第42話ウィンジェイドとレッドグレーブ2
風の一族は、元素の一族の中でも異質な存在である。というのも、あまり詳しく語らないからこそ謎が多いのだ。知られているのは、彼らが最も数の少ない一族であるということ。それから単独行動が多いということ。
「自由奔放で、使命がなければ行動理由は風まかせ? 風にまかせて城に侵入したらレセリカ様に出会ってしまったってわけですか。……本当に存在したのですね」
ダリアが思わずそう言ってしまうほど、見た者が少ないことでも有名だった。
もちろん、ダリアだって本気でいないと思って言ったわけではない。少年を見てすぐに風の一族だと言い当てる程度には、その存在に聞き馴染みはあったのだから。
「まーね。あんまり人前には出ていかないようにしてるし。だってほら、オレらって目立つじゃん。髪の色とかさー。もっと普通が良かった」
少年は肩に流れている緑がかった金髪を指でつまみながら口を尖らせている。
確かに、その髪の色は他にはない。水の一族も珍しい色を持っているのだが、彼らの方がまだ目立たない。明るいエメラルドグリーンにも見える髪色は、少年にとって少々コンプレックスなのだ。
「ともかく! 知らねーなら教えてやるよ。オレたちはな、主と決めたら絶対に裏切らないんだよ。金でホイホイ釣られるような水の一族や、仕える対象が人じゃない地の一族とは違うんだ」
「ああ、それは聞いたことがありますね。でもそれは主がいれば、でしょう。どうせ今はいないのでしょ? そうでなければこんなところで暇を持て余しているわけありませんから!」
「人をヒマ人みたいに言うなよ……確かに主はいないけどよ」
ズバズバと直球で言葉の刃を振るうダリアに、少年の口元は引きつっている。あまりにも歯に衣着せない言葉のオンパレードで、メンタルの弱いものならすぐに泣いて逃げ出すだろうと少年は思った。
「秘密主義の一族ですが、主命が絶対であるのは有名な話ですし、信用出来ます。恩を返さずにはいられないのも。ですが、もう恩返しは終わったのでしょ? いくら頼まれたからって、誇り高き風の一族が貴族の娘を気にする理由はなんですか」
そんなダリアだったが、他の一族に対する敬意は持っているらしかった。そのことに少年は驚く。火の一族らしからぬ考えだと思うからだ。
ヤツらは自分たちこそ至高だと信じているような、上から目線の連中だ。他者に敬意など払わない。けれど、ダリアは違う。本当に、一族の掟が肌に合わなかったのだろう。少年はダリアの境遇に少し同情した。
「……なんでだろうな。なんか、危なっかしいなって思ったから、かな」
だからこそだろうか、少年もダリアに対して最低限の敬意は持っていようと決めた。聞かれたことには素直に答え、彼女の在り方を尊重しようと。
「私がいるのですから問題ありません!」
「いや、そうだけどよ」
とはいえ、必要以上に親しくなろうとは思えないのだが。
さて、少年は言われて初めてなぜ自分がレセリカにこだわるのかを考え始めた。ダリアの言うように、確かに自分が彼女を気にする理由はない。恩返しは済んだことだし、もうさよならでいいはずなのだ。
友達だというのも、気が向いた時にフラッと遊びに行くだけでいい。こんな風にコソコソ様子を見る必要などない。
それなのに別荘で話したあの夜、頼まれもしないのにレセリカが受け取ったお菓子を一つだけ食べるつもりが、なんとなく全部食べて毒見してしまったし、今日だってなんとなく王太子とのデートの様子を見に来てしまった。
そもそも、自分は貴族という存在があまり好きではない。高飛車で、人を見下す感じが他の元素の一族みたいで苦手だからだ。
(けど、お嬢サンはそんな感じがしないんだよな。見るからに貴族令嬢のオーラを放ってんのに)
しっかりしているように見えて、どこか抜けている。人の目に触れる場所ではいつだって凛とした姿勢を崩さず、完璧なご令嬢だ。けど、不意打ちにやや弱く、困ると小動物のように震えたり俯いたりする。
その様子が本当に危うくて、放っておけないのだ。
そこまで考え付いたところで、自分の中で結論が出たことに気付く。少年はハッとしたように顔を上げた。
「あ、そうか。オレ、あのお嬢サンを主にしたいんだ」
「は、はぁっ!? み、認めませんよ、私は!」
認めてみれば、なんてことはなかったのだ。放っておけないということは、守りたいと思っているのと同じ。
少年はたった今この瞬間、レセリカを生涯の主と決めて仕えることをあっさりと決めてしまった。
「ははっ! 風の一族は、主を自分で決める。他に従者がいようが関係ないね。アンタの許しなんか必要ない」
「……そうですか」
「いや、待て。やめろ、殺そうとすんな。やっぱり物騒だな、元レッドグレーブ!!」
ニヤッと笑いながら宣言してみせたのに、急に表情を消してナイフを出したダリアを見て大慌ての少年。締まらない。
「ふっ、冗談ですよ」
と言いつつ、手にはナイフを持ったままのダリアに、少年はわかりにくいんだよ、と横目で睨んだ。本気でやるつもりはないが、半分以上は本音であることがわかる。
「レセリカ様をお守りする立場になるのならいいですよ、もう。王太子妃になったことで敵も増えるでしょうから、使えるコマがもう少し欲しいと思っていましたし」
「てめぇ……道具扱いすんなよな。あと、お前の下につく気はねーから」
レセリカに仕えることを決めたはいいが、もれなくこの危険な女がいつも近くにいると思うとなんとも言えなくなる。少年は内心で大きなため息を吐いた。
「ああ、あと。私のことをレセリカ様に言ったら……」
「は? ……別の一族とはいえ、人の秘密を軽々しく言うわけねーだろ。みくびんな」
ナイフをちらつかせて脅してきたダリアだったが、少年は怯まなかった。侮辱されたように感じたからだ。スッと真顔になった少年はダリアに殺気を飛ばす。
「それは失礼しました。……最後に一つ、聞かせてください」
さすがに悪いと思ったのだろう、ダリアもすぐに謝罪した。それから続けざまに相変わらず睨み続ける少年に問いかける。
「あ? 名前は主にしか呼ばせねーからな」
不機嫌そうに答えた少年に、それはどうでもいいですと告げてダリアは武器をしまう。身体ごと彼に向き直り、ダリアは真剣な眼差しで少年を見つめた。
「貴方は今、何歳になるのですか」
風の一族は見た目通りの年齢ではない、というのは元素の一族の間でまことしやかに噂されていた。どういうわけか歳を取らないだとか、逆に老人に見えて実はすごく若いだとか。
そんなおかしな話、あるわけがないとはわかっている。ただの噂だと。だが、根も葉もない噂が流れることもないのだ。
ダリアとしてもあまり本気にはしておらず、実際のところどうなのかとほんの少し気になっただけのことなのだろう。そこまで期待せずに返答を待っているようだった。
それを受けて、少年は先ほどまでの不機嫌な雰囲気を消し去り、ニヤッと悪戯を思いついた子どものように笑う。
「ひ、み、つ」
「食えない男ですね……絶対にこき使ってやります!」
「お断りだ、バーカ!!」
愉快そうに笑いながら、少年は風のようにトントンと軽い足取りで植物園を後にする。背後でダリアが小さくため息を吐くのを背後で感じていたが、振り返ることはなかった。
なぜなら少年は余裕ぶっていたものの、内心で寿命が縮まったと冷や汗をかいていたからである。
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