スーパーマーケットの近くに、肉屋、魚屋、それから青果店が軒を連ねる。百円均一ショップもあるし、こまごまとした日用品を扱う薬局もある。俺みたいなずぼらは全部スーパーマーケットで済ませるが、こういう専門店に需要があるのは、スーパーよりも価格が安いからだろうか。あるいは地元の人間との結び付きとか、元々土地を持っていたり、人件費や仕入れ値が安いとかで、そこそこに売れれば生計が立つのだろうか。

 何となくアプリの使い途に結び付くような物がないかと眺めているが、なかなかすぐには見つからない。どこからかカレーの香ばしい匂いも漂ってくる。しかし昼飯も軽く済ませてきたので、飲食店に入る理由もない。

 このままアーケードを抜けたら、一度家に帰ろうか、そんなことを思っていたら、通りの地味な軒並みに似合わない派手なのぼりが目に付いた。


 宝くじ売り場だ。福引きとか宝くじとか、我ながら発想が貧困だと思うが、さっきの後味の悪さを払拭するため、もう一度だけ検証してみてもいいだろうと、俺は売り場の男に声を掛けた。

「いらっしゃい。何にしましょうかね」

 ずいぶん生え際の後退した額が脂っこい光を反射する、初老の男だ。俺はカウンターに貼られたくじの種類を見てみる。普段宝くじなんて買うこともないから、どれ一つとっても、仕組みがわからない。

「数字を選ぶような物はあるかな」

「それなら、おすすめはこれだね、スージー9」

「スージーナイン?」

「そう。一から九までの数字を九個選ぶだけ。順番も大事。九までの数字が九個だから、スージー9。一口二百円」

 なるほど。これなら数字によって様々に分岐するはずだし、仕組みも単純だ。

「抽選はいつ?」

「なんだ、お客さん、買う前から気が早いね。こいつはちょうど今夜だよ。遅くなると次回の分に回されちゃうから、買うなら今だね」

 今日中に結果がわかるなら、尚更都合がいい。

「じゃあ、それを一枚」

「一枚でいいの?」

「一枚で」

 無欲だねえ、と呟きながらオヤジは俺に用紙を手渡した。

「数字を選んだら、ここの枠を塗りつぶしてね」

 オヤジから隠れるようにカウンターの端に陣取り、備え付けの鉛筆を取ると、俺は鉛筆の端に、それぞれの面が区別できるよう、爪で一本から六本の溝を付けた。これで簡易的なサイコロの完成だ。六面しかないから、二回サイコロを振り、合計した数の一の位の数字をマークしていくことにする。確率的には多少偏るが、一から九までの数字を無作為に作ることができるはずだ。もし一の位がゼロになったら、振り直せばいい。

 何度も鉛筆を転がし、一つずつ数字をマークしていく。福引きと同じで、この数字選びは鉛筆がどう転がるかによって決まる。これで世界が分岐するかどうか検証できるだろう。

 ふと視線を感じて振り向くと、店のオヤジがさっと隠れるのが見えた。賞金の額すら聞かなかったのだから、怪しげな客と思われているのかもしれない。鉛筆に細工したのがバレた気がするが、別に構うことはないだろう。

 一通りマークし終えてオヤジに代金を支払い、券を受け取って立ち去る。少し離れてから振り返ると、老眼鏡をずらしたオヤジが俺の使っていた鉛筆を舐め回すように眺めているのが見えた。

 あとはこのまま、夜に結果が出るのを待てばいい。無闇に動き回って、宝くじ以外の分岐が増えても面倒だ。大人しく家に帰って、何もせずだらだら過ごすことにしよう。


 歩きながら、再びアプリを開く。

 検索窓に「金持ち」と入れて検索してみる。結果はゼロだ。あくまでプロフィールと経歴の文字列を検索しているだけなのか、曖昧な言葉はヒットしないようだ。「富豪」「資産家」など思い付く限りの羽振りが良さそうな言葉で検索してみるが、結果は変わらない。言葉が悪いのか、あるいは俺が富を手にしている世界が一つもないのか……。

 簡単に人生が薔薇色に変わるアプリかと思いきや、こいつはなかなかどうして使い所が難しい。俺の発想が貧しいせいもあるだろうが、何と言うか、触ってみて感じるのは、このアプリの妙な「不親切さ」だ。あの女は「苦心して作った」とか言っていた気がするが、これがユーザーのために苦心して設計されたとは到底思えない。確かに現実離れした仕様があれこれと盛り込まれてはいるが、それが最終的に使用する人間を想定して調整されているようには見えない。初めから使う側の目線に立って作られた物ではなく、何か別の目的で作られた物を、誰でも使えるよう強引に体裁を整えただけのような無責任さが見え隠れする。

 考え過ぎだろうか。バグも残っているようだし、ただ未完成なだけかもしれない。

 あれこれと考えながら気もそぞろに歩いていると、軽快な鐘の音がした。いつの間にか福引き会場まで戻って来ていたらしい。また誰かが、五等を引き当てたようだ。福引きの五等ほどの幸運も訪れなかった自分を思い遣って、悲しくなる。子連れの母親らしき女が、何度も頭を下げながら景品を受け取っている。見ると、さっき俺が無駄に二つも買ったエコバッグだった。


 家に着いて、コーヒーでも飲もうと冷蔵庫を開けて、食料が何もないことに気が付いた。コーヒーさえもさっき飲み切ってしまった。戸棚を見るが、カップ麺一つない。せっかく商店街まで出掛けたのだから、何か買ってくるべきだった。

 今更後悔してもどうにもならないので、晩飯のことは晩に考えることにして、ベッドに寝転がりテレビを付けた。チャンネルを回してみても、ろくな番組はやっていない。あの女は世界を切り替えることをテレビのチャンネルに例えていたが、どこに切り替えても下らない番組を垂れ流すばかりなのも、まさに俺の人生のようで嫌になる。

 それにしても、やはり福引きの結果が分岐しなかったことが気掛かりだ。夜になれば宝くじの結果次第でもう少し確実なことが言えるはずだが、もしまた世界が分岐していなかったら、いよいよ俺は途方に暮れてしまうだろう。

 こちらから積極的に分岐を作って未来を選ぶことができず、いつ分かれるとも知れない世界をただ受け身になって選ぶことしかできない。もちろん、それだって強烈な裏技には違いないのだが、自分の意思とは無関係に作られた退屈な選択肢の中から選ぶだけであれば、遠からず飽きてしまいそうだ。


 また総理大臣が変わるらしい。そんなニュースをぼんやりと眺めながら、俺はいつの間にか眠りに落ちていた。



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