アンパラレル

細井真蔓

プロローグ

 一冊の本が、ページを開くように、それは始まった。


 ——泣いている。

 つぶった目の向こう側が、少しだけ明るくなった。

 泣いているのは、自分だろうか。

 こわばった手を、わずかに動かしてみる。これが、自分の手だ。

 指先に、何かが触れる。それを、力無く握ってみる。

 音が、近くなった。遠くで鳴っていた音が、頭の中にやってきた。

 この音を出しているのは、自分だ。泣いているのは、自分だ。

 手を動かしてみる。

 足を、首を、動かしてみる。

 身体のあちこちが、自分の意思に応えるように、かよわく震える。


 自分。

 さっきから、ごく自然に感じていたという何かが、次第にこの身体の隅々に行き渡る。

 これが、自分だ。

 身体と自分のずれを合わせるように、もう一度、大きく身震いする。

 息の続く限り、思い切り、泣いてみる。

 その声は、ざらざらした違和感を残らず押し流し、瞬く間に全身に満ちていった。


 何か大事なことが、その時、同じように流れていった。

 だが、それが何なのか、自分には、もう思い出せなかった。



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