第128話親子の語らい


 てっきり謁見の間に通されると思っていたレセリカだったが、案内されたのは客間であった。

 レセリカはいずれ自分たちの娘となる存在。家族のように気楽に過ごしたいからという国王陛下の意向である。


 ゆったりとソファーに座り、学園でのことをセオフィラスに問う陛下の様子は、国王ではなく一人の父親の顔だとレセリカは感じた。

 恐らく、こういった時間は昔から当たり前のように設けられていたのだろう。セオフィラスが優しく、しっかり人を見ることが出来るのはこうした親子としての時間があったからかもしれない。


 もちろん、親子としての時間は貴重なものだろう。何せ政務で忙しく、学園へ通うようになってからは王妃ドロシアも含めて顔が揃うのは難しいだろうからだ。


(陛下もドロシア様も、セオに会えて嬉しそうだわ)


 そんな家族の憩いの場に自分がいてもいいのかと思うのだが、ここへ来る前からずっセオフィラスに手を握られたままなので離れることも出来ない。そもそも勝手に出て行こうという失礼なことはしないのだが。


「ところでレセリカよ。一般科に進むと聞いたが、それは本当かな?」


 親子で談笑している中、急に話を振られたレセリカはハッとして陛下を見た。

 穏やかにこちらを見つめる瞳を見るに、特に一般科へ進むことを反対はしていないように見える。そのことに内心で安堵しながらレセリカは小さく頷いた。


「はい。実際にこの目で見て、経験して、街で暮らす方々の考えを理解したい、と」

「聞いた時は驚いたぞ。良案ではあるが、思いついたとしてもそれを実行しようとする貴族はいまい」


 陛下は感心したように何度も頷いている。どうやら陛下はこの進路に賛成のようでレセリカは安堵した。


「次期王太子妃としては、少々お転婆な気がしますけれどね」


 しかし、続く王妃ドロシアの言葉には冷や汗が流れた。

 美しく、やや冷たい印象を受けるドロシアは、政務もこなすやり手であることで有名だ。外聞やマナー、常識外れなことは許せないのかもしれない。

 レセリカとしては咎められることは覚悟の上だったため、心して受け止めようという姿勢だ。


「母上、ですがレセリカは……」

「セオフィラス。まだ母の話は終わっていませんよ」


 ピリッとした空気を感じ取ったのだろう、セオフィラスがレセリカを庇おうと口を出したが、ドロシアはそれをピシャリと止めた。

 それから再び視線をレセリカに向けると、口元だけで微笑みながら優雅に言葉を続ける。


「この後、お時間いただけるかしら? ぜひ、貴女と二人きりでお茶を楽しみたいのだけれど」

「はい。喜んでご一緒させていただきます」


 きっと、二人きりになってから注意や叱責をされるのだろう。だが、そこに恐怖や緊張はなかった。

 例え厳しい言葉を投げかけられたとしても、そこには国のため、王室のためという王妃としての心得があるのだと理解しているからだ。


 人通り学んではいるし、全て完璧に覚えてはいるものの、現王妃から直々の指導というものは受けたことがない。これを機に、様々なことを学んでおきたいとレセリカは考えていた。どこまでも素直である。


 全ては、セオフィラスの隣に立つため。そして隣で彼を、守るためなのだ。


「レセリカ……その後は、私に時間をくれる?」


 一切の動揺を見せずに即答したレセリカを見て、セオフィラスもその覚悟を瞬時に理解した。

 ならばここは何も言わずに見送り、後でフォローに回ることにしたのだろう。瞳にはどこか心配そうな色が見てとれた。


「はい。セオ・・様が、お忙しくなければ」

「何を言っているの。忙しくても時間を作るに決まっているでしょう」


 セオフィラスとレセリカの僅かなやり取りを見ていた国王夫妻は軽く目を見開く。セオフィラスがレセリカに愛称で呼ぶことを許した。それだけで彼の意志がよくわかったのである。


 加えてレセリカに向ける眼差しが間違いなく彼にとっての特別であることを証明している。

 それはまだ一方通行のようではあったが、息子の性格をよく知っている二人は彼がレセリカを決して離さないだろうことを瞬時に察した。


「あらあら。仲の良いこと」

「我が息子ながら、腹黒いな……」

「失礼な言い方はやめてください、父上。何もおかしなことはないでしょう」


 ちなみに、ここへ来る前に愛称で呼ばせるようにしたのも、仲睦まじい姿を見てもらったのも、全てセオフィラスの計算であることは言うまでもない。


「それにまだまだです。私はもっと、レセリカと親しくなりたいと思っているから」


 握ったままだったレセリカの手を優しく持ち上げ、セオフィラスは指先にそっと口づけを落とす。

 前にもされたことがあったが、やはり慣れなかった。不快になるわけではない。ただひたすらに恥ずかしくなって、どうしても顔に熱が集まってしまうのだ。


(フレデリック殿下には、髪に触れられただけでとても嫌だったのに)


 この違いはきっと、あの時のフレデリックが無礼だったせいだろう。レセリカはそう結論づけた。


「愛らしいな」

「当たり前です。レセリカは世界一かわいいですから」

「ははは! まさかセオフィラスからそんなセリフを聞ける日が来るとはな!」


 真っ赤になったレセリカを見て愛おしげに呟いた陛下に向かって、ややムッとしたようにセオフィラスが言い返す。


 その言葉を聞いてさらに機嫌良く、豪快に笑う陛下の声が室内に響き渡ったが、レセリカはそのやり取りすら恥ずかしく、俯くことしか出来ないのであった。

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