第170話眠れぬ夜と来客


 レセリカは最後まで迷った。ヒューイに命令を下すかどうかを。


 だが、シンディーの摘発は最終的にアディントン伯爵の動きを封じることにも繋がると考えたのだ。


 シンディーがいなくなれば、不倫相手であるアディントン伯爵もしばらくは大人しくせざるを得なくなるだろう。

 シンディーとの関係がバレたことで、計画に加担していたのではないかと取り調べを受けることになるからだ。


 結果、アディントン伯爵は取り調べを受けた。しかし、不倫関係であったこと以外に情報は持っておらず、早々に解放されたという。

 とはいえ、怪しい動きは報告されていることから、要監視対象となった。


(ある意味、摘発されるより前にリファレットを追い出してもらえて良かったかもしれないわね。複雑だけれど)


 当然、リファレットも取り調べを受けることになった。だが、ほぼ学園で過ごしていた彼は実家にも滅多に戻っていなかったため、潔白はあっさりと証明されたらしい。


 すでにアディントン家の者ではなくなっている分、伯爵もリファレットを巻き込むことは出来ないだろう。

 つまりアディントン伯爵は、息子を厄介払いしたツケを払わされたといえる。その件については、溜飲が下がったと言えなくもなかった。


 しかし、アディントン夫人の気持ちを思えば後味の悪さが残る。

 その件に関しても、王妃ドロシアが自分に任せろと言っていたので彼女に任せるのが一番だろう。


 レセリカは、ただ心を傷めることしか出来ない自分を歯痒く思うと共に、自分もいつかドロシアのように動けるようになれるのだろうかと考えてしまう。


「レセリカ様、今日は早めにお休みになっては?」


 窓辺の椅子に腰かけて、外を眺めながら考え事をしていたレセリカに、ダリアが静かに声をかける。明日は学園に向けて家を出発する日だからだ。


 返事をしたレセリカはゆるりと立ち上がると、真っ直ぐベッドへ向かう。

 横になって目を閉じると、ダリアがすぐに明かりを消してくれた。


 なんだか寝つきが悪いのは、いつもより早い時間だからという理由だけではないのだろう。


 これでよかったのだと自分に言い聞かせることも、今のレセリカには難しかった。

 せめて、五年生として過ごす一年はもう少し平和であればいいと願うのだった。


 ※


 翌日、あまり眠れていないレセリカではあったが、目を閉じて横になっているだけでもかなり疲れは取れたようだった。

 身支度を済ませた彼女の姿は、いつも通り背筋が伸びており、隙のない佇まいで誰が見ても完璧な公爵令嬢である。


「あ、姉上! 大変ですっ!」


 しかし階下へ下りてきたレセリカに、慌てた様子の弟ロミオが声をかける。

 出発するにはまだ少し早い時間だというのに、どうしたというのだろうか。


「どうしたの、ロミオ。そんなに慌てて……」

「セオフィラス殿下がいらっしゃっているんです!」

「え」


 それは確かに慌てるわけだ。セオフィラスは王宮で生活しており、そこから学園は目と鼻の先。明日には新学期が始まるというのに、わざわざベッドフォード家まで来るとは只事ではない。


 今は来客室でオージアスが相手をしているという。すぐに向かおうとしたその時、どこからともなくヒューイが姿を現した。


「ちょっと待った。レセリカ、待ってるのは王太子サンだけじゃないぜ」

「ヒューイ、それはどういうこと?」


 行く手を阻むように立ちふさがったヒューイは、どこか警戒したような面持ちだ。

 そのことにやや不安を覚えたレセリカを、安心させるように口を開いたのはダリアである。


「確かに警戒はすべきですが、殿下の護衛お二方もいますし、ここには私やウィンジェイドもいます。もちろん、オージアス様やロミオ様も。心配はありません」

「……誰がいるというの? ロミオ、貴方は知っている?」


 ここまで言い淀むのだ、レセリカにもある程度の予想は出来た。

 それもセオフィラスが伴っているとくれば、あとは答え合わせだけだろう。


「は、はい。その……フレデリック様と、ヴァイス様が」

「ヴァイス様も?」


 フレデリックは予想がついていたが、まさか王弟ヴァイスまで来るとは予想外だったレセリカは目を丸くしてしまう。


 ずっと旅に出ていた王弟とはレセリカも初めて会うことになるため、急に緊張感が増してきた。


「レセリカ様、ロミオ様。もうあのお二方は王族ではありません。それどころか、貴族でもない身。敬称は不要となります。その点、ご理解ください」

「そ、それはわかっているけれど……そう簡単には変えられないよ」


 ダリアの言葉に戸惑うように眉尻を下げるロミオだが、言いたいことはよくわかる。

 要は、けじめをつけさせるためにも、こちらが迷ってはいけないのだろう。


「オレはわざわざ会ってやる必要もないと思うけどね。だって、どうせ謝りに来たんだろ? その気持ちがあるなら、なんで家を発つこんなクソ忙しい時におしかけてくるんだよ。非常識じゃね?」

「口が悪いですね、ウィンジェイド。まぁ一理ありますが、王族側の事情もあったのでしょう。それに」


 相変わらず不機嫌そうなヒューイに対し、ダリアはどこまでも淡々と告げる。

 しかし一度言葉を切った彼女は、心配そうにレセリカの顔を窺った。


「レセリカ様はお会いになった方が、心の整理がつけられるのではないかと判断いたしました。無理にとは言いませんが……」


 心の整理。確かに、フレデリックに対して思うところはある。

 彼もいわば、シンディーの駒として育てられたのだ。良く思っていなかったのは確かだが、こんな結果を望んでいたわけでもない。


 一度、彼の本音を聞いてみたいとは思っていたのだ。そして、シンディーやフレデリックを放ったらかしにすることになってしまったヴァイスにも。


「わかったわ。会います」


 レセリカの迷いない返事に、それなら姉上は僕が守ります、とロミオも威勢よく後に続いた。

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