第5話「素晴らしい景色」

「一見の価値のある場所ですよ。景色が最高でね。川なんか透き通っていて見ているだけで気持ちが洗われる様で」


個人経営の旅行代理店のお偉いさんが身振り手振りで熱弁した。


「雄大な景色を眺めたらね、自分なんて小っぽけな人間なんだな、なんて思う訳ですよ。木々から降りる太陽の光、川の清いせせらぎ、どれもこれも見ただけで聴いただけで、心が満たされますよ」


お偉いさんの熱弁を聞いた夫婦は感嘆し、是非ともその名所へ行かなければと早速ツアーの申し込み用紙へ記載を始めた。


自転車操業状態の個人経営会社では客を逃すわけには行かない。

お偉いさんは代理店の店長だが、店長以外の従業員は居ない。


「私もね。この金額で景色を楽しむ為に行くなんて、と……最初は思ってたんですよ。それが行って見て、この景色に感動できない人間なんて居ないと思ったんです。他の方々もね、そう言ってました。これがつまらないなんて思えるなら、心が貧しいか、人間としての器の小さいのだろうな、と」


熱弁と笑顔で夫婦を見送ったお偉いさんは、店の入り口付近に人が立ち止まるのを待ちながら、クレジットカード会社からの督促のハガキを細かく千切ってゴミ箱へ落とす。


数百万で購入した最新のテレビと周辺機器、最新型のヘッドフォンは、お偉いさんを行っても居ない世界各地の名所へと連れて行く。まるで現実に其処に赴いた様に、容易く現実と映像を越境する。


美しい景色は映像とコメンテーターの言葉を丸呑みに。

美味そうな料理の味は「表現が出来無い位の最高の味」で一括り。


さて問題です。

お偉いさんは嘘をついているでしょうか?




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