第106話偽りか真か


 レセリカは早速シィにコンタクトを取ることを決めた。


 シィが見せたかったのはフレデリックであると考えていいだろう。とはいえ、それがレセリカの望むもの、という意味が理解出来ない。フレデリックとの接点などなかったのだから。

 フレデリックが王位を狙っている、という噂が出てきたのだから出来れば会いたくなどない。とてもじゃないが、シィの伝言のようにレセリカが望むものとは言い難かった。


 出来れば来週、フレデリックが学園に来ると言っていた日までに聞いておきたい。それなら余計に迷っている時間などないのだ。


 その日の授業を終えてダリアに目配せをすると、レセリカは教室を出て行ったシィを早足で追いかけた。


「シィ先生」

「はい? ……これはこれは、レセリカさん。どうされましたか?」


 廊下に出たところで声をかけると、シィはすぐに振り返ってくれた。穏やかな微笑みを浮かべているシィではあるが、今はその笑みが怖く見える。

 しかしレセリカはそれを一切表に出すことなく、淡々と用件を伝えた。


「先日、クラスメイトから伝言を預かりました。シィ先生が私にと。間違いはありませんか?」

「伝言……ああ、そうでしたね。間違いありませんよ。それで、どうしました?」


 シィの返答に、レセリカは引っ掛かりを覚える。


 あのような伝言をしたのなら、どうしましたか、と問うのは不自然だ。どうでしたか、ならわかるのだが。


 自分は試されているのだろうか。緊張と不安が押し寄せてきそうになったが、レセリカはお腹に力を入れてどこまでも平静を装う。


「言われた通りの場所に向かってみましたが、先生がどういった意図でその伝言を私に告げたのかがわかりませんでした。何か大事なことを見落としていたのではないかと心配になりまして……ですから、直接お聞きすることにしたのです」


 試されている気はする。だがそれが何だと言うのか。こちらに後ろめたいことはないのだから、堂々と嘘偽りなく伝えればいいだけである。本当のことをいくつか伏せているだけで。

 余計なことさえ言わなければいい。レセリカは前の人生でそうした話し方が身に付いている。それが自分の気持ちを押さえ付けることにも繋がっていたのだが、今はその技術を最大限発揮する時だ。


「そこでは、何も見付けられなかったのですか?」


 ただ、相手は水の一族の中でも曲者と噂されているシィである。実際、こうして対面しているとそれがよくわかるとレセリカは感じていた。油断すればすぐ彼の手の上で転がされそうだ。

 こちらのペースを崩してはならない。レセリカは慎重に言葉を選んだ。


「意外な方に、お会いしました」

「ほう」


 嘘は言わず、全ては語らず。不思議そうに首を傾げたシィではあるが、まず間違いなくその人物に心当たりがあるはずだ。

 だというのに、そんな様子を微塵も感じさせない。本当に何も知らないのではないかと思ってしまいそうになる。


「シィ先生がお呼びしたのでしょうか」

「まさか。ただその状況で誰かがいたというのなら、貴女がそう思われるのも無理はありませんね。ですが、違いますよ」


 苦笑を浮かべながら告げるシィの様子は自然体で、とても嘘を吐いているようには見えない。本当に嘘を言っていないか、あるいは嘘を吐くことが彼にとっての「自然」なのか。


 いずれにせよ、大事なことは言っていないだろうことは察せられる。その点についてはレセリカも同じ。


 この会話は、もはやレセリカにとって戦いであった。


「恐らく、その方が貴女にとってとても重要な存在となるのでしょうね……」

「どういう、ことですか?」


 そこへ、シィが意味深なことを告げた。思わぬ発言に驚いてレセリカの言葉は一瞬だけ途切れてしまったが、動揺は見せていないと思いたい。

 まったく、この男は意表を突くのがうまい。


「そのままの意味ですが……? ああ、言い忘れていましたね、失礼しました。僕は水を使って占いのようなものをするのですよ」

「占い、ですか?」


 ニコリと微笑みながら話したその内容は、女生徒が食いつきそうな話題でもあった。

 女性で、しかもレセリカたちの年頃は占いの類を好む者が多い。ただでさえ外見や纏うオーラから人気のあるシィがそんなことを言い出したら、喜んで話を聞きたがる生徒は大勢いるだろう。


「ええ、趣味の範囲ですがね。皆さんと仲を深めるため、また占いの練習も兼ねてクラスの皆さんを簡単に占ってみたのですよ。そこでたまたま、貴女があの場所で見つけたものが幸運をもたらす、というような結果が出ましたので、念のためお伝えしたまで。深い意味はありませんよ」


 もし、これが嘘だというのならたいしたものだ。感嘆してしまうほど嘘を吐くのが上手い。あまり褒められたものではないのだが。


 ただ冷静に聞けば、その内容はかなり胡散臭い。まるで取ってつけたような言い訳だ。

 シィが本当に占いをするのかどうか、またそれが事実だった場合の評判など、裏を取る必要がありそうである。レセリカは心のメモに記しておいた。


「とても良い結果でしたから、黙っておくのも勿体ないと思ったのですよ。貴女に幸運があれば、と。その出会いをどう捉え、その後にどうするかはレセリカさん次第です」


 彼の言うことが真実であれ偽りであれ、彼がこれ以上のことを話すつもりがないことはわかった。

 恐らく、このまま話していても時間を無駄にしてしまうか、最悪こちらに疑惑を持たれかねない。そろそろ切り上げようとレセリカが思った時だ。


「レセリカさんは、占いはお好きですか? それとも、あまりお好きではありませんか?」


 シィに個人的な質問を挟まれてしまった。まるでこちらがそろそろ立ち去ろうとするのを引き留めるかのように感じる。

 深読みしすぎといえばそれまでなのだが、妙な胸騒ぎがレセリカを襲う。


「とても興味深いと思っています」


 レセリカはさほど占いに興味はない。ただ、どのように占って、どういったことを根拠として結果を出しているのかは興味がある。ただそれだけだ。

 そのため、当たり障りのない返事となってしまったのだが問題はない。レセリカがあまり興味がないということをシィも察しただろうが、知られて困ることでもないのだから。


「そうですか。ならば今、特別に貴女をくわしく占ってみましょうか?」


 だというのに、わざわざ食い下がってくるシィはまるでレセリカを不快にさせようとしているかのようだ。考えすぎであればいいのだが、曲者と呼ばれている彼のこと。恐らくわざとなのだろう。


 だが、その挑発に乗ることはない。特別に占ってもらうことにはもちろん興味はないし、この程度でレセリカは不快にはならない。

 それに、レセリカは何かを断ることが得意だった。


「いえ。そのお誘いはとても魅力的なのですが、そろそろ寮室に戻らなくては。予習の時間がなくなってしまいますから」

「それは残念。貴女なら予習などせずとも問題ないでしょうに。真面目で模範的な生徒で、大変喜ばしいですね」


 さすがに教師が勉強をするという生徒の言葉を無視することは出来ないだろう。その目論見通りにいったのか、どう断ってもあっさり引き下がるつもりだったのか。


 いずれにせよ、シィがここで話を終えてくれる雰囲気を察してわずかにホッと安堵する。と同時に、ならばまたの機会にと微笑みを浮かべたシィの顔をジッと見つめた。最初から最後までこの微笑みの仮面は揺らがないらしい。


「……お引き留めして申し訳ありませんでした。では、失礼いたします」

「ええ、また明日」


 レセリカはシィの「またの機会に」の返事はせず、軽く会釈をしながらシィの短い返答を聞いた。それからすぐにその場を立ち去る。


 寮室に戻る最後の瞬間まで気を抜かずにいたレセリカは、誰が見ても冷徹で完璧な公爵令嬢であった。

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