第22話休憩と侵入者
セオフィラスとレセリカのダンスが終わった後は招待客がそれぞれ踊り始める。セオフィラスはそのまま一度下がるようだ。
姉の下へとやってきたロミオにレセリカを託すと、国王夫妻のいる前方へと戻っていく。その姿を令嬢たちがダンスをしながら目で追っていた。
それには気付かないフリをして、レセリカはそのままロミオと一曲踊り始めた。
「姉上、先ほどのダンスはとても素晴らしかったです! 相手が殿下なのが悔しいのですが……僕には上級ステップはまだ出来ませんから」
ロミオはレセリカの素晴らしいダンスに興奮しながらも、どことなく悔しさを滲ませている。自分にはまだ無理だとはいうものの、ロミオのリードはとても上手く、きっとすぐに上級も踏めるようになるだろう。
「ロミオは、相手を思いやろうという優しい気持ちが伝わってくるリードの仕方だわ。上級ステップが出来ることよりもずっと大切なことよ」
「姉上……! はい! この一曲、大切に踊らせてもらいます」
姉弟は穏やかな気持ちで手を取り合う。先ほどは目まぐるしく移り変わった景色も、今は緩やかに流れているようにレセリカは感じていた。スタンダードステップであるというだけではないだろう。気を許した弟が相手だからこそ、落ち着けるし、楽しいのだ。
とはいえ、さすがにハードなダンスの後に続けて踊ると少々の疲労を感じる。ロミオとのダンスを終えると、すぐに二人で挨拶回りに向かうことにした。
知り合いとの挨拶であったためか、皆が気さくに婚約への祝福を告げてくれる。深入りしてこないのはありがたかった。その辺りの距離感を保ってくれる知り合いで良かったと、レセリカは胸を撫で下ろす。
それに、挨拶に回る人数も少ない。縁者で、同じ年頃の子どもがいる家がそこまでないからである。
ただロミオは次期当主として繋がりを作っておきたい家の者とも挨拶をしなければならない。一通りレセリカの挨拶回りを終えた後、ひたすら離れるのが心配だと訴えた。
「それなら、私はもう控室に向かうわ。実際に少し疲れてしまったし……。そこでロミオを待っているから。お城の兵士や侍女が案内してくれるし、それなら安心でしょう?」
「そ、そうですか? わかりました。僕も終わり次第すぐに向かいますから。そうしたら一緒に帰りましょう」
レセリカの今日の役目は全て終わったのだ。もう会場に残る理由はないのだから、レセリカとしても問題はなかった。
ようやく納得したロミオを送り出すと、レセリカは近くにいる侍女に声をかけて控室へと向かう。その際、退出に気付いたらしいオージアスが扉の付近でレセリカに声をかけた。
「控室に戻るのか」
「はい。少し疲れてしまって」
「……共に行くか?」
「いいえ。ロミオがまだ頑張っていますから。どうか最後まで見届けてください」
今日はレセリカのデビューで婚約発表の日ではあるが、ロミオのデビューの日でもあるのだ。自分の出番は終わったのだから、せめて父には弟のことを最後まで見てもらいたかった。
「わかった。では、控室でゆっくりしていなさい」
「ありがとうございます。そうさせてもらいます」
オージアスに見送られ、レセリカは城の侍女の案内で先ほど使っていた控室へと戻っていった。
部屋に戻ると、テーブルにはティーセットと焼き菓子が用意されていた。お茶を淹れるかと聞かれたが、少し休みたい旨を伝えると心得たとばかり侍女は微笑んだ。
それから、ドアの向こう側に兵士が待機しているので何かあればすぐに伝えてください、とだけ言い残して退室していく。
過不足ない対応はさすが城勤めといったところだ。ただ、今は待機部屋にいるダリアも優秀さでは負けていない、とレセリカは密かに思っている。
室内に誰もいなくなったところで、レセリカはゆっくりと窓際に近付いていく。
ずっと室内にいたことで時間感覚がなくなっていたため、まだ明るい外の景色を見て空気を吸いたいと思ったのだ。
窓を開けようと手を伸ばした、その時だった。
音もなく外側から窓が開き、何者かが室内に転がり込んだ。
さすがにレセリカもかなり驚いて目を見開いたが、声を上げることは出来なかった。咄嗟に悲鳴を上げられるようなタイプでもなかったのだ。
何者かは、男性のようだ。薄茶色のフードマントを被っており、しゃがみこんだまま呻いている。それからゆっくりと顔を上げた男性は、驚いたようにレセリカに目を向けた。
「げっ、人がいたのかよ……」
そして、声変わりの完全に終えていない幼さの残る声でそう呟いた。どうやら、まだ子どものようだ。
とはいっても、レセリカよりは年上に見える。十三、四歳ほどだろうか。背も少し高く、細身ではあるが筋肉質なのがパッと見でわかる。
(なんだか、どこかで見たことがある気がするわ……)
突然の侵入者に驚きながらも、レセリカは瞬時に気持ちを落ち着かせた。そして既視感を覚える。
フードからチラッと覗く緑がかった淡いくすんだ金髪に、緑の瞳。この特徴的な髪の色は印象に残っている。
「っていうか、お嬢サンの気配がなさすぎ。このオレが油断するなんて……」
間違いなく、前の人生で見かけている。レセリカは必死で記憶を探った。
「腹が減りすぎたせいだ……くそっ、誰もいなきゃ盗み食いしたのに」
男性、いや少年は口を尖らせながら部屋を出て行こうとしている。侵入者としてはあるまじき大胆さで、堂々と部屋の扉から。
そもそも、レセリカがいたというのに戸惑う様子もない。子どもだからと侮っているのかもしれない。
しかし今はそんなことはどうでもよかった。レセリカは咄嗟に彼を呼び止める。
「待って」
「あん?」
少しずつ思い出してきた。彼をどこで見たのか。
確か彼は、いつもレセリカを糾弾していたアディントン伯爵令息とラティーシャの傍らにいた。でもすぐにその人だと気付かなかったのには理由がある。
「扉の向こうには兵士がいるから。見つかってしまうわ」
「……そりゃ、どーも」
今の彼には顔に紋章がないのだ。そう、奴隷紋が。
記憶にあるこの少年の右頬には、奴隷紋が焼き印として刻まれていたはず。だが、今の彼にはそれがない。
つまり、この時点で少年はまだ奴隷にはなっていないということだ。
(ここで捕まったら、巡り巡ってアディントン伯爵の奴隷にされてしまうかもしれないわ。あの記憶のように)
それだけは、なんとしても避けたかった。なぜなら彼には特殊な力があるのだから。
おそらく、自分に濡れ衣を着せるための情報集めは彼がやっていたことだ。それが出来るだけの能力があると確信出来るのは、彼が
(思いもよらず私は今、運命の分かれ道に立っているってわけね……)
レセリカは覚悟を決めて、真っ直ぐ少年を見つめた。
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