第10話 淘汰と闘争と遺伝子と

「おいクソババア!てめえ、いったい自分が何やってんのかわかってんのか?」




「こいつは規律を乱した。今すぐにでも殺す必要があるのよ!」




「なんだって?おいミサト、お前、いったい何やったんだ?教えてくれ!」




ミサトは澄んだ目を涙で濡らしながら俺の方をじっと見つめてきた。




「わたし、おとこと、しちゃいけないの・・・」




俺は驚愕した。開いた口が塞がらない。




「どういうことだ?男としちゃいけない、だって?冗談じゃねえ?お前らホントに人間か?頭がおかしくなったのか?」




ババアどもがわらわらと群がってくる。手足をがんじがらめにされてゆく。




「それは、私が決めたことよ。」




『ババ様』は言った。




「セックス、性愛、快感・・・。すべてはいやらしくて下賤で、今すぐにでもこの世から失くすべきものなのよ。子どもが生まれる?けがらわしいったらありゃしない!子どもが生まれて、男が育って、いったい何が起こった?世界中で戦争が起こり、人々は殺し合った!いったい命が何の意味を持つの?生きてたって、不幸と残虐と身勝手ばかり起こるじゃない!私たちは死ぬべきなのよ!」




「お前、もういっぺん言ってみろぉぉぉぉ!」




俺は激怒した。この邪知暴虐の老婆を、今すぐにでも叩きのめさなければならぬ。




「命がくだらないだと?てめえ、どんだけ世界に甘えれば気が済むんだ?お前は生きていればちやほやされて褒められて、ニコニコと何の苦労もせずに過ごせるのが当然だと思ってるだろ!いい加減にしやがれ!お前みたいな連中が、さっきの戦争を引き起こしたんじゃねえのか?義務は果たさない、無限に消費する、それでいて文句ばかり言う!思い通りにならないとすぐに泣きべそかく。てめえホントにいい加減にしやがれ!それでも90近くまで生きていたのかよてめえは!」




「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!男になにが分かるのよ!」




「てめえら、男たちがいったい誰のために命張って戦ったと思ってんだ?お前らのためだ、女を守るために、男は命を張るんだ!俺は死んでもいい、だが、必ず女たちは生かす、どうか元気な子を生んでくれ、もう一度、やり直してくれ、人類の歴史は、あんたたちにかかっている、男たちはこんな思いで闘っているんだ!それをあんたたちは何だ?自らを省みることをいっさいせず、ただひたすら誰かのせいにして、自分よりも大きな何かに甘えて、文句ばっかり言って、そしてその文句が社会にまじめに受け取られるからさらに増長して、勝手なことばかり言う!てめえらはいったい何様なんだ!」




「殺しなさい!」『ババ様』は叫んだ。




「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」




俺は力の限り暴れ回った。周りで俺の手足を押さえつけていた女たちは、俺の様子を見て急に恐れを為して逃げ始めた。あまりの恐怖に泣き出すやつもいた。




「おいババア!」俺は『ババ様』に向かって言った。




「てめえみたいな奴は殺す。お前こそもう、この世界に必要のない人間だ!」




力をくれ、ジジイ。俺は目をつむった。ジジイの笑顔、そして唇の感触が蘇ってくる。あいつは言った。男なら、熱く熱く闘え。どんなに辛くても、チンボをおっ勃てて元気よくやれ、と。




感謝するよ、じいさん・・・




俺は目をかっと見開くと、目の前で恐怖におびえた『ババ様』の首を斬り落とした。








「ミサト。」




俺は彼女の腕や足を拘束している縄を切り取りながらこう言った。




「お前はもう、こんなところにいる必要はない。ここはもう生きる価値のない人間が力を持っている場所だ。こんなところにいてはいけない。俺と一緒についてこい。」




「ほかの若い子たちも、助けてあげてください・・・」ミサトは泣きながら俺に懇願してきた。




「よし、そいつらはどこにいる?」




「あそこです。」




ミサトが指さしたのは、皇居の濠の中に突っ立っている粗末な掘っ立て小屋だった。






俺は8人の若い女を助け出した。ミサトのほかにはアサコ、アオイ、キョウカ、ユメ、リナ、サオリ、ナナという名前だった。みんな10代後半から、20代前半までの可愛らしい子だった。




そいつらをみんな連れだして、おれは向かった。西の方へ!西の方が暖かいし、冬の天気もいい。人間が暖房無し、石油無しで暮らすのだとしたら、絶対に西の方に違いないと俺は踏んでいた。




「ほかの女たちの集落は、いったいどこにあるんだ?」俺はキョウカに聞いた。




「おそらくは静岡県のあたりだと思います。」彼女は言った。




キョウカはすらりとした長身で、態度もどこかツンケンしたところのある、肌のきれいな女だった。いつも取り澄ましてはいるけど、その眼の奥底には熱情が燃えるちらちらした火花が見える時がある。おれはとうとう欲情してしまった。




「キョウカ、今夜は寝ないで待ってろ。」




彼女は俺の眼を見ず頷いた。










夜。横浜の海岸沿いの公園で、東屋を見つけた俺たちはそこで一夜を過ごすことにした。ミサトも、ナナも疲れてみな眠っている。俺はキョウカに声をかけた。




「おい、行くぞ。」




キョウカはむくりと起き上がった。




そこは数十年前までテーマパークかなんかだったらしい。モノレールのような乗り物が打ち捨てられている。水族館だった建物もあるし、遊園地っぽい施設もたくさんあった。だが、人がいなくなったあとのそれらの人工物は、錆びて朽ち果てて見るも無残な不気味なものに成り下がっていた。




俺は建物の中へキョウカを引きずり込むと、すぐにキスをした。




キョウカは小さな声を上げた。ん、息の洩れる声。俺は彼女の小さな乳房を両手で包み、弄び始めた。嬉々として彼女は応じる。




「私たちを救いに来てくださったのですね。あなたは。」キョウカは言った。




「ああ、そうさ。」股間に手を伸ばす。




「ああ、あなたの子が産みたい・・・」桃色の吐息とともに、キョウカは痺れるようなセリフを吐いた。




「すぐにでも。」俺はギンギンに勃起した息子を彼女の柔らかな尻に押し当て、耳元でささやいた。




一晩中だった。彼女の声は幽霊がすすり泣くような哀しいものだった。誰もいない遊園地の残骸の間を、生身の女の喜悦する声が沁みわたってひびいてゆく。月が出ていた。20年前と変わらぬ月。俺はその月に引っ張られるようにして彼女の中へたくさん、射精した。




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