第163話心配と憤り
その日、レセリカは不安に思いながらいつも通り学園へ向かった。
ただ、彼女の所属する一般科は貴族家の噂があまり入って来ないらしく、それらしい話を耳にすることはなかった。
ホッとしたような気もするが、逆に気になってしまうというのが本音だ。
今日からは、レセリカを表立って護衛する者がいなくなる。いつもいた人物がいなくなったことに気付く生徒はチラホラいたが、わざわざ聞いてくる者はいない。
もしかしたら、察してくれているのかもしれなかった。一般科の生徒はみな、レセリカに優しいのである。
リファレットがいなくなってしまったことを考慮し、ヒューイにはフレデリックと遭遇しないよういつも以上に気を配ってもらっている。
もし彼が近付いてくるようなことがあれば早めに合図をしてもらう、あえて遠回りをする、などだ。
そのおかげもあって、今のところレセリカは彼を見かけることすらない。
余談だが、今日はなぜかフレデリックの周囲で不自然な強風が吹くことが何度かあったという。優秀な影の護衛である。
こうして無事に一日を終えたレセリカは、授業が終わると急いで女子寮へと向かった。
自室へと帰る前のラティーシャを捕まえるためだ。やはり、どうしても彼女の様子が気になる。
貴族科にいれば絶対に噂は耳に入るだろう。事前に聞いていることとは思うが、人から尾鰭のついた噂を聞くのは精神的に参ってしまうのではないかと心配なのだ。
「ラティーシャ!」
女子寮の出入り口で待っていると、すぐに待っていた人物の姿を見付けることが出来た。
レセリカは足早に駆け寄ったが、ラティーシャはどうもこちらに気付いていないようだ。心ここに在らずといった様子でボーっとしている。
珍しい彼女の態度に、レセリカはさらに心配になる。
「え? ……ああ、レセリカ様。失礼いたしましたわ。考えごとをしていましたの」
近くまで来たところでもう一度声をかけると、ようやくラティーシャはレセリカに気付き、挨拶を返してくれた。
声には覇気がなく、明らかにリファレットのことで頭を悩ませているのが見て取れる。
彼女のやや後ろからは、アリシアとケイティもついて来ている。二人が浮かない顔をしていることからも、今日一日だけで色んなことを聞いてしまったのだろうことが察せられた。
「ラティーシャ。リファレットのことだけれど……」
「……ああ、その話でしたら聞いております。それがどうかして?」
あまり聞かれたくないことだとはわかっていた。けれど、黙っていることなどもっと出来ない。
レセリカが勇気を振り絞って訊ねると、ラティーシャはツンとした様子で答えた。
それを聞いてついに我慢が出来なくなったのだろう、アリシアが一歩前に出てラティーシャに声をかける。
「ラティーシャ。私もずっと聞きたかったの。だって、だって……貴女はリファレット様と婚約しているのに」
どうやら、アリシアもケイティも聞きたかったのをずっと堪えていたようだ。
レセリカが問いかけたことでようやく聞けたのだろう。二人の顔にも心配が見て取れる。
「別に……ただ、婚約の話は白紙に戻っただけですけれど」
「だけ、って……! そんな! 貴女はそれでいいの!?」
なんてことない、というように答えたラティーシャに、今度はケイティが食って掛かる。
言い方はきついが、心配してのものだということはわかる。
いつもであれば、こんな言い方をされればラティーシャは怒る。けれど、今日のラティーシャはどこまでも冷静で、不気味なほど大人しかった。
「私が何を言っても仕方のないことでしょう。もう、そんなことくらいで騒がないでくださらない? わたくし、今日は色んな方に顔色を窺われてうんざりですのよ。早めに自室に戻らせていただきますわ」
ラティーシャは一息でそう言い切ると、こちらを振り返ることなく足早に寮内へと入って行ってしまった。
あとに残されたレセリカを含む三人は、ただ黙って見送るしかない。
「レセリカ様。もう、どうにもならないのでしょうか……」
悔し気に呟くアリシアに、レセリカもキュッと眉根を寄せる。
許せないと思った。どう考えても、フレデリックが絡んでいる。
ラティーシャは、せっかく失恋を乗り越えてリファレットに歩み寄れていたというのに、その幸せさえも奪われるなんて。
「いいえ。出来ることはするつもりよ。だからアリシア、ケイティ。私の分も、今は出来るだけラティーシャの側にいてあげてね」
レセリカがそう告げると、二人は力強く頷いてくれた。レセリカもまた、絶対にラティーシャを救いたいと決意を新たにするのだった。
※
それからの学園生活は、ヒューイやダリアの尽力のおかげでレセリカは一度もフレデリックに会わずに済んでいた。
表立って護衛が出来ない二人ではあるが、その実力は素晴らしいとしかいいようがない。
ただ、目に見えて護衛をしてくれていたリファレットの存在は大きかったと、いなくなってから身に染みて実感することも多かった。
(目に見えて護衛しているとわかると、けん制になるものね)
つまり、いなくなった後の方がフレデリックがしつこいということだ。おかげで護衛二人のストレスは溜まりに溜まっている。
「しばらくはこっち優先になるな。ごめん、レセリカ。シィを見張る時間が減っちまう」
「気にしないで。とても助かっているのだから。いつもありがとう、ヒューイ」
不審な動きをすれば風が変わるから気付くらしいのだが、やはり直に見張っていないと不安は残る。とはいえ、文句も言っていられない。
「とにかく、明日はようやくドロシア様とお話が出来るわ。セオも一緒に来てくれるそうなの。そこで何かいい解決案が出てくるといいのだけれど」
忙しい合間を縫って時間を空けてくれる二人のためにも、なんとか解決策を導き出したいと願うレセリカなのであった。
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