第9話 裏
扉を開けると、それはひどいありさまだった。
逃げ惑う人々。それを簡単にガーゴイルが追いつき、そして殺す。ただただ一方的な狩り。辺りはまさに血の海。見ていられない。けど、目を閉じられない。
体の奥から熱いものがこみあがった。
―――ひどい・・・。
熱いものが体から頭のほうへ上ってきた。
ガーゴイルは2,3体しかいない。でも、全滅するのは時間の問題だ。建物に隠れていてもすぐに壊され、出てきたところを爪で一刺し。
―――もうやめて!
「・・・ん」
遠くで一人だけ、ガーゴイルと戦っている人がいる。
「ガーベラ!」
ガーベラは刀を振り回し、ガーゴイルとなんとか応戦している。
でもあれじゃ・・・。
がんばっているけど、かすり傷程度しかダメージを与えていない。
ガーゴイルはひるむ様子はなく、ガーベラが後退している。
急がないと!
ガーベラのいるほうへ走る。
ほんの少しでいいから、耐えてくれ!
と思ったその時、
「あぶない!」
後ろからもう一匹来てる!
大声を出す。でも聞こえてない。
「くそっ!」
もっと急ぐ。
ガーベラの後ろのガーゴイルが手を振りかぶった。
・・・間に合わない!
ガーゴイルの手がガーベラに当たる。
「キャッ!!」
「ガーーーベラーーーーー!!」
バッとガーベラの腹部から血が飛び散る。
「っっっ!!」
前に倒れこむ。
「なっ!」
が、ガーベラは倒れなかった。
ガーベラ・・・。
ガーベラは刀を杖のようにして立ち止まる。
でも、あのままじゃ動けずに殺されてしまう。
もうすこし、もうすこし!
あと十秒でいい。それだけあれば、間に合う!
「ガーベラ!!」
すると、ガーベラがこっちを向いた。
やっと聞こえた。
そして、ガーベラは口を開く。
「コスモ・・・・っ!?」
「!!!!!!」
そこで言葉が切れた。
「ガーベラァァァーーー!!」
ガーベラは、おそるおそる自分の体を見る。
そしてそのまま一気に力が抜けて、ひざまずいた。
一瞬の出来事だった。
「くそっ!!」
ガーベラの前にいたガーゴイルの爪が、体を貫いたのだ。
そう、一瞬のうちに。
ガーゴイルはゆっくりと手を抜く。
ガーベラは地面へ伏し、血が地面を赤く染める。
「・・・・・」
足が止まった。
俺がとまどったばかりに・・・。
頭が熱い。胸が熱い。手に力が入る。
ガーゴイルたちがこっちを見る。
さっさと力を解放していれば、間に合った・・・。
ガーベラを殺したガーゴイルが襲いかかって来た。
でも、もういい。
スパンッ、一閃。なぜかガーゴイルはパズルのようにバラバラになった。
やめだ。
もう一体のガーゴイルも襲いかかって来た。
もう俺の存在がバレてもいい。
彼は右腕を振り上げ、ガーゴイルの首にめがけて振りかざす。
奴を力ずくで止めてやる!
スパンと、ガーゴイルの首が飛んだ。まるで鎌で刈られたように。
彼はものすごいスピードで、村にいるガーゴイルを素手で切り落としていく。
素手なのに切っている。見えない刀を持っているようだ。
同じ仲間だからと言って、手加減はしない!
手を出される前に、首を切る。空に逃げようとしても、一瞬で追いつき、切り落とす。
ガーゴイルたちが狩られる側になっている。
そして一瞬のうちに、あたりは静かになった。
ある程度は片付いたか。
だが、彼は緊張を緩めない。
「・・・出てこい」
彼は空に向かって言った。
すると、
バサッバサッ―――。
翼を羽ばたかせながら、空から降りてきた。
「貴様、人間に化けて何をしている。それに、なぜ邪魔をする?」
青い目のガーゴイルだ。
「本当に人間が愚かなものか確かめるために、化けて人間を観察していただけだ」
すらすらと答える彼。
「無駄なことを。それで情が移ってしまったのか?」
ため息をつくかのように言うガーゴイル。
「情ではない。もう少しの間、彼らに時間を与えてやりたいんだ」
そう彼が言うと、
ドカッ!
ガーゴイルが地面を叩く。
「時間を与えるだと!」もう一度地面をたたく。「これ以上地球を破壊させてどうする!?」
地面に大きな穴が開く。
「俺たちは人間を滅ぼそうとするが、実際に人間のことを知っているのか?」
彼は動じずに淡々と話す。
「ああ知っているとも。自分たちが住んでいる地球を壊していることも知らないクズたち。しかも、その住んでいる家が壊れてきているのにも気づかない間抜けで、どうしようもない奴らだ」
またドカンと、地面をたたく。地面が揺れる。でも、彼は動じない。
「お前らが知っているのはほんの一部分だけだ。それだけでは知っているとはいえない」
「それだけで十分だ!」
地面が割れそうなくらいの大声を出すガーゴイル。
「たしかに人間たちはずっと地球を破壊していた。だがやっと気づき始めた。そして反省し、これから再生と共存に向かおうとし始めている。愚かな面だけじゃない。良い面も持っている」
熱くなっているガーゴイルとは逆に、ガーゴイルをなだめるかのように言う。
「・・・それが観察の結果か?」
「ああそうだ。お前らは一面しか見ていない。人間は間違いを犯す。だが、反省して修正する。時間はかかるが、どうすればよいのか考え、行動する。なのにお前は・・・!」
彼は目でガーゴイルを殺すかのように睨んだ。
「私が何か間違っていたか!?」
「ああ。なぜそんなに急いで人間を滅ぼそうとする!?」
「我々地球の命令だからだ」
「確かに我々はそう命令されている。だが、すぐとは言われていない。なにも急ぐことは無いだろう?」
「何を言う。急がなければ地球がもっと破壊されるではないか。それに我々が召喚されたということは、すぐに作業をしろということだ」
ガーゴイルも彼に負けないくらいにらむ。
「違う!これから再生に向かおうとしている。それなのにお前は大災害を起こさせた」
「破壊したツケを、恐ろしさを教える必要がある。しかも面白いことに、奴らは災害から復興ではなく、戦争を始めていたな」
たんたんと語るガーゴイル。
「確かにその行為は愚かだった。俺も目を疑った。さすがにその時は俺もどうしようもないと思った」
彼はため息をつき、うつむいた。
「だが、一緒にその行為を憎む人間もいた。彼らは違った。未来を見据えていた」
「何が言いたい?」
「人間は数が多い。一部はどうしようもない。だが、一部には良いやつもいる。彼らが本気になれば世界を変えることもできる、そう感じた。そんな感じがした」
彼は顔を上げ、ぐっと手を握った。
「そんな感じがした、だと?」
あざ笑うかのように言うガーゴイル。
「そんな不確定なことを信じるとは。そもそも、我々の主の命令に反するなぞありえないことだ。異端としか言いようがない」
人間を見るかのような目で見てくる。
異端・・・確かにそうだ。おかしい。
「普通はそんなことを考える意思というものがないはずだ。しかも仲間を手にかけるなど」
その通りだ。どう考えてもありえない。
彼も自分で言っていておかしいと思っている。
「お前の言うとおりだ。自分でもなぜこんなことをやっているのか正直わからない。だが、後悔はしていない」
そう、なぜか後悔はしていない。しかもやらなければならいと少し感じている。
「後悔はしていないか。そういえば、貴様。人間を生き返らせた上に、ガーゴイルの力を分けたな?」
「・・・・・」
想真を助けるには、あれしかなかった。
ガーゴイルが彼をにらむ。
「どうやら、完全に人間の味方のようだな。なぜこのような存在が生まれてしまったのかわからないが」
ガーゴイルの手が開く。爪がギラリと光る。
「もう後戻りできん。それに命乞いをする気もない」
彼は言い切った。
「謎が深まるが、お前のようなバグは消し去らねばならない!」
バサッバサッ―――ガーゴイルは空高く羽ばたいた。
「やれるものならやってみな」
「そうか。ならば手加減せん。苦しんで死ぬがよい」
「望むところだ」
ガーゴイルがそう言うと瞬時に、
ドンっ!
ガーゴイルの拳が地面をへこます。だが、彼は軽々と後ろに跳んでよけていた。
ガーゴイルはそのままでは終わらず、爪を突き出してくる。
彼はよけるどころか、前に進み距離を詰める。
「その程度か?」
突き出した腕を踏み台にしてガーゴイルの目に前にでる。
「!」
バキッ!
ガーゴイルの顔を殴る。少しぐらりとよろめく。
「もう一発・・・っ!」
追撃をやめ、グルンと体を縦に回転させる。
すると、ちょうどそこをガーゴイルの裏拳が風を切って通り過ぎる。
むっ!
しかし、足をかすり、ぐるぐると体が回る。
受け身は取れないか。
地面にドンと叩きつけられる。しかし、すぐに転がった体を立て直す。
ふむ。体がジンジンする。これが人間の体。
「人間の姿のくせに!」
ガーゴイルがまた爪を突き出してくる。
横に跳びつつ、爪を蹴る。しかし、かする程度で終わってしまった。
リーチが短いな。
彼は人間の体での戦いに慣れていないようだ。
ガーゴイルに戻れはするが、また人間には戻れ・・・っ!
蹴った爪がなぎ払うかのようにこちらに向かってくる。
余計なことを考えている場合じゃなかったな。
今からではよけられない。彼は両手を前に出す。
「おおおおお!」
爪を受け止める。彼の体もすごい勢いで後ろに流されていく。
手の勢いが弱まっていく。だが、
無理か!
完全に勢いを止められず、飛ばされる。
ドゴンッ!
家の壁に体がたたきつけられ、そのまま片膝立ちで座りこむ。
なかなか痛いものだな。
そう言ってすぐ立ち上がる。
「いつまで人間の姿でいる?」
ガーゴイルが苛立ちながら聞いてくる。
「この姿のままで十分だ」
「なん、だと?」
ガーゴイルの目つきが変わる。
本当は戻りたいとこだが、想真たちに会えなくなる。
「なめているな。後悔するぞ」
「俺を倒してから言うんだな」
すると、ガーゴイルが手を振り上げる。
彼はそれを察知し、動く準備をする。
「ん、あそこににいるのは?」
ガーゴイルの動きが止まり、彼の後ろにある家を見る。
彼も後ろをちらりと見る。
「!」
想真!
窓から想真が見える。
「ふむ。負傷しているのか」
ガーゴイルが飛び上がる。
「想真を狙うつもりか!」
彼も勢いよく飛びあがる。
「何!?」
ガーゴイルに追いつく。
「彼に手を出させるか!」
ドゴッ!
ガーゴイルの腹部に蹴りを入れる。
「ぐうっ!」
ガーゴイルがよろめき、落ちていく。
「もう一発!」
ドゴッ!
落ちていくガーゴイルの顔にこぶしをお見舞いする。
ドンッ!
ガーゴイルが地面にたたき落される。
「グっ、人間の姿のくせに、ここまでやるとは!」
彼はスタンと地面に着地する。
「仕方ない。ここは一旦引くとしよう」
ぐっと奥歯をかみしめるガーゴイル。
「だが、あの人間も危険だ。すぐに消さなければならない」
想真を見ながら言う。
「彼には絶対に手を出させない」
彼は本気だ。
ガーゴイルは彼をキッとにらむ。
「そうだ。貴様はコスモスと名乗っていたな」
ガーゴイルが急に思いついたかのように言う。
「それがどうした」
「では私はカオスとでも名乗っておこうか」
彼は顔をしかめた。
「なぜだ?ガーゴイルに名前など必要ないはず」
「私もほかのガーゴイルと少し違うのでな」
そう言って竜巻のような風を起こし、空のかなたへと消えていった。
「・・・もう、後戻りはできない」
別に後悔はない。罪悪感もない。むしろこれでよかったと逆にすっきりしている。
さて・・・!
ふと、目を横に向ける。
「!」
いない?
目を凝らして周りを見るが、いない。
「ガーベラ!」
血の水溜りはある。だが、彼女がいない。
いつの間に・・・ん?
よく見ると、地面に血のあとがまっすぐと続いている。
ガーベラ、生きているのか!?
急いで血のあとをたどっていく。
まだ急げば何とかなるかもしれない!
あれだけの血を流してしまっている。早くしないと出血で死んでしまう。
血のあとは想真たちの家へと続いていた。
家の中かっ!
「ガーベラ!」
バンッと、ドアと勢いよく開ける。
「ガッ・・・!」
ガーベラは横になっている想真に顔を預けながら死んでいた。表情は穏やかだった。
言葉が出なかった。それと同時に、何かが体の奥からこみ上げてきた。それは熱いものだが、さっきのものとは違う何かだった。
人の死なんて、いままで何度も見たのに。
彼は静かにドアを閉めた。
そして、あれから想真とは会わずにひっそりと村のはずれで暮らした。
近いうちカオスがこの村に来る。その時、村に入れさせないよう、ここで食い止めるためだ。
しかし、それだけではない。彼は恐れていたんだと思う。自分がガーゴイルだと言うことを知られることを。
「くそっ、なんて数だ。らちが明かない!」
ガーゴイルを何匹も引き裂く。
横、前、後ろと四方八方からガーゴイルが攻撃してくる。
だが、彼にはかすりもしない。いっせいに寄ってたかっているのに。
それどころか、次々と首が飛ばされている。
「カオスめ。こんな勢力を送り込んでくるとは」
彼の腕はまるでカマのように振りかざすだけでガーゴイルの首が飛んでいく。
ガーゴイルたちは次から次へと手を出すが、すべて空を切るか、地面を掘るかのどっちかだ。
早くしないと!
彼はすこしいらだっている。でも、気を緩めることはできない。
気を緩めれば、攻撃をくらってしまう。
いったい何体いるんだ!?
まるで飴に群がるアリのようにわらわらと出てくる。
彼の周りにはガーゴイルの死んだ砂があたりを包んでおり、霧のようになっている。
「くっ!」
さすがに少し疲れてきた。でも休めない。
チラッと上を向く。
ガーゴイルが空を覆いつくすくらいの数が、列をなしている。まるで戦闘機が敵国に向かうかのように。
まだ、来るのか・・・。
その数を見ると、絶望感がひっそりと心の奥からわき出る。
だが、ここで俺ががんばらなければ!
そう、俺の後ろには村や、想真たちがいる。俺がここで食い止めなければ、そのぶん想真に負担がかかってしまう。
どうせもう引き返せない。
彼はためらいもせず、同じ種族のガーゴイルを殺していく。裏切った彼にとって、ガーゴイルは敵としか見ていない。
もう何時間たったかもわからない。でも、ガーゴイルの数はいっこうに減る気配がない。
何体かは村のほうへ行ってしまった。
くそっ。数で押し切られた!
あとは、想真が倒してくれることを祈るしかない。
ガーゴイルの力を使っても、さすがに疲れが来るか。
それほど力を酷使している。もはや、疲れの限界がくるのは時間の問題だ。
想真、このガーゴイルの大群と対峙できるだろうか?
ふと思った。
意識は取り戻したが、失ったものが大きすぎる。そこは大丈夫なのだろうか?
一瞬、集中力が途切れた。
「!」
しまった!
ドカッ!
ガーゴイルの翼にはたかれてしまった。
ドンッ!
「ぐっ!」
地面に叩きつけられる。
すかさずガーゴイルが踏みつけてきた。
だが彼はよけようとせず、右腕を横に振り払った。
ザンッ!
ガーゴイルの足がまっぷたつに裂ける。
ガーゴイルは痛みを感じることはなく、そのまま腕を振り下ろしてきた。
「ちっ!」
横に転がってよける。
ドガンッ!
地面に穴が開いた。
手加減なしか。
すぐさま立ち上がって、首を切る。
「ふぅ」
お互いが引けない戦い。手もぬけない。
「!」
また何体かのガーゴイルが、村のほうへ行ってしまった。
「ちっ!」
もう追いかけても遅い。
すぐに切り替えて、再びガーゴイルたちを次々と倒していく。
想真、すまない。
想真にまた負担をかけてしまった。それが悔しい。それに、村が心配だ。
想真がいるからといって、村が必ずしも安心というわけじゃない。
そう思うと、もうさすがにこれ以上は行かせられない。疲れている場合ではない。
さっきよりもペースを上げて、ガーゴイルたちを倒していく。
別にガーゴイルが憎いわけじゃない。想真とみんなを守るためだ。
だから何体こようが、俺は戦い続ける!
・・・・・
「・・・はぁっ、はぁっ」
もう100体以上は倒したかもしれない。さすがに息が切れてきた。
相変わらず彼の周りには砂の山ができている。
いいかげん終わってほしいな。
「ん!?」
ふと、遠くに目をやる。さっきよりも飛んでくるガーゴイルの数がまばらになってきている。
だんだん減ってきた・・・?
やっと終わりが見えてきた。
もう一息の辛抱だな。
と思った瞬間、
ガンッ!!
背中に痛みとともに、前に転がりこむ。
「ぐっ!」
後ろから何者かに攻撃された。
いつの間に?
体制を整え、顔を上げる。
「コスモス。がんばっているようだな」
青い目のガーゴイルが立っていた。
「貴様は、カオス!?」
すぐさま立ち上がる。
「よくこの数を相手にしている。さすがだ」
「おかげさまでな!」
思い切り跳び、殴りかかるコスモス。
ガンッ!
腕で簡単にふせがれた。
「くっ!」
地面に着地すると、すぐにまたカオスに向かって跳びかかるコスモス。
「そう焦るな。お前はあとで相手にしてやる」
そう言って、空に向かって飛び始めるカオス。コスモスは空振りで終わる。
「逃げるのか?」
「あとで、と言った」
バサバサと高く舞い上がっていく。
あとで、だと?
「またあとで会おう」
「いや、逃がさん」
思い切り跳び、カオスに追いつく。
「さすがだ。人間の姿でここまで追いつけるとは」
ガシッとコスモスはカオスの足につかまる。
「だが、所詮人間!」
急に急降下を始めるカオス。
「!」
しっかりと捕まるコスモス。
「ここで消耗する気はない!」
ドンッと、思い切り地面に着地する。
「ぐっ!」
衝撃でコスモスは吹っ飛ばされる。
「相手をしてやりたいところだが、先に始末しないといけない奴がいるのでな」
そう言って、また飛び始める。
なっ、まさか!?
カオスは飛び立つ。あの方向は村に向かうつもりだ。
そういうことか!
コスモスは近くにあった石をいくつか拾い、立ち上がる。
「行かせるかぁぁぁーー!!」
コスモスは思い切り振りかぶり、拾った石を次々とカオスに向かって投げ飛ばす。
弾丸・・・いや、それよりも速い。
ヒュン―――カオスの横を通り過ぎる。
「ん?」
カオスは後ろを向く。
「!?」
が、気づいた時には遅かった。
ドッ!―――一つの石が翼を撃ち抜いた。
「なっ!」
翼に小さな穴が開き、よろけるカオス。その瞬間、もう一つ翼に当たる。
「ちぃっ!なんて奴だ」
カオスは力を振り絞り、さらに上昇する。コスモスとの距離はもう500mはあるはず。
まだ、ギリギリ射程距離。
コスモスはつかんだ石が砕けそうになるくらい力をこめ、
「最後の一球!」
思い切り投げる!
石は上昇するカオスに向かって一直線に飛んでいく。
「このくらいの穴なら、大して・・・っ!」
ドッ!―――翼に大きな穴が開いた。
「くっ、甘く見ていた!」
ふらふらと飛ぶカオス。
「よし、これなら」
コスモスは走り出す。
「追ってきたか!」
カオスは急ごうとするが、安定せずスピードが出ない。コスモスが少しずつ近づいてくる。
「それならば!」
オオオオオオ!―――カオスは急に空に向かって雄たけびを上げる。
「!?」
地面が割れるかのような雄たけびだ。
これは、まさか・・・。
鳴りやむとともに、数体のガーゴイルがカオスの周りに集まってきた。
「すまないな。同志よ」
集まったガーゴイルはカオスの両隣につき、カオスは肩につかまる。
「翼が治るまで、世話になる」
カオスとガーゴイルたちは村のほうへスピードを上げて、飛んで行っていく。
コスモスも走るが、さすがにもう追いつけない。
仲間の手を借りるとは・・・ん?
ドンッ―――ガーゴイルの平手が地面に穴をあける。
コスモスは間一髪でよける。当たっていたらつぶされていた。
応援も呼んだってことか!
「邪魔だ!」
一瞬にして首を狩る。ガーゴイルは砂と化す。
だが、ガーゴイルは次々とコスモスの前に現れる。
「ちっ、足止めか」
ガーゴイルたちを一気に倒していく。でも、数が減らない。
「卑怯な!」
奥歯をぎゅっとかみしめ、すごい速さでガーゴイルを倒していく。
想真、持ちこたえてくれ!
・・・・・・・・・・・・・
やっと静寂が訪れた。どれくらい時間がたったのだろう。あたりには砂が積もり積もっている。さっきまでの騒々しさが幻のようだ。
その幻の中に残ったのはただ一人。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ・・・」
コスモス、彼だけだ。
くそっ、けっこう時間がかかってしまった。それに体力も。
「ハァッ、ハァッ・・・急がなければ」
コスモスの体にはかすり傷が数か所。しかし、息の乱れがひどい。
休んでいる暇はない。一刻も早く想真のもとへ。
疲れた体に鞭打って、風のごとく走り出す。とはいえ両足はがくがくと少し震えている。
この調子だと10分くらいはかかるか。
空を飛べばもっと早く行けるが・・・。
そんな考えが頭をよぎる。
とても小さくだが、ここからでも村が見える。だが、なぜかガーゴイルの姿が見えない。
遠すぎるからなのか?
想真がガーゴイルを全員倒した。それしかない。そう思いたい。
だが、カオスはそんなヤワではない。ガーゴイルの力をもつ想真でも、そう簡単に倒せる相手ではない。
そう思うと、心が焦る。
人間の足よ。もっとはやく、もっとはやく動いてくれ!
自分の足に語りかける。
想真の命がかかっている!
「ハァッ、ハァッ、ハァッ!!」
息が苦しい。体が限界だ。
でも、今はそんなこと気にしていられない。
ザザザザッッ!!
足を滑らせながら止まる。まるでスケートのように。
やっと着いた。
「想真!どこだ!?」
見わたすが、どこにも見当たらない。
「くそっ、どこだ!?」
村の中をかけまわる。
村は壊されてない。想真も無事かもしれない。
でも彼の姿を見ないと安心できない。
変だ。やけ静かだ。
村の人はみんな避難したのだと思う。
「・・・・・!」
ふと、カオスの気配がした。
少し奥の家の裏にまわる。予想通りだった。
そこにいたのか。
青い目のガーゴイルがこちらに背を向けて立っていた。
「カオス、やっと見つけた」
カオスに近づくが、振り向かない。よく見ると傷だらけだ。
翼が片方ない。それに左手も。どういうことだ?
「遅かったな」
カオスは振り返らずに答える。
「その傷はどうした?」
「すこし人間に手間取ってしまってな」
やっとカオスがこちらに体を向けた。
「!!!」
カオスの背中で見えなかったものが見えてしまった。
目を疑った。
「そ、そう、ま!?」
仰向けに倒れ、地面には大量の血が・・・。
う、そだ・・・。
遠くから見てもわかる。息がない。
胸のあたりからズキンと、痛みが走った。それと同時に、あついものがこみ上げてきた。
そしてそれが頭へとやってきて、頭の中を少しずつ支配した。
「・・・・・」
頭が熱い。抑えられない。でも、これがなんなのかわからない。
「想真・・・」
ゆっくりと想真に近づく。だが、カオスが前に立ちはだかる。
「貴様がガーゴイルの力をこいつに分けたせいで、やっかいなことになったんだ。しかしなぜこいつだけを助けた?他にも人間はいたはずだ」
カオスは想真を指差して言う。
その指からは想真の血がしたたり落ちていた。
「彼なら世界を変えられると思ったからだ」
言葉に力が入る。
「世界を変えるだと、何をバカなことを言っている?」
あざ笑うかのように言うカオス。
「バカなこと?」その言葉に引っかかる。「俺は本気で言っている」
ギラリとカオスをにらみつける。
「そうか。人間と一緒にいたせいで頭が狂ってしまったようだな」
カオスは目を細める。
「なんとでも言うがいい。だが貴様のしたことは許せない」
頭が燃えそうだ。
「何かしたか?」
「お前は大事な人を殺した!」
こぶしを強く握るコスモス。
「どうやら完全に頭が狂ってしまったようだな」
やれやれ、と言わんばかりにため息をつくカオス。
そのしぐさを見た瞬間、もう限界だった。
バキッ!
固く握られたこぶしをカオスの顔にぶつけていた。
「っ!!」
カオスの顔が曲がる。
コスモスは想真の横に着地する。
「カオス、もう話すことはないだろう?」
カオスはゆっくりとコスモスのほうを向き、
「そうだな。貴様と話しても無駄だことを忘れてた」
右手を大きく振りかぶり、コスモスにめがけて突きだした。
ドカンと大きな音を立てて地面に穴が開く。だが、そこにはコスモスの姿はなかった。
そして、想真の姿も。
「・・・こざかしい」
「想真」
コスモスは想真を抱え、すこし遠くの家の中にいた。
家の中にはさっきまで生活していた形跡がある。だが、もうどこかに避難しているはずだ。
想真を床に寝かせる。
ひどい。即死だ。
心臓を一突きされた後がある。これではガーゴイルの力があったとしても助からない。
くそっ、やはり手遅れか。
ぐっと手を固く握る。また頭が熱くなる。
・・・想真?
しかし、改めて想真を見る。
「なんで、こんな安らかに目をつぶっているんだい?」
やっとゆっくり寝られる、っていう表情じゃないか。
コスモスは想真が今までやってきたことを思い浮かべる。
そうだ。君はずっといろいろと悩み、戦ってたんだよな。疲れを癒す間もなく。
さっきまでの頭の熱さは消えて、今度は逆に冷たくなっていく。しんみりとしたものが胸の中をかけめぐった。
「早く楽になりたかった。解放されたい。そんな思いが少しはあったんだね?」
もちろん返答はない。でもコスモスにはそう思えた。
でも、よく見ると少しだけ悔いがあったようにも見えるけど・・・。
もう誰も想真の思いを知ることはない。
コスモスは想真の手の上に手を重ねる。
「君は良くがんばったよ。おやすみ」
そしてそっと、彼の使ってた刀を横に置いた。
「コス、モス?」
地下室のドアの陰から恐る恐る顔を出す。
「・・・ミラさん?」
たしか子持ちの優しい方だ。いつも落ち込んでいる人を励ましている記憶がある。
「今までどこにいってたの?」
顔だけ出したまま話す。
「・・・・・」
黙ったまま、顔をそむける。すると、ミラさんが勢いよくドアを開け、出てきた。
「そ、想真くん!?」
彼女は想真の存在に気づいた。
「そんな・・・」
かけよって、想真の顔にふれる。
「あなたまで!」
泣きじゃくるカレンさん。
「・・・・・」
コスモスはただ立ちつくす。なにもできない、何を言えばいいのかもわからない。
無力。初めてこの言葉の意味を痛感した。これまでこんなにも悔しい思いをしたことがない。
「カレンさん」
でもただ一つ伝えたいことがある。
「想真をきれいな場所に埋めてあげて、立派な墓を建ててあげてください。お願いします」
コスモスはミラさんのほうを向き、頭を下げる。
ミラさんは泣きながらうなずいた。
そして、コスモスはくるっとドアのほうを向いた。
「待って!」
コスモスは歩こうとしたが、止まる。
「コスモス・・・あなた、どこいくの?」
ふり返らず、また黙る。
「まさか、ガーゴイルに立ち向かう気?」
彼女は馬鹿なことはやめてという雰囲気だ。でも、
「ああ、そうだよ」
うそはつけない。
「やめて!勝てるわけないじゃない!」
ミラさんはまた泣き始めた。
「いや、負ける気はないさ」
「何言ってるの!?人間がかなう相手じゃないわ!」
コスモスはふり返って、ミラさんの前に腰を落とす。
「そう、人間じゃかなわない。だから、俺がやるんだ。想真のかわりに。それに、そもそも想真を人間じゃなくさせてしまったのは俺のせいだ」
「・・・何を言っているの?」
ミラさんは首をかしげる。
「俺は負けはしない。最悪相打ちだ」
歩き出そうとした瞬間、
「だめよ!」
ミラさんが腰に抱きつき、コスモスを止める。
「ミラさん・・・」
ミラさんの手に力が入る。
「ありがとう。でも、俺がやるしかないんだ・・・いや、やらなきゃいけない。君たちの未来のためにも」
コスモスは振り返り、そっとミラさんの手を触る。
「大丈夫、必ず帰ってくる。もし帰ってこなくても俺は地球の一部となる。悲しいことじゃない。また会える」
「・・・かならず、会えるのね?」
「ああ。もちろんだ」
スッとミラさんの力が抜けた。
コスモスは手をゆっくりとミラさんの手を降ろし、立ち上がる。
「しばらくは下で隠れてるんだ。決して出てきちゃだめだよ」
そう告げて、ドアを開ける。
「コスモス!絶対死なないでよ!!」
後ろからミラさんが叫ぶ。
コスモスは外に出て、一瞬立ち止まる。
「ああ。未来のために、負けはしない。だが・・・」
たとえ生きて帰っても、もう君たちとは会えない。すまない。
ちくりと胸が痛んだ。
痛い。体に傷がついたわけではないのに。
今までにない痛み。それがなんなのか考える暇はない。
今はカオスを倒すことが第一だ。
「行こう」
カオスのもとへと戻る。
やつはさっきの場所にいるはず。
すぐに先ほどの場所に着く。コスモスの思った通りで、カオスはそこにいた。
周りにいたガーゴイルたちもいなくなっている。破壊された家がいくつかあるが、皆避難して、人もいない。ただ聞こえるのは風と砂が飛ぶ音。今は二人だけの世界だ。
「待たせたな」
カオスは目をつぶっている。翼と腕が治っている。
もう治ったのか。いや、集中すればこんなものか。
「遅かったな。もうやり残したことはないか?」
カオスが目を開き、聞いてくる。
「ああ。あとはお前を倒すだけだ」
コスモスはカオスを指さす。
「そうか。残念だ」
カオスはふう、と息をつく。
「!」
急に静寂を打ち破った。
ドンッ!
コスモスのいた場所はザックリと爪の跡ができた。
「それは叶いそうになくて残念だ」
「手荒いあいさつだな」
コスモスは爪の跡の後ろにいる。
「さっさと決着をつけようではないか」
カオスはまた手を振りかぶった。
「そうだな」
ドンッ!―――地面に穴が開いた。
ものすごい破壊力。まともに当たったら、さすがのコスモスでも終わりだ。
でも、コスモスは軽々とよけている。
リーチが長くて、すぐに反撃できない。一気に近づくしかないか。
走ってカオスに近づく。
ブンッ!―――カオスが爪を横にふるってきた。
地面が削れていく。砂と石が飛び散る。
コスモスは跳んでよけて、カオスのふところに入った。
そして、手を広げ、カオスにカマのような腕を振りかざす。
カキィィン!
だがカオスは一方の爪で防いだ。
「どうした、その程度か?」
あざ笑うカオス。
「そうかな?」
コスモスはグッと手を握り、力をこめた。
バリン!
「なっ、割れた!?」
爪がガラスのように割れた。
ザンッ!
そのまま左手の肘から先を切り落とした。
「なん、だと?」
手は砂のようになり、風に吹かれて消えていった。
「完全には治ってなかったが、あの程度で?」
カオスは釈然としない様子だ。
「分からないか?」
スタッと、地面に着地するコスモス。
「人間の姿だが、甘く見すぎだ」
そうコスモスが言うと、顔をしかめるカオス。
「たしかにそうだ。だが、貴様も私を甘く見てないか?」
「?」
「なぜガーゴイルにならず、人間の姿で戦う?」
コスモスは少し動揺した。
「なめているようにしか考えられない」
コスモスは黙ったままだ。
「ガーゴイルの姿のほうが力は出せる。そもそもここに来る時も、空を飛べば早く着いた。本気で人間になったのか?」
カオスは苛立っている。
たしかにもう想真もいない。人間の姿でいる必要がない。力を抑える必要もない。だが・・・。
「ああ、そうだ。俺は本気で人間になった。それにこの状態でも十分に戦える」
コスモスはたんたんと答えた。すると、カオスは残った右手を固く握りしめる。
「そうか。私もなめられたものだな」
ブンッ!
こぶしが飛んできた。
「!」
なにっ、速い!
よけても間に合わない。
くっ!
両手で守りを固め、少し後ろに跳ぶコスモス。
ガンッ!―――鈍い音がした。
コスモスは電車にひかれたかのように後ろにふっ飛ばされる。
「ぐうっ!」
地面に何回かバウンドし、ゴロゴロと転がる。うつ伏せになり、やっと止まった。
「・・・反応が遅かったか」
倒れこんだまま、砂を握りしめる。
力の差が大きすぎる・・・ん?
体がおかしい。
「・・・ない、吹っ飛ばされたか」
左腕がない。
まともに受けたんだ。当たり前か。
左腕が跡形もなく消えた。想真と同じように。
他は大丈夫か。それなら戦える。
人間の姿だが血は出ない。カオスと同じように砂のように消えていったはずだ。
「まだ生きていたか」
カオスがいつの間にかコスモスのすぐ上に飛んでいる。
「普通の人間なら死んでいたな」
死というより、粉々にされている。
「ガーゴイルになれ。一方的ではつまらん」
バサバサと飛びながら言ってくるカオス。
コスモスは起き上がり、
「何度も言わせるな!」
タンッ!―――一瞬にして、カオスの目の前まで飛び上がる。
だが、
ブオンっ!
「うっ!」
攻撃する前に翼の風で吹き飛ばされ、地面に戻された。
「どうした?」カオスが見下してくる。「人間のままでは話にならんぞ?」
「くっ!」
グッとこぶしを握るコスモス。
確かに奴の言っていることは正しい。だが、人間のままで倒すことに意味がある。そう感じる。
コスモスは見上げる。
「降りてくるのが怖いのか?」
挑発するコスモス。
「ほざけ。私は互角に戦いたいのだ」
「互角?」コスモスは首をひねる。「俺がガーゴイルになったら逆に一方的になるだろ」
カオスは目を細める。
「どうやら、これ以上話しても無駄のようだな」
「そういうことだ」
そう言って、またカオスの元へと飛び上がる。カオスは動かない。
右手を振りかざす。
だが、空を自由に飛んでいるカオスは軽々とよけ、
ガンッ!
コスモスを翼で地面に叩き落とした。
くっ!
コスモスはきれいに着地をし、また跳び上がる。
今度は顔をめがけて蹴りをくりだす。
「無駄だ」
足をつかまれる。
「ちっ!」
地面へと投げつけられる。
足から着地ができないか。
ズドンッ!
大きな音を立て、地面に打ちつけられた。
「ぐっ・・・」
地面がへこんでいる。
上を向くと、空を悠々と飛んでいるカオス。
飛べないと不利だな。
「なぜだ?」
カオスが問いかけてきた。
「なぜ不利な状態で戦う、なぜわざわざ人間にこだわる?」
疑問がどんどん膨れ上がっていくカオス。
「わからん」コスモスが答える。「俺にも詳しいことはわからん」
「自分でもわからないと?」
カオスは首をひねる。
「ああ。だが、人間の姿でおまえを倒すことに意味があるように思える」
そう言うと、カオスはさらに首をひねる。
「・・・全く意味が分からん。そもそも負けたら意味がない」
コスモスは立ち上がりながら言う。
「俺もわからんが、やはり人間の要素が少し入ってしまったようだ」
コスモスも本当に分かっていないようだ。
「釈然としないが、もう良い。歯がゆい思いをしながら戦うがよい」
カオスは言い終わると同時に急降下してきた。
踏みつけようとする足を、横に転がってよけるコスモス。
「・・・かすったか」
腹部が少しすれた。
「空が飛べなくて残念だな」
また空を飛び、上から見下してくるカオス。
「空が飛べないことで、地にいる良さが分かるものだ」
コスモスはパンパンと服についた砂を払いながら言う。
「ならば、一生地をはっているがいい」
ゴオォォォ!!
さっきよりも速いスピードで急降下しながら開いた手を突き出してきた。当たったら終わりだ。
しかし、コスモスは動かない。
「その大振り、待っていた」
ぼそっとつぶやいた。
スッとコスモスは右手を顔の前に出し、
パァンッ!!
カオスの腕がそれた。いやそらした。
コスモスは少ししか手を動かしていない。
「!」
カオスの手はコスモスの横の地面に突き刺さる。
ありえない。あんなに力がのった腕をふり払うには、それ以上の力が必要だ。そうカオスの頭の中をかけめぐった。
だが、そんなこと考えている暇はなかった。
もらった。
コスモスは心の中でつぶやき、カマのように右手を大きく振りかぶり、
スパァンッ!
カオスの下半身を狩り取った。
「ぬぅっ!」
体が上下に分かれる。まだ終わりではない。
コスモスは体を思い切りひねり、足を上げて戻す。回し蹴りだ。
ドゴォッ!
半分になったカオスの胸部にぶつける。
「っ!」
カオスはさっきコスモスが飛ばされたように後ろに飛んでいき、地面に転がり落ちる。
これで動けないはずだ。
ゆっくりとふっ飛ばされたカオスの元へ歩いていく。
カオスは砂の上で倒れたままだ。
まだだ、これしきで終わらない。
気を抜けない。
「・・・やるな」
ゆらりと右手でだけで上半身を起こすカオス。
「残念だなカオス。お前は地に足をつけられないな」
コスモスは歩きながら言う。
「私は空を飛べればよい」
カオスは思ったよりも余裕を見せている。
「次は首だ。それで終わりだ」
ゆっくりとカオスに近づく。
「そうかな?」
ブワッと、風が吹き荒れた。
「!」
足を止めるコスモス。
「私は空があれば十分だ」
バサッバサッ!
羽ばたく音が空にひびきわたる。
「そのようだな」
上半身だけ残ったカオスが空にまた舞いもどった。
「私は上から見下ろす側だ」
「では、次は空を奪ってやる」
カオスに近づく。
「さっきは意外だった。貴様にあんな力があるとは。あれは一体なんだ?」
カオスは反省しているようだ。
「人間のことを知ろうともしない奴にはわからんよ」
一歩一歩近づいていく。
「またそれか。ならば聞く必要ない」
カオスはそう言い捨てた。
俺もガーゴイルとは違う力が湧いてくるのがわかる。なぜかはわからない。
一つ言えることは、これが人間の力なのだろう。
そして、カオスの真下まで来た。
「・・・・・」
じっと二人ともにらみ合う。
来ないのか、慎重だ。
さっきと違って、がむしゃらに攻撃してこない。
そうか、これは先ほどのようには行かないか。だが、
地面を蹴って、跳び上がる。
俺から行くしかない!
こぶしを握り、カオスの胸部にめがけて突く。
軽々とよけるカオス。
「所詮人間!」
翼をしならせ、コスモスをたたき落とそうとする。
「所詮人間か」グルンと体をひねる「されど人間!」
バシンッ!―――かん高い音がこだまする。
コスモスははたき落された、はずだった。
「・・・手ごたえがない」
どこにもコスモスの姿がない。
「どこだ?」
カオスは周りを見わたす。
「ここだ」
「!」
カオスは上を向く。
コスモスはカオスよりも高い場所にいた。
「なん、だと?」
カオスの翼を踏み台にして、さらに上に飛んだのだ。
「気づくのが遅かったな」
そう、遅かった。
ドカッ!
カオスの頭を粉砕するかのようなかかと落としがカオスの頭に当たる。
「ぐっ!」
鈍い音とともにカオスが地面に向かって急降下していく。
「地上の味を味わえ」
ドォン!―――大きな音を立てて、逆に地面に叩きつけられるカオス。
爆発したかのように、砂煙が広範囲に舞う。
「地上もいいものだろ?」
砂煙の中に着地するコスモス。周りが見えない。
あの衝撃の後だ、さすがに動けはしないだろうが、油断できない。
煙よ、速く晴れろ。
だんだん煙が晴れてきた。
「貴様の言う通り、地上もよいものだな」
「!」
クレーターのような穴はあるが、カオスがいない。
ドスッ。
気づいた時には遅かった。
し、しまった・・・。
心の中でつぶやく。
煙が晴れていく。コスモスは下を見る。
「うぐっ・・・」
カオスの爪がコスモスの腹部を貫通していた。
「油断したな?」
いつの間にか後ろにいるカオスがつぶやく。
「ああ」
カオスは着地の衝撃を何かしら受け流していたようだ。
これは、痛いな・・・。
痛覚があるわけではないが、一気に体力を奪われた。
横目でカオスを見る。頭の真ん中が少し消えている。それ以外はダメージはなさそうだ。
ズボッと、カオスはいっきに爪を抜いた。
「ぐっ!」
よろめくコスモス。でも、倒れない。ぎりぎりで踏ん張る。
「まだ生きていられるのか?」
ぐっ、まずい、一瞬意識が・・・。
胸には4つの穴がぽっかりと空いている。その部分だけ砂となり、風にとんでいく。
さすがのガーゴイルでもこれだけやられたら、生きているのがやっとだ。
「勝負あったな」
カオスが空を飛ぶ。
「ハァッ、ハァッ・・・」
苦しい。体が動かない。
くそっ、ここまでか!?
動こうとするが、足が言うことを聞かない。
カオスが手を振り上げる。ギラリと光る刀のような爪。
「さらばだ」
急降下し、コスモスの首をめがけて振り下ろす。
「くっ!」
―――コスモス!絶対死なないでよ!!
・・・っ!?
頭の中にその言葉が急に流れた。
ミラさん!?
爪はもうそこまで来ている。よけられない。
「うおおおおぉぉぉ!」
だが、コスモスは跳んだ。最後の力をふりしぼって。
そうだ、やすやすと負けてたまるか!!
「なにっ!」
目を見開くカオス。
スパァンッ!
コスモスも胴体を横に真っ二つに切られた。
これくらいくれてやる!
上半身だけが、カオスのほうへ飛んでいく。
「!」
右手を振り上げるコスモス。
「お前も道ずれだぁーーーー!!」
「ちぃぃ!」
カオスはよけられない。
ザンッ!!
「!」
コスモスの右手はカオスの首をとらえる。
「にんげん、に・・・」
カオスの首が飛ぶ。
ドサッ!―――上半身だけになったコスモスが地面に転がり落ちた。
もう動けない。限界だ。あとは死ぬのを待つだけだ。
ミラさん、ごめん。そして、ありがとう。
ちくり、と胸が痛んだ。
ドサッ!―――カオスの首がコスモスの近くに落ちてきた。
さすがのカオスでも首を切られれば命はない。
「相打ちか」
カオスは目を閉じたままで、返事はない。
終わったな・・・。
ふぅ、と息をつく。すると、息と一緒に緊張が抜けていった。
あとはこのまま果てるのを待つのみ。
目の前には無限に広がる青い空。それがいつもよりきれいに見える。いつもと変わりないのに。
風がやさしく体に触れる。胴体のほうから少しずつ砂となって消えていく。
気持ち良いものだ。
静寂、風の音だけしか聞こえない。
「・・・なんだ?」
目から熱いものが一粒流れてきた。
これは?
そっと右手で触ってみる。
「水?」
体内に水があるはずがない。ありえない。
ふふっ、どこかからか風に乗ってきたのだな。これではまるで人間ではないか。
微笑するコスモス。だが、その心の中は少し良い気分だった。
ガーゴイルは死んだら砂になって地球に帰る。想真、ガーベラ、君たちも地球に帰っていると良いな。そしたら会えるのだが。
そう思えば死ぬのは怖くはない。
さぁ、そろそろ眠ろう。
スッと目と閉じる。胴体はなくなり、後は首だけだ。
だが、その時、
「ククク・・・」
安らぎの時間を壊す声。
「!」
目を開ける。
ま、まさか!?
横を向く。
「残念だったな」
カオスが目を開け、こちらを見ている。
「なっ、なぜ生きている!?」
どう見てもカオスは首だけだ。生きていられないはず。
「私はこのくらいでは死なない。ほかのガーゴイルと一緒にされては困る」
「違う、だと!?」
コスモスはそう言われ、ふと頭に考えがよぎる。
確かに冷静に考えればそうだ。やつは特別だ。簡単に死ぬわけがない。
もう体は動かない。手も消えた。
「私が死ぬ時は地球がなくなる時。または、人間がいなくなった時だけだ」
ククク、とまた笑うカオス。
「最後の最後で・・・」
ぐっと歯を食いしばる。
「時間がたてばまた回復する。だが、首も切られ、体を破壊されすぎた。相当な時間がかかるな」
ふう、とため息をつくカオス。
「だが、俺は治らない」
コスモスは強く歯を食いしばる。
「そうだ、貴様は助けてくれない。地球の意思に背いたからな。そのまま砂となって消えゆくだけだ」
くそっ、これで終わりだなんて!
熱いものが、今はもうない胸に広がる。
「残念だったな。結局は人間たちは滅びる運命なのだ。貴様がどんなに頑張ろうとな」
「黙れ!」コスモスは叫ぶ。「お前は人間の一部しか知らない。なぜもっと知ろうとしない!?」
カオスをにらみつける。
「何度も言う。知る必要がないからだ」
淡々と答えるカオス。
「そうだ。話しても無駄だ」
コスモスは一度熱いものを抑え、冷静になる。
「そう、無駄だ。それに貴様は死ぬ。どうしようもできない」
コスモスもその通りと思えた。だが、一つ。かすかな希望があった。
「ああ、その通り俺は死ぬ。だが、一つだけ死なない方法がある」
カオスはじっとこっちを見る。
「あるわけがない。潔く消えたらどうだ?」
「確かに死なないとは言いすぎた」
「?」
カオスは真剣な眼差しになる。
コスモスは一呼吸置き、
「他の人間に、この思いを託す」
こう話した。
「託すだと?」
「つまり、俺の魂を他の人間にのりうつらせる」
コスモスはじっとカオスを見る。が、
「ククク、そんなことできるはずがない」
カオスは冗談半分にしか捉えていない。
「ああ、そうかもしれない。だがやってやる」
正直、確実ではない。望みは薄い。だが、やれないことはない気がする。
「頭の片隅に入れておこう」
「ああ、また違う姿で会おうではないか」
コスモスは完全にやれる気だ。
「ふふ、では傷が癒えた頃。何千年とかかるかもしれないが、また会おうではないか」
カオスの顔の半分が砂となり、消えていく。
「次は何千年と言わず、何万年眠らせてやる」
コスモスも同じように顔の半分が消えていく。
「ほざくがいい。次は貴様を魂ごと消し去ってやる」
サァァ―――風が吹いた。
「さらばだ」
カオス砂となって消えていった。
「俺もそろそろか」
目の前が暗くなっていく。
人間に俺の思いを託すか・・・。
風が優しく顔をなでる。
誰になるかわからないが、想真のような人だといいのだが。
そう思いながらコスモスは風とともに消えた。
しばしの眠りだ。
そして風が彼を空へと連れて行った。
――――――
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