第155話シスターと提案
教会の責任者であるシスターテレサに案内され、レセリカたちは教会の中へと入って行く。
礼拝堂のある大きな扉の前を通り過ぎ、事務室や来客室、子どもたちが寝泊まりする部屋がある建物へと向かった。
建物内に入ってすぐ右手にある来客室の前へ来ると、突然ダリアがピタリと足を止める。どうしたのかと振り返ると、ダリアは小さな声でレセリカに告げた。
「レセリカ様、私は部屋の外で待機しております」
「そう? わかったわ」
来客室内にはポーラもいるし、ヒューイも陰ながら見守ることだろう。ダリアが部屋の外にいても問題はない。
レセリカは特に疑問に思うことなく、ダリアに見送られながら室内へと足を踏み入れた。
来客室は狭く、大人四人が座れる対面式のソファーとローテーブルだけが置かれていた。もしかしたら、この部屋の広さを考えてダリアは遠慮したのかもしれない。
「どうぞ、お掛けください」
シスターテレサに促され、レセリカとキャロルが隣同士に座り、シスターテレサが向かい側に座った。
ポーラは、自分は騎士を志しているのでと頑なに座ろうとせず、レセリカも彼女の意思を尊重することにした。
そのため、ポーラはレセリカの斜め後ろで立ったまま待機している。
「レセリカ様は、とてもお優しいのですね」
「え?」
開口一番にそう告げたシスターテレサの言葉に、レセリカはわずかに目を丸くした。どこを見てそう思われたのかが純粋にわからなかったためだ。
「子どもたちへの対応を見ればわかりますわ。実をいうと……少し、警戒をしていたのです。どうして公爵家のお嬢様が、このような小さくみすぼらしい教会の援助を申し出てくれたのか、と」
だが続けられた彼女の言葉に、レセリカは得心がいったように頷く。言葉を濁してくれてはいるが、要するに疑念を抱いていたのだろうとわかったからだ。
「無理もないことだと思います。理由もわからずに援助だけを受け取るのは、裏がありそうですものね」
「い、いえ、そのようなことは……!」
ただ、レセリカはそのことで気分を害したりはしない。そう思われるのも仕方ないことくらいは察しがつくからだ。
しかし本人の前でハッキリとは告げられないのだろう、レセリカの言葉を聞いてシスターは焦ったように手を横に振った。
「わ、私どものような者が偉そうなことを……お気に障ったなら……」
「いいえ、どうかそんなに構えないでください。もし私が逆の立場であったなら、間違いなく訝しんだと思います。それが普通の反応ではないかと」
「……も、申し訳ありません」
どうやら、自分の無表情な顔が相手を威圧してしまっているのかもしれない。レセリカは途中でそのことに気付き、意識して笑みを作ってみた。
「謝らないでください。だからこそこうして、直接お話をしに来たのですから」
冷徹令嬢は今、ここにはない。わずかに口角を上げただけの笑みは、優雅でいながらとても慈愛に満ちた微笑みだ。レセリカの努力の賜物である。
シスターテレサはそんなレセリカを見てようやく安心したように小さく息を吐いた。どうやら少しは警戒を解いてくれたらしい。
レセリカはここで改めて挨拶と、ここへ来た理由を最初から説明することにした。
「私は今、イグリハイム学園の四年生です。今年からは将来の進路に合わせて、あらゆるコースを選択出来るのですが、私は一般科を選びました」
いずれは人の上に立つ身になるのだから、国のために出来ることを考えたかったこと。そして国を作っているのは国民であるということ。
それなのに国民の生活のことを自分はほとんど知らなかったことなどを、レセリカは正直に語る。
もちろんヒューイのことには触れない。当然、未だに接点のないアディントン伯爵家についてもだ。
「教会には、橋渡しになってもらえたらな、と思って……国全体の声までは聞けなくても、教会を通して街の人々の様子を少しでも知ることが出来たら、と考えたのです」
本当は、ベッドフォード家が教会の後ろ盾になったきっかけはヒューイのことなのだが、話した内容にも嘘はない。後付けの理由だとしても、きちんと向き合うべきだとレセリカはたくさん考えたのだ。
真っ直ぐな目で語るレセリカに、シスターテレサは感心した様子ながらも困惑を隠せない様子であった。
「とても素晴らしいお考えだと思います。ですが……お恥ずかしながらこの教会は、街でも浮いた存在ですわ。あまり人も来ませんし、お役に立てるかどうか……」
一般科のクラスメイトに聞いた印象からも、シスターテレサの言うことは理解出来る。ただ、今の状況を甘んじて受け入れている現状をどうにかしたいとレセリカは心から願っていた。
「だからこそ、人が集まりやすいように手伝わせてもらいたいのです。人が集まれば、情報も集まるでしょう? 子どもたちのためにも、地域交流は大切だと考えます」
教会で育った子どもたちの就職は難しい。よほど何か能力に秀でていない限り、そのまま教会で手伝いをするか、街の掃除や、良くてどこかのお店の下働きとして雇ってもらえるのがやっとなのだ。
そうした現状があるからこそシスターテレサも言葉に詰まり、黙ってレセリカの話に耳を傾けた。
「まずは花や木を植えて、子どもたちが遊んでいた広場を小さな公園のように整備するのはどうでしょう。教会の子たちだけでなく、小さな子どものいるご家庭が散歩に来てくれるかもしれません」
「そ、それは、こちらとしても喜ばしいことですが……」
「資金や整備の手配はこちらでします。まずは、人が来やすい環境作りからさせてもらえませんか?」
言葉を遮るようにレセリカが告げた提案は、シスターテレサを驚愕させた。
「そん、そんなこと、とんでもありません! ただでさえベッドフォード公爵様には多大なるご支援をいただいているというのに、これ以上は……!」
「その支援は、教会の運営に回していただいているはずです。建物の老朽化も進んでいますし、まずは補修に使うのですよね? 子どもたちも育ち盛りでしょうし、食費や生活費だけでもかなりかかるかと思います。ですから、環境作りは私が個人で行いたいと思っているのです。父とは別に」
シスターテレサは今度こそ言葉を失った。なんと言っていいのかわからない様子だ。
「レセリカ様! 手配なら、私も少しはお役に立てるかもしれませんよ」
「整備のお手伝いなら、私もさせていただきます! とは言っても、私に出来ることなんて力仕事くらいですけど」
すると、これまで黙っていたキャロルやポーラも手伝いを名乗り出てくれる。レセリカはそのことが何よりも頼もしく感じた。
「ああ、このご恩をどうお返ししましょう……本当に、本当にありがとうございます……!」
目に涙を浮かべながら何度も頭を下げるシスターテレサを宥めつつ、レセリカたちはさらに具体的な案を出しながら話し合いを続けるのだった。
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