第8話 裏


照りつく太陽。日差しが痛い。からからの気候。ただ、風は優しくなでるかのように体を包んでくれる。

視界は真っ暗。何も見えない。ただ、拝むように右手を顔の前にピタッと止めているのはわかる。願い事をするかのように。

急に目の中が熱くなる。

―――涙?

目から涙があふれ出てきている。おさえきれない。でも、おさえる気はない。

   ガーベラ・・・。

想真だ。

  俺がふがいないばかりに・・・。

ぐっと歯をかみしめ、ますます目があつくなった。手は握りこぶしになる。

―――想真、戻ったんだ。

  くそっ!

でも心の中は狂いそうになるほどの自己嫌悪で満ちている。

  俺が殺したようなもんだ!

―――それはちがう!

  ちくしょう!

心の中でずっと叫んでいる。ドンと地面をたたく。

私の中にも嫌悪感がどんどん流れてくる。

―――すごい自己嫌悪・・・つぶされそう。

  ガーベラだけは、守るはずだったのに!

次は後悔がこみあがってきた。

―――もうこれ以上自分を責めないで!

どんどん目があつくなる。

「くそっ、くそっ・・・」

ドンドンと地面を何度もたたく。

「想真、あなたのせいじゃないわよ」

後ろから杖のつく音とともに、人の気配。

―――女の人の声?

「・・・・・・」

「だからそんなに自分を責めることはないわよ」

想真をはげます女性。聞いたことのある声だ。

「ミラさん、俺がちゃんとしていれば助けられた」

―――ミラさん・・・あの子連れの人かしら。

「過去の話に、もしあの時とかいったって何も変わらない。これからを考えるべきよ。過去は変わらないけど、未来は変えられるんだから」

ポンッと後ろから想真の肩に手を置くミラさん。

すると、想真が目を開けた。

目の前には盛り上がった土、そしてその上に一本の木の枝が刺さっている。きっとガーベラのお墓だ。

地面や土はカラカラにかわいているけど、想真の下だけは湿っている。

「ミラさん、ありがとう。でも、未来だけを見ているだけじゃダメなんだ」

「?」

「過去の過ちから学んで、未来を見なきゃいけない。じゃないと、こんな世界にしたやつらと一緒になっちまう」

じっと目の前にある木の枝を見る想真。

「想真・・・」

ミラさんの手に力が入る。

「その気持ちもわかるけど、あなたは一人で背負いすぎよ」

「いいんだ。特に今回のことは俺がふがいなかったことが原因だ」

「だから背負いすぎよ」

「それにまた、ミラさんだけじゃなく村の人もケガさせてしまった」

「私は大丈夫よ。それにみんなも軽いケガですんだし」

ミラさんの声が震える。振り向く想真。

「ガーベラが時間を稼いでくれたおかげよ」

ミラさんは涙をぼろぼろと流しながら言った。

「ミラさん・・・」

想真はそっと方に置かれた手を握る。よく見ると、手を置かれた腕に爪の跡がある。ガーゴイルの爪がかすったようだ。

「くそっ、なんで俺たちばっかりこんな目にあわなきゃいけないんだ!」

こぶしを握る想真。

「この現状を知らずに死んでいった年寄りたちはいいな。資源を消費するだけして、うまいもの食べて、病気にかかっても治せるだろうし、幸せな生活をしてたんだろうな。俺たちはいつまで食糧がもつか気にしなきゃいけないし、病気にかかったら終わりだ。毎日おびえながら生活しなきゃいけない。俺たちとはまったく違う生活だ」

―――・・・・・。

「ごめんね。想真」

ミラさんは隣に座る。

「これは私たち大人の責任よ。見て見ぬふりをしてきて、自分たちの生活を優先したツケよ」

「・・・・・」

想真は黙って聞く。

「今思えば、このままでは地球が持たなくなる、何か手を打たなければ手遅れになるって警告されていた。だけど、目に見えて環境が悪くなっている感じはなかったし、生活に支障があるわけでもなかった。だから、警告をだれも聞かず、自分たちの生活を優先したわ。少しづつ変わっていたのにね」

ミラさんはうつむきながら話す。

「それで結局、地球がもう人間は出て行けって言ってきた。けど、俺たちはまだあがいている。誰かが死ぬのは嫌だ」

想真は地面をぐっとつかむ。

「そうね。私たちは自分勝手な生き物だと思う。でも、やっぱり身近な人がなくなるのは私もイヤ」

ミラさんもぐっと手を握る。

「私には子供がいる。こんな世界で生きていくと考えると悲しいわ。でも、少しでも良くできるよう努力していくつもり。いや、していく。そうして先代への憎しみを断ち切らないと」

ミラさんが顔を上げ、続けた。

「憎しみを断つ、か」

想真の手の力が抜けた。

「そうだな。俺たちにも次の世代があるんだよな」

俺がこんなんじゃ、これからを生きていく人たちに逆に怒られちまうな。

想真の心にかかっていた雲が晴れた。

「ミラさん、ありがとな。ソラ達のためにも頑張んなきゃな」

「想真。あなただけじゃないわ。みんなでね。それを忘れないでね」

ミラさんは強調して言う。

想真は黙って頷いた。

―――想真。

「!」

遠くのほうの空が騒々しい。黒い雲のようなものが近づいてきている。

「・・・・・・」

想真は睨むように空を見る。危険を察知したようだ。

「何かしら?」

ミラさんも嫌な予感を感じているようではある。

「ミラさん、村のみんなに早く避難するよう伝えてくれ」

想真は優しくミラさんにお願いした。

「・・・わかったわ。想真、無理しないでね」

彼女はなにも聞かずに杖をつきつつも、足早に去っていった。

「ありがとう」

涙をぬぐい、想真は地面においてあった刀を手に持つ。

  ガーベラ。

心の中で呼びかけ、そして歩き出した。

  お前のかたきは絶対にとる!

ザッザッザッ―――力強く歩いていく。

想真の心の中はさっきと打って変わって、炎のように燃えている。

向こうの空が黒く、曇ってきた。

想真は恐れなく、黒い雲に向かって歩いていく。

曇った雲も想真に吸い寄せられるかのように、どんどん近づいてくる。

  嫌な空気・・・。

よどんだ空気があたりをつつんでいる。

ザッザッザッ―――そんなことかまわず進んでいく。

  あれは、雲じゃない!?

小さな黒の点、カラスのような大群がこっちに飛んできている。

  まさか!?

バサッバサッバサッ。

翼を動かす音がだんだん大きくなってくる。

  ガ、ガーゴイル!!?

ガーゴイルの大群だ!

  5,6・・・それ以上、15体くらいはいるわ!

ザッザッザッ―――そんなことかまわず進んでいく。

  無茶よ、さすがにあなたでもあの数は無理よ!

バサッバサッバサッ。

ガーゴイルがもうすぐそこまで来た。村からはだいぶ離れている。周りには何もなく、砂漠の上にポツンと想真一人が歩いている。

想真の心の中は無心。ただ、ふつふつと沸き起こる怒りだけが心を満たしていく。

ザッザッザッ―――想真が鞘に入った刀を思い切り振り下ろす。鞘が飛んでいき、刀があらわになる。そしてグッと刀をにぎった。あと30mくらいまで迫っている。

バサッバサッバサッ―――ガーゴイルの群れが想真に気づいた。

だがその前に、


―――ザシュ!!


一匹のガーゴイルの首がはねた。

「!!」

ほかのガーゴイルたちが驚きそっちを向いた。

やつらは気づくのが遅すぎた。

想真はすでに空中にいた。

ザシュッ!

想真はそのまま二匹目の首も切った。

ガーゴイルたちは突然のことすぎて、なにもできないようだ。

そして三匹目の首を切り、そのままガーゴイルの背中を蹴り、次々と首を切って背中を渡り歩く。

6体のガーゴイルがチリとなって消えると同時に、想真は地上に着地した。一瞬の出来事。

―――す、すごい。

何が起こったのか、私も追いつけなかった。

強い、それしか言葉が出ない。

ガーゴイルたちはやっと、ターゲットを確認したようだ。

その瞬間、想真が走り出した。

5体のガーゴイルたちは焦ったのか、急降下し想真に向かう。

  あぶない!

こんなに一度に来られたら、逃げられない!

でも、そんな心配は無用だった。

想真に届く前にガーゴイルの手足がはねとんだ。ひるんだスキに首を次々とはねる。

地面につく頃にはガーゴイルたちはチリと化していた。

  は、はやい・・・。

太刀筋が全く見えない。動いている割には息が全く乱れていない。

落ち着いているように見えるが、心の中は変わらず怒りで満たされている。

ガーゴイルたちは仲間たちがやられても、まったくひるむ様子がない。

ドンッ!

ガーゴイルの爪が地面に刺さる。

想真は上に跳んで避ける。首を切ろうとした瞬間、

「!」

別のガーゴイルの爪が想真に向かっていた。

ギィィン!

「ぐっ!」

刀で受け止めるが、そのままはじき飛ばされた。

  ちくしょっ!

想真は舌打ちをして、空中で体勢を立て直し、地面に足から着地した。

また違うガーゴイルが急降下して、想真を踏みつぶそうとする。

「調子にのんな!」

ズバッ!

両足を切り、ガーゴイルは胴体から倒れこむ。

こっちが先だ!

先ほど地面に爪を突き刺したガーゴイルが手を広げ、横に振りかざしてきた。

トンっと、軽く後ろに引いてギリギリでよける。空気が裂けるかのような風圧。

風圧がやむとともに一瞬で間合いを詰め、首を切る。

着地と同時に想真は何も見ずに、またトンっと後ろにステップを踏む。

ドンっ!

上からガーゴイルの張り手が来ていた。地面に大きな穴が開く。

前に踏み込み、間合いを詰める。

―――危ない!

尻尾が横から鞭のように来ていた。

だが、心配無用だった。想真はやすやすと尻尾を切り捨て、首を切る。

そのままガーゴイルの体を蹴り、後ろに跳ぶ。

着地先には、さっき両足を切り、動けなくなっていたガーゴイルがあがいている。

ギアアアアア!

想真はためらいなくとどめを刺した。

―――す、すごい。

流れるように動いており、後ろにも目があるように思えてしまう。

あと、何匹だ?

想真は相変わらず息一つ乱れていない。

ガーゴイルは次から次へと休みなくやってくる。しかし、中には数体ではあるが、逃げていくガーゴイルもいた。

  逃げていく?珍しいな。

そう考えているうちに2体のガーゴイルからの攻撃が来ていたが、やすやすとよける。

そして、周りを見る。

・・・5匹くらいか。

ガーゴイルの攻撃をよけ、上に跳ぶと、別のガーゴイルが待ち構えていた。

「!」

ガーゴイルが手を振り下ろす。

ギィィン!

刀で受け止めるが、地上に叩き落される。

「ちっ!」

下にはガーゴイルが口を開けて待っている。

「俺を食ったら、腹壊すぞ」

口に入る瞬間、

「おおおおおお!!」

刀を見えない速さで振りかざす。

ギアアアアア!

ガーゴイルの口から体まで真っ二つになり、想真は何事もなかったかのように着地する。

あと4匹。

上からガーゴイルが追撃しに来た。

想真は迎え撃つかのように、力強くジャンプする。

ガーゴイルが焦って手を出したと同時に、手を切り落とし、首を切る。

  あと3匹・・・ん?

上空に一体だけ何か違う、他のガーゴイルがいた。

姿は他の奴と変わりない。けど、なんだ、あの雰囲気は?

そのガーゴイルは、左右のガーゴイルの肩につかまって飛んでいる。よく見ると翼をケガしているようだ。

  なんでケガしているんだ・・・おっと。

下降し始めるとき、近くを飛んでいたガーゴイルが爪を突き立ててきた。

想真はその爪を空中でひらりとよけ、手に乗って、背中まで一気に移動する。

あいつ、こっちに来ないな。

雰囲気の違うガーゴイルは、上空に浮いているだけだ。よく見ると、目が他のと違い、青い目をしている。

まさか、親玉か何かか?

ガーゴイルが振り落とそうと、体をゆする。

とはいえ高みの見物か、なめやがって!

ぎゅっと刀を握り、思い切りガーゴイルを蹴る。

ガーゴイルは地面にたたきつけられ、想真はあのガーゴイルに一直線に向かって跳んでいく。

―――速い!

まるで飛行機のような速さだ。一瞬でガーゴイルの前に。

  ガーベラの仇だ!

首をめがけて刀を横に振りかざす。

ガキィィン!!

「なっ!」

爪だ。爪で受けとめられた。

跳んで行った勢いも含め、腕がビリビリと悲鳴を上げる。

  あの勢いだぞ。よく軽々受け止める!?

「くそっ!」

いったん離れようとした瞬間、

バシンッ!!

受け止めた手ではたかれた。

「ぐっ!」

地面に落とされる。

―――想真!

「くそっ!」

地面ギリギリで体勢を立て直し、足で着地する。

すかさず別のガーゴイルが急降下し、踏んづけてきた。

ドンッ!

横にステップしてよける。

「ザコはひっこんでろ!」

両足を切り、倒れたところを首を切る。

今までのと違う。なんだあのガーゴイルは!?

見上げると、上空で何事もなかったかのように、その場で飛んでいる。

強い、本能がそう感じている。

  左手があれば・・・!

今度は別のガーゴイルがこっちに向かって降りてきた。

「邪魔だ!」

シュパッ!

腕を切ろうとする。

キィィィィン!!

「っっ!」

目を疑った。

あの青い目のガーゴイルが横から手をだしてかばったのだ。

  ガーゴイルが仲間を助けた!?

ドンッ!

ギリギリでガーゴイルの攻撃をかわす。

「ちっ!」

いつの間に降りてきたんだ?

普通のガーゴイルが、続けて爪を突き出してくる。

かるがると想真はよけ、

ズバッ!

その腕を切り落とす。そのまま首を狙う。

ギィィン!

また、あのガーゴイルが受け止める。

またか!

ブンッと押し戻され、地面に向かって飛ばされる。

―――想真!

想真はくるりと体勢を立て直し、地面に着地する。

「ありがとよ!」

その勢いで、思い切り地面を蹴り、普通のガーゴイルに向かって跳んでいく。

「!」

青い目のガーゴイルを横目に、普通のガーゴイルの首を一瞬で切っていった。

着地し、後ろを向く。

青い目のガーゴイルは地面に足をつけ、こちらをじっと見ている。

「さぁ、次はお前だ」

想真は刀を強いガーゴイルに向ける。

すると、ガーゴイルは気のせいか睨むように見てきた。

・・・こいつ。

体がぞっとし、鳥肌が立つ。気を抜くと圧倒され、立っていられなくなりそうだ。

やつはじっとこっちを見つめてくる。その目は、見ただけで俺を焼きつくすかのような赤い目だ。

こいつはやはりただ者じゃない、そう感じた。

「貴様―――」

「!?」

―――しゃべった!?

「やはり消さねばならん!」

すごい勢いで、はり手がとんできた。

ドンッ!

「うおっ!」

直撃し、うしろへ飛ばされた。

油断した!

とっさに受けたはいいが、右腕がズキズキ痛む。

  しゃべった、よな、ガーゴイルが・・・。

「仲間をよくも殺してくれたな」

「!」

やはりガーゴイルの声だ。

「話せるやつが、いるのか?」

想真はまだ信じられないでいる。

―――私も信じられないわ。

立ち上がり、刀をガーゴイルに向ける。

「お互い様だろ。そっちもうちの村人を殺しやがって!」

頭の中に死んでいった人たちが頭をよぎり、怒りがこみあげる。

「だまれ!!」

ゴォォ!!―――風が吹き荒れる。

「!」

気を抜いたら、吹き飛ばされる。

「貴様らがしたこと、分かっているのか!?」

ガーゴイルは想真の怒りを吹き飛ばすかのように言ってきた。

「知るか。俺たちは悪くない!」

しかし、想真はひるむことなく、にらみつける。

すると、ガーゴイルは羽を広げ、また風を起こす。

「貴様らは地球を破壊し、まだ破壊しようとしている!」

風で体が後ろに押される。

「違う!」想真は叫んだ。「それは昔の奴らだけだ。俺たちは違う!」

「全員がそうではない。それ以上にこの地球を破壊するやつがいるではないか!」

風が止むとともに、はり手がとんできた。

横に跳んでかわす。

「だから人を殺すのか!?」

ガーゴイルに向かって跳び、反撃に出る。

カンッ!

爪で防がれる。

「そうだ。地球を守るため、貴様ら人間を一人残らず消さなければならない!」

受け止めた反対の手で突き刺してくる。

爪を跳んでよけ、

「ふざけんな!」

そのままガーゴイルの手に向かって刀をふりおろした。

スパンッ!!

「なにぃ!!?」

手は切れなかったが、指を切った。

「全員がそうじゃない。罪のない人を巻き込むな!」

切断された指が砂のようになって消えていった。

「・・・今、罪もない人と言ったな?」

目の炎はさらに燃え上がり、こちらを睨んでくる。

「ああ」

想真は目をそらさない。

「人間は生きているだけで罪だ。だれもがこの地球を傷つけている。人間に欲があるかぎり。分からないのか?」

想真はガーゴイルを見つめたまま、

「分からないね」

吐き捨てるように言った。

―――想真・・・。

が、心の中では少し何かが揺れ動いていたように見えた。

「そうだ。それが人間だ!」

ガーゴイルは羽をはばたかせる。

「!」

また強風が吹き荒れる。

  くそっ、前が見えない!

砂が舞い上がり、ガーゴイルの姿が見えなくなる。

上なら!

上に跳んで強風を逃れる。

「なっ!」

ガーゴイルが目の前にいる。先に飛んでいたようだ。

叩き潰すかのように、手のひらを上から振り下ろすガーゴイル。

「ちぃっ!」

バチィン!

刀で直撃は避ける。

  なんとか受け身を!

ドゴンッ!

大きな音とともに、地面に叩き落された。

「ぐっ・・・」

背中、いや全身がジンジン痛む。体の半分が地面に埋まっている。

「翼が完全なら風で体をバラバラにできたのだがな」

こりゃなかなかだな・・・。

体を動かそうとするが、激痛が走る。

  動けるまで少しかかるな。

ガーゴイルがゆっくりと上から降りてきた。

「なぜ歯向かう?」

ガーゴイルが問う。

「貴様はいつも一人で戦っている。一人でつらい思いをしながら。他の人間は死にたくないからお前を利用しているとしか思えんが、お前自身がただ死にたくないだけなのか?」

「違う。もう、友達が死ぬところを見たくないんだ」

頭の中にガーベラの顔が浮かぶ。

そうだ。こんなところでくたばっている場合じゃねぇ。

まだ激痛が走るが、体を起き上がらせる。

「その友達とやらも死にたくないがために、お前を利用していたのではないか?」

その言葉を聞き、体の痛みが吹き飛んだ。

「違う!」

立ち上がると同時に、刀を拾いガーゴイルに向かって跳んでいく。

ギィィン!

爪で攻撃を受け止められる。が、

ガーベラのことを悪く言うな!

そのままの勢いでくるりと体を回転させ、爪を乗り越える。

「このぉ!」

ガーゴイルの首をめがけて刀を横に振るう。

「!」

スパンッ!

ガーゴイルの右の翼が地面に落ちる。

  くそっ、よけられたか。

ガーゴイルはギリギリのところで頭をかがめたようだ。

「まだそこまで動けるとは」

ガーゴイルは翼が消えるのを見ながら言う。

「次は、必ず・・・ぐっ!」

急に全身が痛み始め、膝をついてしまう。

・・・もう少し持ってくれよ。

「辛そうだな」

前を見るとガーゴイルの爪がこちらに向けられている。

くそっ!

体にムチ打ち、横に跳んでガーゴイルの攻撃をかわす。

「早く楽になれ」

かわしてもすぐ槍のような爪が向かってくる。

「おまえを倒すまでは、くたばれない!」

足を止めて刀で爪をはじく。

  もう動き回れない。全部はじくしかない!

体が熱くなり、痛みが消える。

「まだ動けるか!」

また爪を突き出してくるが、思い切りはじく。

ギィィィン!

「なっ!」

はじいた左手の動きが止まる。

  今だ!

スパンっ!

一瞬で踏みこみ、左手を切り落とす。まだ終わらない。

「おおおおおおお!」

そのままガーゴイルの肩に乗り、刀を振りかぶる。

「終わりだ!」

首を切るその時、

「私たちは生きる資格がないって言いたいの?」

ガーベラの声が聞こえた。

え、ガーベラ?

手が止まる。

「しまっ・・・」

ドンッ!

気づいたら痛みとともに、また仰向けで地面に倒れていた。

くそっ、なんで急にガーベラの声が?

背中がさらにジンジンと痛む。どうやら尻尾で叩き落されたようだ。

「どうした?」ガーゴイルがやってくる。「何か迷いでもあるのか?」

「迷いなんて、ない」

激痛が走りつつも、体を起こす。右手も酷使しすぎたせいか、じわじわと痛む。

「やっと利用されていたことが分かったか?」

ガーゴイルが上から覗きこんでくる。

「利用?」その言葉を聞いて頭にくる。「全くわからないね!」

ぐっと、立ち上がろうとした瞬間。

「私たちが生きるためにはガーゴイルたちを殺さなきゃいけない。たとえ地球に住む権利がなくたってね」

また、ガーベラの声が聞こえた。

なんなんだよ。

体から力が抜ける。片膝立ちのまま止まってしまう。

「どうした?」

ガーゴイルの声で我に返る。

「・・・なんでもない」

首を振って頭の中をリセットする。

「では、行くぞ」

ガーゴイルは上に飛び上がる。

今は集中だ!

すぐに下りてきて、踏みつぶすつもりだ。

「くそっ!」

体が痛む。立てない。

ドスンッ!

転がって何とかよける。だが、すぐにガーゴイルの掌が上から落ちてくる。

また転がるが、

「ぐっ!」

ミシッと、鈍い音を立て左足が押しつぶされた。

くそっ、骨もってかれたか?

足の感覚がない。動いているかもわからない。

「早く楽にしてやる」

ガーゴイルは手を挙げ、またつぶそうとしてくる。

「こ、のっ!」

前に転がる。

ドスンッ!

ギリギリで攻撃をかわす。座った姿勢から、思い切り右足で地面を蹴る。

ガーゴイルは前のめりになっている。

今なら!

「まだ動けるのか!?」

スパッ!

直前で後ろに跳ばれ、刀は惜しくも胴体をかすっただけだ。

「はぁっ、はぁっ・・・」

着地するが、刀を杖代わりにしていないと立っていられない。呼吸も荒くなってきた。

「なぜ、まだ動ける?」

ガーゴイルが聞いてくる。

「友達を、失いたくない、って言っている、だろ」

「ほう。その友達はお前に何かしてくれたのか、ねぎらってくれたか?」

「友達に、そういうのは、必要ない。お前らには、わからない、だろうが」

「分からないな。ただ、そこまでその友達とやらを信じられるのが不思議なものだ。今のお前の姿を見たら、何と言うだろうな」

「そんなことどうでもいい」

  そうだ、どうでもいい。

「これからもよろしくね。あなただけが頼りなのよ」

  またガーベラの声。

「私たちが生きるためにはガーゴイルたちを殺さなきゃいけない。たとえ地球に住む権利がなくたってね」

・・・どうでも、いい?

「また止まっているが、動けないだけか?」

いや、考えるな。動け!

「なんでもねぇ!」

足を引きずりながらガーゴイルに向かっていく。

「何か迷っているように見えるが?」

そんなもの、ない。

「今日もありがとう。ケガはない?」

ミラさんの声。

「この村は君を必要としてるんだよ。君なしじゃやってけないんだ」

コスモスの声。

「そうだ、俺はみんなを守りたいんだ」

ぐっと、刀を強く握る。

「命を懸けてまで守りたいのか?」

ぴたりと想真の足が止まった。

「少しづつ前に進んでいってる」

コスモスの声。

「ああ、命を懸ける」

そうだ、少しづつだが前に進んでいる。

また足を引きずりながら歩く。

俺も進まな、きゃ。

「お前がボロボロになっても、お前の周りのやつらはいつも通りただ礼を言うだけだ。心の中ではただ死にたくないだけであって、お前が助けてくれるのを当たり前と思っている。そうとしか思えないが」

  守ることが当たり前?

「あんただってまだ死にたくないでしょ?」

  あ、ガーベラ・・・。

揺れてる、心が。

―――想真、負けちゃダメ!

「そんなやつらをずっとこの先、守るのか?」

「・・・・・」

  みんな、そうだったのか・・・?

―――考えこんじゃダメ!

いろいろと頭の中がかけめぐる。

って、何を考えている!?

思い切り右足を踏みこみ、高く跳ぶ。

「だまれぇぇぇ!」

振りかぶり、ガーゴイルの頭をめがけて振り下ろす。

「・・・振りが大きいな」

簡単に爪で受け止められてしまう。

「くそっ!」

ブンッ!

ガーゴイルの手ではたかれ、飛ばされる。

  くそっ、足が動かねぇ!

ドンッ、ゴロゴロゴロ・・・。

受け身をまともにできず、地面に転がり落ちる。

「いってぇ・・・」

また背中を強打して体がバラバラになったかのように痛い。

「うぐっ!」

動こうとすると、体が裂けそうになる。

これは、やばいな・・・。

「まだ、やれるか?」

ガーゴイルはゆっくりとこちらに向かってくる。

「まだ、だ」

俺がやらなきゃ、みんなが!

ぐっと痛みをこらえ、体を動かす。

なんとか上半身を起き上がらせる。

「どうしてまだ動ける。それほど人間が好きなのか?」

「そうでもない。ただ、仇をとるんだ」

刀を握り、地面にさす。

  ガーベラ、お前の仇を!

「仇か。お前を利用していたやつのためか」

「そんなことない!」

想真が叫ぶ。

  ガーベラは、そんなやつじゃ、ない。

「だからあんたはこの町を守ってくれればいいのよ」

そういった瞬間、ガーベラの声が聞こえた。

「・・・ガーベラ?」

想真の心の中で何かが折れた音がした。

―――そ、想真?

  そう、おもって、いた、のか?

手に力が抜ける。

「どうした、顔色が悪いぞ?」

「・・・・・」

「私はガーゴイルたちが許せない。たとえエゴイストといわれても」

おれを、りよう、していたのか?

ガーゴイルが目の前に来た。

―――迷うことなんてないわよ!

心の中が揺れに揺れている。

「やっと分かったか。そいつもお前を利用していたことを」

黙りこむ想真。

「・・・人間は自分の欲のために、人を利用する、か」

  そうかも、しれないな・・・。

心の中で認め始めた。

「!」

急に全身に痛みが走る。

刀から手が離れる。

あっ・・・。

上半身が地面へと吸い込まれるように倒れていく。

バタン。大の字に横になる。

  ちからが、でない。

「長かったが、終わりのようだな」

―――想真、ダメ!

「最後に言っておくが、欲があることが悪いことじゃない。欲があることでいいこともある」

「?」

「ただ・・・」

そう言って想真は黙りこむ。

「終わりか?」

  好きなやつに、ただ利用されていただけとちょっとでも考えると・・・。

「きついなぁ・・・」

ふぅと、思わずため息をつく。

―――違う!ガーベラはそんなこと思ってない!!

「最後にただ利用されていただけとわかってくれて、こちらも気持ちよく葬り去れる」

ガーゴイルが手を高く挙げ、鋭い爪をこちらに向ける。

―――想真!

目をつぶらず、じっと目の前を見る。

  あれ、この空、懐かしいな・・・一度だけ故郷で見た以来だ。

いつもは黄色がかったら雲だらけで、幕がかかっていることが多い。けど今、目の前には雲一つない青く澄み渡ったきれいな青空が広がる。空の果てが見えそうなくらいの。

最後の最後で見られるなんて・・・やっぱ、すげーきれいだ。みんなに見せたかったな。

そう心の中でつぶやく次の瞬間、腹部に痛みが走り、目の前が赤く染まる。

―――キャァァァァァァァ!!

「っっ!」

ガーゴイルの爪が想真の体を貫いた。

ガーベラ、おまえにも、この空見せたかったな。

「・・・・・・・」

目の前が暗くなってく。幕を閉じるように。

  すきだった、のにな。お前は、どう想ってたんだろ?

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