなんか叫んでいる。だが、俺には何も聞こえなかった。


足に激痛が走る。ぼさぼさの毛並みをした柴犬らしき連中が俺の喉笛めがけて襲い掛かってくる。


ごん!


ポールの破壊力はなかなかだった。尖った部分を使って攻撃することで、殺傷能力が増すらしい。もうこうなったら仕方がない。俺はめちゃくちゃにポールをぶん回した。


うこぉぉおいおぉおきじmmjこいいいおkjんk!!!


ほとんど狂気に近い叫び声をあげて、足元に集まってくる犬どもを蹴り上げ、ポールをぶん回して頭をかち割り、飛び掛かってきた獣の眼を食いちぎる。こいつらは本気で俺を食料にしようと思っているらしい。たまったものではない。人間を舐めるな。全部ぶち殺してやる。覚悟しろ。


まずは目を潰す。奴らの眼は潰しやすかった。俺は犬どもの首根っこをつかんで一匹ずつやつらの両眼を潰していった。


きゃいいいいいんん


哀れなわめき声。かわいそう?これは命のやり取り、そんなことを考えている暇はない。殺られる前に殺る。当たり前の話だ。


一匹ずつ、確実に。確実に仕留める。だが、俺の咽喉元だけは保護しなくてはならない。いくら日本の軟弱な飼い犬とて、奴らの牙を舐めてはいけない。一回やられたら命はない。


死ねない。俺はまだ死ねない。ミサトやキョウカが赤ん坊を生むのを見るまでは。


夢中で闘っていると、だんだん周りの犬どもの数が少なくなってくる。幻覚か?だが、たしかに少なくなってきた。やがてどの犬も襲ってこなくなった。だが、奴らは逃げようとしない。俺のことをずっと監視している。ぐるりを取り巻いて、光る眼で俺のことをじっと見つめている。どういう状況だ?


が、次の瞬間起こった出来事から、俺は全てを了解した。


ボス犬だった。そいつはとんでもない大きさだった。四つ足で、俺の胸の高さほどの背丈がある。土佐闘犬、そんな言葉が浮かんだ。まさしく俺の目の前にいるのは闘犬だった。


そいつはいきなり俺に襲い掛かってきた。袖を噛まれた瞬間、明らかにこれはヤバいと思った。他の犬どもとはレベルが違う。殺される。本能が俺に逃げろと命じてきた。逃げ腰はまずい。ほら、もう腕を噛まれた。そいつは俺の腕を噛んだまま体をねじり上げ、凄まじい力で俺を自分の下に敷こうとしてくる。この筋肉。野生。ただものではない。負けた、俺は思った。もうすぐ俺はあっけなく喉笛を嚙み切られるだろう。ジジイ、すまん。俺はお前の期待通りの人間ではなかった。あのバーチャルの世界にいたライオンなんてやっぱり大したことなかったんだよ。


「どいて!!」


背後から凄まじい声がした。ミサトの声だ。


「ミサト!」俺はもう少しで転びそうになりながら声のする方を見た。


すると、ミサト、キョウカ、ナナの3人が黒光りする筒を持ってこちらに近づいてきた。あれは何だ?


銃身だ!


「あんた、その犬をこっちに向けなさい!」


誰の声だ?ナナだ!あいつがこんな声出すなんて知らなかった。野太い、原始人のような声。


なんとかしなければ。俺は体をねじって何とか俺を倒そうとするこの闘犬野郎のしっぽを掴み、渾身の力をこめてそいつを引っ張った。尻尾を引っ張られた闘犬はあっけにとられたのか、酔っ払いのようによちよちと後ずさりして、とうとうナナの持つ銃身の方に、その頭を向けた・・・


ドーン!


凄まじい音がして、俺の腕に走って痛みがふっと消えた。ナナの完璧なコントロールにより穿たれた銃弾は、俺の顔のすぐ横を通り抜け、闘犬の眉間に命中、これを瞬殺したのだった。

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