第6話 ジジイの笑える過去
「お前、まさか・・・」俺は言った。
「そう、そのまさかだ。」ジジイの声がする。
「今お前が見ていたのは、いまから20年後の世界。男たちはみな死に絶え、わずかばかり生き残った女たちが細々と自然の中でくらしている、そんな時代だ。」
「おい、文明は?スマホは?飛行機は?どうなっちゃうんだ?」
「全部消えた。最後の最後まで、自分たちが作り出したありとあらゆるものを使って、男たちは闘った。最後に残った2人は錆びたフライパンとキーボードで殴り合っていたらしいな。」
「嘘だろ。信じられん。20年なんてあっという間じゃないか。こんなに、こんなに世界は変わってしまうのか?」
「もちろんそうだ。わずか1年、いや1か月あれば世界は変わる。俺たちはさ、実のところ時の流れという川の中であっちへ泳いだりこっちへ泳いだりしては、たまに流れてくる金の流木みたいなものをつかみ取ろうとあっぷあっぷしてるだけなんだ。」
「・・・・」
「ショックだったか?まあでも、お前ならあの世界でも生きていけるはずだ。いいか、見れば分かるだろうが、女たちは困っている。彼女たちにとって、男は必要なんだ。女の力だけでは木の実や魚しか獲れない。狩りができる女は生き残った者のうちホントに少数だけだ。今に人類は滅亡しちまう。お前が行って、人類の未来を作るんだ。」
「おれが・・・」
「いいか。これからすぐ出かけてもらう。お前の行先は、20年後の『東京』だった場所だ。さっきの地下室に来い。出発だ。」
俺が、俺が救うのか・・・。人類を・・・。
それにしても、今まで俺が積み上げてきた人生はなんだったのだろう?毎日仕事に行っては、夜家に帰って一人でシコるのだけを楽しみにして生きてきた。とにかく生きていくのが精一杯。飲み屋で周りの連中が、家族との関係がどうとか、嫁と仲が悪いとか話しているのを聞くたびになんだか自分が森の中で一人遭難しているような、たった一人で取り残されているような、えもいわれぬ悲しみを感じて一人で酒を飲んでいた。涙をこらえて飲むビールは妙に美味い。胃と肝臓が悲鳴を上げる。それでも俺は呑んだ。帰ってAV見てシコって寝た。それが俺の毎日だった。
すこしでも自分の未来について考えると死にたくなるので、俺は考えることを一切やめていた。楽しみは、涙をこらえて飲むスーパードライ、帰ったあとのAV鑑賞、たまに呼ぶデリヘル。どうしようもない人生だった。
地下室への階段を下りながら俺は考える。あのジジイ、いったい何者なんだろう?でもあいつのおかげで俺の人生はこれからめちゃくちゃ面白くなりそうだ。危険?もはや死んだっていい。俺は現在すでに生きながら死んでいるのだから。
ドアを開けるとまぶしい光が目に飛び込んでくる。サングラスをつけて俺は地下室に入った。
ジジイがいた。スパナを一生懸命動かして、タイム・マシンらしき球体の内部の装置をいじくっている。
「おい、ジジイ。」俺は声をかけた。
「この明るさはなんだ?」
「これはタイム・ストーンの微粒子だ。さっきお前に見せてやっただろう?こいつの微粒子が漂っている空間には、微粒子同士のブラウン運動がワームホールの4次元エネルギーと共鳴して超次元への移動を可能にさせるファイバー電磁波が起こる。こいつに毎秒1.9MJの磁気旋風を巻き起こしてやると、ワームホールが開いて俺たちを未来や過去に連れて行ってくれるっていう寸法だ。」
「・・・」
「ま、でもその辺の話はどうでもいいわな。お前はただ行って射精をしまくればいい。それだけだったら、まあ難しくはないわな。」
ジジイはムフムフ笑っている。
「なあ、ジジイ・・」
「なんだ?」
「なんで俺を選んだんだ?」
一瞬、ジジイは動きを止めた。
「さあな。」虚空を見つめながらジジイは答える。
「まあ、理由なんてないか。そんなもんだよな。うまくいったって落ちぶれたって、人生どんな風が吹こうが、そこに理由なんてない。そうでも思わねえと、生きていけねえわな。」俺は言った。
「お前はな、似てたんだ。」
「誰に?」
「昔の・・・俺に。」
フフッ。ふはははははははは。ふいに俺は笑ってしまった。
「何がおかしい?」ジジイもまたニヤニヤしていた。
「だってお前、財閥の息子なんだろ?なんで俺みたいに冴えない過去持ってんだ?お前なんて女も抱き放題だし、飯だって食い放題だったんだろ?」
「まあな。俺は運がよかった。たくさん勉強させてもらったし、カネに困ったことも一度もない。だがな・・・」
ジジイは言った。
「俺は、女が好きじゃないんだ。」
どこか遠くを見つめているジジイの顔が、タイム・ストーンの微粒子に照らされて赤ん坊みたいにてらてら光った。
「お前、でも孫いるんじゃなかったのか?」
「あれは、養子だ。」
ジジイは言った。
「だから、お前さんに頼みたいんだ。俺にはお前さんができることができない。お前さんは、俺にできることができない。俺たちは名コンビってわけだ。」ジジイは言った。
このクソジジイめ。
やってやろうじゃねえか。
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