第54話フォローと思考の切り替え


 二人の前まで歩み寄ってきたリファレット・アディントンは、見下ろすような形でレセリカの前に立つ。


「殿下の婚約者……そしてあの方の……」


 身長差があるからか、彼に思うところがあるからか。もしくは気のせいかもしれないが、リファレットから感じる威圧にレセリカは小さく身体を震わせた。


 いち早くそのことに気付いたのは隣にいたフィンレイだ。さり気なくレセリカを庇うように一歩前に立ち、のんびりとした口調でリファレットに話しかける。


「こんにちは、アディントン伯爵家のリファレット様。同じチームのようですね?」

「ああ、もう一人はバクスターか。殿下の護衛だったな?」


 威圧感は彼から放たれる伯爵家としてのオーラのようだ。上に立つ者としてのそれは決して悪意があるわけではない。ただ、どうしても自分より立場が下の者が相手だと威厳のある態度になってしまうだけである。


 その気持ちはレセリカにもわかる。自分も、周囲から侮られぬようにと言われ育ってきた経験があるからだ。特に彼はいずれ伯爵家を継ぐことになる長男。より威圧的な態度になってしまうのは仕方のないことだ。


 自分と彼は今が初対面だということもわかっている。今ここで怯えてはいけないとレセリカは必死で自分に言い聞かせていた。

 しかし、前の人生で糾弾された恐怖がどうしても蘇ってくる。レセリカが声を出せるようになるまでもう少しだけ時間がかかりそうだった。


「アディントン伯爵子息。そのように威圧的だと女生徒は皆怖がってしまうよ」

「! 殿下……っ」


 突然レセリカの背後から涼やかな声が聞こえ、背中に温かな手の温度を感じた。

 その手がセオフィラスのものだと理解した瞬間、ホッと息を吐き出す。その時はじめて、自分が息を止めていたのだと気付いた。


 一方で、リファレットは慌てたように頭を下げている。たった今同じ教室内にいたことに気付いたようだった。

 

「も、申し訳ありません。ただ、私にそのような意図はなく……!」

「それもわかっているよ。でも、配慮はしてもらいたいな。私の婚約者を怖がらせないでほしいんだ」


 にこやかに微笑みながら告げたセオフィラスは、婚約者にも他生徒にも優しい王太子だ。周囲の者の目にはそう映っている。

 そのため、彼の言葉に込められた裏の意味に気付いた者は護衛の二人くらいだろう。

 次にレセリカを怖がらせたら許さないという強い感情だ。


 ジェイルとフィンレイは表情を取り繕うのに必死である。


「フィンレイ」

「わかっています。レセリカ様のことはお任せください」


 セオフィラスがその笑顔を崩さぬまま小声で自分を呼んだその意図を、フィンレイは正確に理解した。同じチームの者として、常にレセリカを守れということだろう。

 優秀な護衛であり側近だからと言えば聞こえはいいが、単純に付き合いが長いからこそ察せるのである。


 それからセオフィラスはレセリカの顔を覗き込んでくる。空色の瞳に不安げな顔をした自分の顔が映っていることに気付いたレセリカは、ようやくいつもの調子を取り戻した。


 いくら未来で自分を陥れるかもしれない相手でも、今はまだ違う。勝手に怖がるなんてリファレットに対して失礼になる、と気持ちを奮い立たせた。


「レセリカ、出来るだけフィンレイから離れないようにするんだよ。本来なら私が側にいたいのだけれど」

「ありがとうございます、セオフィラス様。大丈夫です。背の高い方でしたので、少し驚いただけですから」


 それに、セオフィラスや出会ったばかりのフィンレイに心配をかけてしまうのは気が引けた。きちんと自分で向き合わなくては。


(ちゃんと、自分の言葉で……!)


 何度も自分に大丈夫と言い聞かせながら、レセリカはグッと顔を上げてリファレットの青い瞳を見つめた。


「はじめまして、レセリカ・ベッドフォードです。失礼な態度をとってしまって申し訳ありません」

「お会い出来て光栄です、ベッドフォード公爵令嬢。こちらこそ、怖がらせてしまったようで申し訳ありませんでした。同じチームとして誠心誠意、学園を案内いたしましょう」


 緊張したような表情からは彼の考えを読めない。だが最初に呟いた言葉からも、リファレットはレセリカに対して何かしら思うところがあるのではと予想される。


(あの方の、と言っていたわ。あの方って、誰のことかしら……)


 もしかすると、今後のことに関わる大事なことかもしれない。

 同じチームになったことは不安でしかないが、チャンスとも言える。レセリカはそう思考を切り替えることにした。


「きゃあっ! まさか、そんなぁっ!」


 そんな時、近くで可愛らしい女性の喜色に満ちた悲鳴が聞こえてきた。

 その声には聞き覚えがある。レセリカが振り返ると、予想通りの人物が興奮気味に頬を染めている姿が目に入った。


「運命って、あるのかもしれませんわ。嬉しいっ! まさか殿下と同じチームになれるなんて……!」


 ストロベリーブロンドの髪を揺らし、無邪気に笑う女生徒ラティーシャの手には、セオフィラスと同じ二十三と書かれた紙が握りしめられていたのだった。

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