変わったのは君だよ ~エンドの恋~
小林勤務
第1話 出会い
「小さくまとまってるね」
そんな容赦ない切り捨て。
「大人って、いうほど大したことないわね」
まさか、この俺がこんなことを。
「拍子抜けしちゃった」
しかも、相手は――。
時は遡り――あの子と出会ったのは店長としてこの店に赴任した時のことだった。
俺こと、
初めての子供が産まれたのだ。
その手は小さく、頭なんてまるでミカンのようで、手のひらにきれいに納まるぐらいに。こんな俺にも守らなければならない存在が出来た。一昔前なら考えもしなかった。
高校生の頃はお世辞にも真面目とは程遠かった。
「おい、堂千! ヨンコ―(飯野第四高校)にカチコミいくぞ!」
「まあ、待てよ。ちょっと行ってくるわ」
今じゃ考えられないが、こんな馬鹿みたいな狂騒に明け暮れていた。当時の俺はSKUという暴走族に所属していた。
『死すら恐れぬ、狂い咲き、うるせえ上等!』
笑ってしまうようなネーミングの頭文字をとってSKU。そこの特攻隊長を務めていたのが、かくいう俺だ。ここに所属した理由なんて、よくあることが切っ掛け。いかつい顔して仲間を引き連れていた二つ上の先輩がカッコよく見えた。ただそれだけ。思春期の気の迷いと同じだ。
入隊してすぐに腕っぷしの強さを買われて、あれよあれよいう間に特攻隊長にまでのし上がった。だが、俺は人と争うことが好きじゃなかった。降りかかる火の粉は払うが、理由もない暴力は反対だった。そのため、やることと言えば他の隊といざこざがあった時のみ、無益な争いを止めるように交渉するだけ。まあ、恫喝に近かったけどな。
人よりカッコつけたい、そんな下らない理由だけで、むやみやたらに人より上に立とうとするが、そんなものに果たして何の価値があるのか。
そんな俺の考えに同調する奴もいれば、そうじゃない奴もいた。
自然とこの隊に所属するのが馬鹿馬鹿しくなり、一年後に足を洗った。
そんな俺を待っていたのが、周囲からの冷たい視線だ。風貌、腕力、看板、それしか取り柄のない今の己に何があるのか。ただの無学な小さな人間。それが答えだ。
同級生が大学や就職へと進路を決めるなか、ひとり取り残された俺は、何の準備もあてもなく卒業を迎えた。やることもなく、働きもせず、昔の仲間とだらだらするだけ。当然、親からも見放され、このままではマズイと必然的に就職を選ぶことになった。
だが——。社会はそんなに優しくない。
「君は我が社に何が貢献できますか?」
当たり前のことだが、タダ飯喰らいには職はない。利益集団である企業は腕っぷしなど何の評価にもならない。
何十社も落ち続け、拾ってくれたのがモリモリフーズ。今の社長が同じ高校出身であったというのが理由。威勢が良く、体力だけはありそうだから加食担当に向いてるとのことだ。
毎日、毎日、怒られる日々が続き、すっかり自信を無くすとともに、ようやく自分はスタートラインに立ったと実感を得るようになった。人と争うのではなく、自分と争う、それこそが本当の価値だ。
だが、それも本当の正解ではないと思えた。
今の嫁とは同じ職場で出会い、そのまま関係を深めて結婚をすることになった。まあ、早い話が『出来た』わけだ。向こうが俺に惚れたんだけどな。
生まれて初めて拝む我が子にイチコロになったわけだ。
こうして、息子のためにがむしゃらに働き続けて、出世競争に明け暮れ、同期の誰よりも早く店長へと昇格した。目指す目標も見えてきた。お次は全ブロックを統括するMD長だ。そして、その次は――。
まずは、この店を地域一番店にしなくては。
この俺が、全店№1に押し上げてみせる。
だが――
この意気込みが仇となった。
売上目標の達成を厳しく部下に追及しすぎた結果、お店を辞める者が続出してしまった。
「もう、ついていけません」
加食主任の最後のセリフがこれだった。
情けないやつだ。仕事を何だと思ってるんだ。自宅に帰るなり、嫁にそう吐き捨てる。
そんな俺に呆れた様子で「はいはい」といなす嫁。
なんだよ。俺が悪いのかよ。ビールでも飲んでその日は就寝した。
翌日から、エンドと呼ばれる商品棚の先端にある通路上に突き出た売り出しコーナーの陳列を兼務することになった。
こんなの入社した当時から何度もやってきたし、楽勝だ。さっさっさと慣れた手付きで特売品のカレーを並べる。我ながら良い出来だ。今まで加食主任に任せていたが、たまにはこうして汗を流すのも悪くない。俺は、何でも出来るからな。
と――思っていたのだが。
「ずいぶんしょぼい売り場ね」
誰だと周囲を見回すと、声の主は予想以上に近くにいた。それも、俺の胸より少し低いぐらいの高さに。
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