第14話移動と思案


 新緑の宴が始まるのは午後からだ。ではなぜ、レセリカたちが朝から会場である王城へ向かっているのかと言えば、王太子と事前に顔合わせをするためである。


 さすがに、宴にて初対面となるのはよろしくないし、婚約者として紹介するためにはそれなりに手順というものがある。そのための大事な打ち合わせでもあった。


(その点、前は不参加だったから殿下の報告だけで済んで楽だったのよね)


 楽どころか、当日レセリカが何かをすることはなかった。発表以降は婚約者がどんな令嬢なのかを探るため、方々からお茶会の招待状が大量に送られてきたのだが。それはそれでとても大変だった、とレセリカはあの時の記憶を思い返して心の内でため息を吐いた。

 今回もお茶会の誘いはあるだろう、と覚悟は決めているが……。


(前のように、全てに参加するのはやめましょう。疲れてまた倒れてしまってはいけないもの)


 前回、父はお茶会の何たるかをあまり知らず、招待状が来るたびにレセリカに「参加でいいか」という聞き方をしていたので、断れなかったレセリカは全てに出席していた。

 そのため、当時のレセリカは全てを終えた後に疲労で倒れ、数週間ほど寝込むこととなってしまったのである。あのような失敗をする方が迷惑をかけるので、誘いがあった場合は受けるものを厳選しなければ、とレセリカは頭の中にメモしておく。


「父上は、王太子殿下とお会いしたことがあるのですか?」


 移動中の馬車の中で、ロミオが父に訊ねる。オージアスは小さく頷いてから答えた。


「うむ。とはいえ、遠くからお見かけする程度だ。話をするのは今回が初めてだな」

「意外です。確か、国王陛下とは同級生で、親しくされていたのですよね?」


 いつの間にそんな情報を仕入れたのか、ロミオの質問攻撃は続く。陛下と同じ学校に通っていたのは知っていたが、親しくしていたというのはレセリカにとって初耳だった。


 聖エデルバラージ国、国王パーシヴァル・オル・バラージュ。王太子殿下と同じアッシュゴールドの髪を持つ美丈夫で、民に愛される良き国王である。


 前の人生ではレセリカに処刑を言い渡した人物でもあるため、本音を言うとレセリカは国王に会うのが怖かった。

 国王はただ状況証拠や捏造された物的証拠から裁きを下しただけではあるが、首を落とされる決定打となったことは間違いない。息子を殺されたショックと怒りでレセリカが犯人だと疑うこともなく、調べ直してほしいという父や弟の願いは却下されたのだ。


(親しくしていたのならなぜあの時、お父様の訴えに耳を傾けてくださらなかったのかしら……)


 レセリカの胸は痛み、より恐怖心が増す。


「親しい、と言えるかはわからん。エグバート……マッカロー侯爵と同じような間柄だ」

「それって結構、遠慮なく物を言える仲ってことですよね?」

「陛下相手に進言など、畏れ多い」


 相変わらずの仏頂面でそう告げた父だったが、そんなことは微塵も思っていないだろうことはロミオにもレセリカにも伝わった。会話が増えたことで、子どもたち二人もだいぶ父の考えがわかるようになってきたといえよう。


(ますます、不思議ね……)


 気にし過ぎと言われればそれまでなのだが、レセリカは改めてあの王太子殿下暗殺の罪を誰が自分に擦り付けたのかと考えた。その目的も謎のまま。

 当時は投獄されてから処刑までがあっという間で、混乱することしか出来なかったのだが、よく考えてみれば不思議なことばかりなのだ。


 そもそも、レセリカには殿下を殺す動機がない。結婚前の婚約者という立場で、殿下を殺害したって得など一つもないのだ。それどころか、婚姻によって王家とのつながりを得たベッドフォード家にとっては損にしかならないというのに。


(そもそも、誰が暗殺なんてしたのかしら)


 あの悲運を避けるためには、王太子の暗殺を阻止しなければならない。もしかしたら今の時点ですでにその計画が動いている可能性だってある。まだ子どもだからと、人生をやり直せたからと安心するには早いのだ。


 最近の平和な日々が幸せ過ぎて、忘れてしまいそうになる。出来ることならそんなことは考えもせず、今のまま平和に過ごしたい。


 けれど王太子の暗殺計画が進んでいるのだとしたら、今後も進められるのだとしたら。


(処刑される運命はまだ回避出来ていない……何より、殿下が危険だわ)


 わかっていたことだった。家の環境が改善されたところで、安心など出来ないことは。


(殿下のお命を救えるのは私だけ、とまで自惚れるつもりはないけれど、未来を知っているのは私だけ)


 ならばこの記憶を活かさない手はない。幸いなことに、レセリカには物事を俯瞰的に考えられる冷徹さと頭脳が備わっているのだから。

 今後の課題は貴族社会の横の繋がりである。これが一切なかったから、レセリカは味方がおらず孤立して罠に嵌められたのだ。


 それが、人付き合いの苦手なレセリカには難題なのだが。


(お父様とも良い関係が築けたのだもの。諦めてはダメよね。もうあんな思いは……)


 弱気になりそうな心をいつものように恐ろしい記憶を思い出すことでなんとか奮い立たせる。レセリカはギュッと膝の上で拳を握りしめた。


 まずは初めて面と向かって会う王太子と、きちんと会話をしなければ。王城へと近付いていく馬車の中、レセリカは緊張で破裂しそうになる心臓を抑えて平常心を装った。

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