猫舌さんのコーヒーじゃらし。

ハッピーサンタ

雲里葉瀬と日野水葉

 俺──雲里くもざと葉瀬はせは、高校で同じクラスの日野ひの水葉みなはに、カフェ『猫じゃらし』へと連れられて……正確には強制的に連行されてきた。


「……俺をこんなところに連れてきてどうするつもりだ?」


「どうするつもりもなにも、あなたと一緒に行きつけのカフェに行く。ただそれだけよ……本当は雲里君とデートしに来たのだけど(ボソボソ)」


 日野はそう言って(最後の方はなんて言ったか、聞こえなかったが)、艶のある美しい黒髪を一つのゴムでポニーテールに結び直すと、迷いなく二人分の席がある木で作られたコジャレた丸いテーブルの方へと、さっさと足を進めていった。


「あなたも早くこちらへ来てくれるかしら」


「……」


 俺はしばしの沈黙の後、「はぁ」と溜め息をつくと、日野がなんの自覚も造作もなく可愛く手招きをする方へと、向かっていった。


 俺が席につくと、日野はメニュー表を、いつもと同じく感情を殺しているかのような表情で、じっと眺めていた。


 こうやって、対面上になると、またつくづく感じるのだが、この日野水葉という俺の同じクラスメイトは、やはり綺麗で美しくて可愛い。


 一言で表現するなら、『清楚な感じ漂う黒髪ロングのクール系美少女』が最も相応しいだろう。

 艶がある美しい長い黒髪をポニーテールにしており、頭を揺らす度、少し赤く染まった頬の横でふわふわと揺れている。

 特に、黒髪を左手の指先でくるくると自分で弄っているときなんかは、俺の視線が彼女に一番向いている時だと思う。紫紅の瞳で黒板をボーと眺めて眺めながら、ぷるっとした桃色の唇に右手の人差し指を当てている姿に、俺は毎回息を呑まれてしまう。


 そして、そんな彼女はセーラー服がとてもよく似合っている。


 少しだけ膨らんでいる胸元にかかる赤くて大きいリボンや黒いスカートが時々、外に出た時に風で揺れる姿はとても映える。

 また、夏に見られる服からさらけ出した白くて綺麗な肌もとても美しい。

 ビジュアルは完璧だ。百二十点!


 それに、日野はビジュアルも最高なだけでなく、成績もテストが行われる度に一位をキープし続けており、スポーツも帰宅部ながら、体育の授業では運動部に引けをとらない程の実力だ。


 そのため、俺を除くほぼ全ての男子が日野をひと目見ただけで、キャーキャーしているのだ。


 では、日野はクラスのトップに君臨する、誰からも拝められるようなスクールカーストトップの存在なのか。


 その答えは、否!


 なぜなら、先程俺が地の文で述べた通り、日野はいつも無表情で何を考えているかわからないため、誰一人として安易に近づくことができないタイプの人間だからだ。


 その上、意味のわからない奇行に走ることも多々ある。


 放送室をいきなり占領して、ギターの演奏を全校に向けて流したり(めちゃ上手かった!)、


 定期考査前の宿題を倍にするよう、教師に仕向けやがったり(ブーイングの嵐だったが、うちのクラスの平均点は、他のクラスに比べて群を抜いて、学年トップに!!)、


 その他諸々。


 まぁ、下校中の男子高校生の手をいきなり引っ張って、カフェに連れていくと言った感じの奇行は、これが初めてだが……。


 そうな感じで、日野のこれまでのことを思い出していると、メニュー表から顔を上げた彼女と、不意に目が合ってしまった。


 普通だったら、男女の目と目が合うと、気まずくなりそうなものだが……流石、日野はそんなことはまったく気にもせずと言った表情で、俺に先程まで見てたメニュー表を手渡してきた。


「今日は私奢るから、なんでも好きなの選んで。……ちなみに私のオススメはこれ、いつもこれにしているの」


 日野は『キャットラテ』と書いてある文字を指差しながら、ナチュラルに奢る的なことと言ってきた。カッケェー(お前は俺の彼氏かよ!)


「い、良いのか?奢ってもらって?」


「……うん。デート誘ったの私だし、それに……お揃いのやつを雲里君とは飲みたいし(ボソボソ)」


 デート?!下校中の男子高校生の腕を思いきり引っ張り、カフェまで引きずりこんだ、これがか?


 ……いや、今のは日野なりの冗談なんだろう。


 流石に俺好みのビジュアル面を持つ美少女が俺に好意を持つなどというラブコメはあってはならない。


 もし、あったとするなら、実にけしからんッ!!


 後、最後の方になんか、お経のようにボソボソと唱えていたあれは、なんて言っているのだろうか。


 まぁ、それにしても、今この瞬間の日野の表情はいつにも増して、なぜだか可愛い。


 いや、別に無表情であるのには変わりないのだが、……どこか柔らかくて、幸せそうな気がする。


 先程、ビジュアル面が俺好みと言ったが、実はそれだけではない。


 たまに魅せる他人に温かく微笑み掛けるような目を向けてくるのは、きっと根が優しい人にしかできない。


 だから、何を考えているのかわからない子ではあるけれど、きっと良い子で本当は、性格の良い奴であるのは間違いないだろう。


 でもまぁ、この表情が向けられているのは、おそらく俺ではなく、もう少しで自分の手元にくる『いつものお気に入りメニュー』に向けてだろう。


 それできっと、ワクワクして、幸せそうな感じが、空気中に自然と出ているのだ。


 うん。先程のデート発言を一瞬本気で受け取りそうになったのは、俺の思い上がりだったに違いない。


 そんなこんな考えている間に、『キャットラテ』が俺と日野が二人で囲むテーブルに、仲良く二人分運ばれてきた。


 そう、俺も日野のオススメメニューである『キャットラテ』を頼んだのだ。


 あの必要最低限のことしか口にしない日野が、わざわざ俺に勧めてきたのだ。


 めっちゃ、美味いに違いない。


 よく見ると、猫がまるで、犬のようにお腹を見せてきて甘えるような絵が、カップの真ん中に浮かんできている。


 これは飲むのが可哀想で勿体ない。


 まったく、これをいつも飲んでいると言う日野は、残酷で血も涙もない奴だな……と冗談を地の文で言いつつ、啜ってみる。


 うむ。……これは絶品ではないか!!


 酷もあって、ほんのりと良い感じに甘い。そして、飲み干した後にくる、コーヒー特有のこの苦み……あ~最高だぜ。


 本当に生きている間に、これに出逢えて幸せですわと言った感じだ。


 俺はそうこうコーヒーを味わっているうちに、すっかり気が変になったのか、自ら日野にこんなことを言ってしまっていた。


「ありがとな、日野。この礼は必ずする!良かったら、またこのカフェに一緒に来て、他のおすすめメニューとかあれば教えてくれよ」


「えっ……」


 日野が凍りついたように固まる。微動だにしない。


 あ……ヤバい。


 日野の固まって拍子抜けしてしまった表情を見ると、流石の『キャットラテ』の快楽に酔ってた俺も、自分の失言を悟った。


 な、何言うてるねん、俺は?!


 これは流石に自分からデートに誘っていると疑われても擁護出来ない発言だ。


 不適切発言は政治家だけの問題じゃないぞ、諸君!


 ……うん。これは変な奴の日野に変な奴だと思われてしまったな。


 俺は一応、誤解を解くために、日野に向けて口を開こうとした。……が──、


「熱ッ!……」


 弁明の儀を申し上げようとする前に、日野の可愛いくて、実にJKらしい声が俺の耳の横を通過していった。


 俺は、ふと日野のカップに目をやる。


 うん。……やはり、案の定と言った感じだな。


 日野のカップは、跡形もなく、全て完全に消し炭にされてしまった俺のカップとは違い、まだ甘えてポーズを取る猫が息をカップの中でしていた。


 要するに日野は──、


「猫舌だな(笑)」


「……うっ。 バレた……。と言うか、(笑)とか付けないで!」


「じゃあ、猫舌で草」


「草も生やすなぁ~!」


「ぐふふwwww」


「だから~!」


 日野の表情が、今までに見たことのないまでに、赤く染まっている。


 めっちゃ、照れてる。


 しかも、「○○するなぁ~」って言い方、めっちゃ可愛い過ぎだろ。


 もう、ラブコメヒロイン通り越しちゃってるよ。


 ──同じクラスのクールな美少女の素が実は可愛かった件。


 こんなラノベ出たら、軽く一億万部くらいいくんじゃない?世の中に住み着くヲタク魂を持つ者達は、皆書店に足を運ぶことだろう。


 それにしても、普段、何があっても動じない奴なのに、どうして今は?


 俺にそんなに猫舌であることがバレたくなかったのだろうか?


 でも、この表情が拝められて、デュフフ……。


 ゴホンッ。気を取り直そう。(別に気持ち悪い笑い方なんて俺はしてないぞ!)


 でも俺だけ、この表情が見ることが出来て、何故だかめちゃくちゃ幸せだ。


「あのな、日野」


「な、なによ……」


 いつもの調子に戻そうとするが、やはり出来ていない。


「今日は俺に奢らせてくれよ、それ」


「えっ……?」


「次、また一緒に来た際に、今度は日野に奢ってもらうから」


「それって、つまりデー──」


「あっ、ベ、別にデートとかじゃなく、同じクラスメイトとしての付き合いでな……!」


「そ、そうよね(ショボン)」


 あれっ?今、ショボンって聞こえたような……まっ気のせいか。


 でも、なんだか今日は良かったな。


 クラスメイトである謎多き美少女の、可愛い超レアな一面を俺だけ見れたからな。


「あ、あの……雲里君。今日のさっきの表情とかやり取りのことは……」


「ああ、誰にも言わないよ。別に言う相手もいないし」


 陰キャボッチ&ヲタク丸眼鏡である俺を舐めるなよッ!


 日野は心配そうな表情と声(これまたレア)で、そう聞いてきたが、俺の『陰キャ&ボッチ証明』で口外は決してしないから大丈夫だと言うことを伝える。


 すると、日野はピカッと眩しくなるような笑顔で、こちらをじっと見詰めると、顔を再び赤くして、もじもじしながら、こう俺に提案してきた。


「そ、それなら、私と友達にならない?」


「い、良いのか?」


「う、うん。私、ちょっと人間不信気味で、本当に信頼できると思う相手としか付き合わないから」


 そうか。そんな理由があったのか。だから、学校ではあれ程までの無表情を。


 きっと、人間不信になってしまった経緯は、他人に話したくない程、また聞かせたくない程、暗くて辛くて救いようのない物語だったのかもしれない。


 でも、それでも──。


「友達になってくれるってことは、俺のことを信用してくれるってことだよな……」


「……うん」


 ……よしッ!ならば、答えは決まりだ!


 俺は自分に『喝!』を叩き込むと、大きく息を吸って、はっきりとした声で、こう言った。


「俺はいつか日野の傷を癒せる存在になる!だから、先ずはカフェ友から始めようぜ!」


「ほわぁ!……うん、わかった雲里君!」


 日野は感情を生かした、その顔と声で、俺の誓いを受け入れてくれた。



 ●○●



 日野とカフェ友の関係になった翌日。


 今日は祝日で、学校も休みだ。


 ボッチで引きこもりな俺は、普段の休日だと、毎度の如くベッド神の領域の中でぬくぬくと、ゲームをしているのだが、今日は──。


「お、お待たせって?!グフオオォ!!!!!」


 清楚で天使な美少女に、俺は思いきり腕を引っ張られ、あの場所へと、連行されていた。


「女の子、待たせるのはだめ~」


「いや、まだ約束の一時間前だぞ!」


 まぁ、約束の一時間前に来ている俺も、ツッコミを入れる資格はないのかもしれないが……。


 だが、今はそんなことよりも俺の思考は停止状態になってしまっていた。

 なぜなら、日野の私服姿が抜群に

 似合い過ぎていて、俺を殺しにかかっていたからだ。

 髪はいつも通り長い黒髪をポニーテールにしているのだが、ストレートではなく、MIX巻にしており、ゴムではなく、白いシュシュでまとめてある。いつも通りじゃないところはまだたくさんある。目元には普段、学校内では禁止されているアイラインや主張し過ぎないピンクのリップをしているところなんかもそうだ。

 そして、そんな髪型にばっちりとあったコーデにまた目を惹かれてしまう。

 上は薄手の白いブラウスに、下をブラウンのマーメイドスカートで合わせていて……もう何というか、完璧でございますとしか言いようがない!マジで日野の可愛いさが引き立っている。


「それにしても、私服めっちゃ可愛いんだな。前は学校帰りで制服だったからな。制服も似合うけど、私服姿の日野も最高だな!」 


「き、きゅ、急にそんなこと言わないでよぉ~。それに、雲里君もめちゃくちゃ格好いいし(ボソボソ)」


 照れてるのやっぱ可愛い~。最後のボソボソはようわからんかったが。


 街の周りも、日野の可愛さに気が付き、じっと見ている野郎も多々いる。


 まったく、けしからん。俺の彼女に向かって、そんなはしたない目を向けよって!


 ……うそついた。ただの親友でっせ。


 そんなこんなと言った感じで、腕を強引に引っ張られながら、俺と日野はカフェ『猫じゃらし』に入店した。


「いらっしゃいませー」と、お洒落なイケメン店員さんが声を掛けてくれる。


 俺と日野は、昨日も座っていた二人席の丸テーブルを見つけて、そこに向かって、椅子に腰下ろした。


 昨日のあの瞬間から、日野は俺に対して、近寄り難い空気を出さずに接してくれるようになったため、俺は何気兼ねなく、彼女にこんなことを訪ねていた。


「それにしても、昨日の俺に信用できる要素とかあったか?」


 すると日野は、一息ついて微笑みながら、こう返してきた。


「雲里君は別に昨日からじゃなくて、前々から信頼していたよ。それが昨日から、距離が近まったから、こうやってお話しているだけ」


 そうなのかぁ~って、えっ……前々からって?


「いつからだ????」


 俺が『?』マークを連打しながら、そう尋ねた。


 すると日野は、


「それはねぇ~……あの時から」


 溜めたくせに簿かしやがったなコイツぅ~。


 でも、今はこうやって、日野が幸せそうな顔で、笑ってくれることがただただ嬉しい。


 だから、俺はこう言った。


「日野のオススメ、他にあれば教えてくれ。……後、ちなみに今日も俺が奢るから、好きなの頼んじゃってくれ!」


 そう、また友達である日野と、何度もこの場所に通えるように。


 もし、日野に奢ってもらおうとする日が来たとしたら、それは俺が財布を忘れちゃった時か、それか、俺のになってくれた時かな。


 だってだから──。

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