第1話 アウトサイド ヒーロー:5/0

アウトロダクション:デュエット フォー ユー



「ハッ!」


 照明灯の下で鈍い銀色のボディを煌めかせながら、雷電がパンチを放つ。


「ふんっ!」


 向かい合う道着姿のメカヘッドは長尺の警棒を振って拳を打ち落とし、更に棒を回して打ちかかった。


「うらぁっ!」


 雷電は腕を払われた後、すぐに体勢を立て直していた。


「シッ!」


 脚を大きく旋回させて、振り下ろされた警棒を蹴りあげた。両者は後ろに跳び去り、舞台上で互いに距離を取る。ジリジリと間合いを詰めてから、メカヘッドが警棒を突き出した。


「やあああっ!」


 正中線を狙ったひと突きを、雷電は跳びあがってかわした。メカヘッドが追撃しようと警棒の先を浮かせる。雷電は棒を踏み抜くように着地し、更に弾みをつけてメカヘッドの頭上を跳び越えた。


「げえっ!」


 警棒から手を離したメカヘッドが慌てて振り返ると、雷電は既に身構え、正拳突きの構えを取っていた。


「……参りました」


 メカヘッドが言うと、観客席からわあっと歓声が溢れた。


「『オートマトン暴走事件の解決に活躍したナカツガワ・コロニーのヒーロー、“ストライカー雷電”と、カガミハラ署所属、メカヘッド巡査曹長による模範演武でした。お二人とも、ありがとうございました。続きましては、第4地区でバー、“止まり木”を開き、活躍している歌姫、チドリさんの歌をお楽しみください……』」


 場内アナウンスに背中を押されるようにして、雷電とメカヘッドはカガミハラ・フォート・サイト自治祭の舞台を降りた。




 用意された控え室に戻り、変身を解除する。用意されていた水を飲んで一息つくと、ドアがノックされて、すぐに開いた。


「よっ」


 普段着のスーツベストに着替えたメカヘッドが顔を出す。


「チドリさんが歌ってるの、見に行かないか。特等席で見せてやるから」


 雷電はメカヘッドに連れられるまま会場を出た。外縁部を大回りして歩くと、舞台の向かい側、客席の後ろにある小高い丘に出た。数組の家族や夫婦、友人連れが夜風に当たりながら、静かに舞台を観ていた。


 チドリが歌うバラードが、ゆったりと流れていた。オレンジ色の街灯がまばらに立ち、ぼんやりと辺りを照らしている。


「な、穴場だろう?」


 メカヘッドが胸を張る。少し離れたところから、大きな手が揺れていた。


「おーい、レンジさん!」


 アオが呼んでいる。タチバナとマダラは酒を酌み交わしている。帰りの運転は、アオに任せる魂胆のようだった。「絶対に一緒に行くんだ!」と言って退かなかったアキとリンは、雷電の演武が終わるとすっかり瞼が重くなって、チドリの歌を子守唄にして船をこいでいた。


「おう、レンジ、お疲れさん」


 タチバナが顔を上げる。酒に弱いマダラは、すっかり出来上がって顔を赤くしていた。


「やあレンジ、チドリさんの歌は初めて聴くが、すごくいいじゃないか! 俺、すっかりファンになっちゃったよ」


 アオがマダラに水の入ったコップを渡す。


「兄さん、この前チドリさんの歌を聴いた時にも同じこと言ってたよ」


「ありがとう……そうだっけ?」


 マダラは適当な調子で返しながら、アオから受け取った水をぐびりと飲んだ。


「ははは」


 レンジは笑い、メカヘッドと並んで腰を下ろした。チドリは既に数曲歌い終えて、深々とお辞儀をして舞台を去った。客席から拍手が続いている。


「すごいもんだよ、チドリさんの歌は」


 メカヘッドは、歌姫が戻るのを待っている舞台を見ながら言った。


「ミュータントも、そうじゃない人も、皆の心を一つにするんだから」


「そうだな」


 アオが勢いこんで隣に座った。


「レンジさんが雷電で頑張ったのだって、凄かったんですから! ミュータントもミュータントじゃない人も、見ていた皆で応援していたんですよ!」


 レンジを挟んでアオが言うと、メカヘッドも頷いた。


「確かに、雷電が闘ったのも大きかった。こうやって少しずつ、この町も変わっていけるかもしれないな。……おっと、チドリさんが出てきた!」


 艶やかなドレスを纏ったチドリが、再び舞台に現れた。観客たちの拍手も、一層大きくなる。


「『ありがとうございます』」


 会場が静まるのを待ち、「アンコールに何を歌おうかと考えていたのですが……」とチドリは話し始めた。


「『皆さんに、もう一人の歌手をご紹介しようと思います。私と、“ストライカー雷電”を演じている方の、共通の友人です』」


 会場がざわめく。レンジは静かに舞台を見ていた。


「『彼女は不幸にも、今から一年前に亡くなりました。その翌日にはオーサカ・セントラルでメジャーデビューを果たすはずでした』」


 再び会場が静まり返る。チドリは話を続けた。


「『私は数年前まで彼女に歌を教えていて、その後は時々手紙のやり取りがあるだけでした。亡くなったのを知ったのは、1週間ほど前のことです。……その時、彼女が遺していた歌の録音を聴くことができました。 聴いてみて驚きました。私と別れてから、歌がますますよくなっていたの。どの曲も想いにあふれていて、私もかなわないと思ってしまうくらいだったから』」


 チドリの声が少し震える。言葉を切り、息を整えると、再び明るい声で話し始めた。


「『今夜は、録音している彼女とのデュエットをお送りします。彼女が大好きだった、旧文明の頃に作られた曲です。……彼女のことを大切に想い続けている人に届きますように。聴いてください……』」


 拍手が鳴る中、温かな朝陽が射すように、ピアノの音が響いた。軽快なコンガとトゥンバドゥーラは、弾む心音だ。陽に照らされて世界が色づくように、フィドルやベースがメロディーを彩っていく。


 舞台後ろのスクリーンに、ことりの写真が映し出された。


 チドリが歌い出す。スピーカーの中でことりの声と重なった。二人の歌声は溶け合い、時に分離して互いを引き立てあいながら、会場中を包みこんだ。




 歌が終わり、チドリが深く頭を下げると、割れんばかりの喝采が響き渡った。タチバナがレンジに並んで、一緒に舞台を見ながら声をかけた。


「なあレンジ、俺はお前さんがナカツガワに来た理由を知りたいって、そんなことを言ったな」


「ええ」


「俺は今、お前さんが見たかったものがわかった気がするよ。……よく、頑張ったな」


「……ありがとうございます」


 酒盛りの後片付けを終えたマダラとアオの兄妹が、歩きかけて振り返った。アオはぶら下げるようにアキとリンの手をつないで、マダラはクーラーボックスとごみ袋を持っていた。


「二人とも、帰りましょう!」


 アオが明るく言う。マダラは酔いが引いて青い顔をしていた。


「帰りは一番後ろの席で、寝てていいですか……」


 タチバナは「なんだ、情けないな」と言って笑う。メカヘッドが芝居がかった仕草で頭を下げた。


「それでは皆さん、捜索への協力ありがとうございました。また機会がありましたら、是非宜しくお願い致しますね」


「お前がそう言うと、社交辞令に聞こえないよ」


 タチバナが眉をひそめて言うと、頭を上げたメカヘッドが、センサーライトを瞬かせた。


「本心ですから!」


「おいおい……」


 タチバナは苦笑いした後、レンジに向き直った。


「じゃあ、帰ろう、ナカツガワへ」


「はい!」


  雲のない空から、半月が柔らかい光を放ちながら見下ろしていた。







リ;イントロダクション:チャット オブ リトル バーズ



 半月が薄雲を纏い、淡く光りながら天窓から顔を覗かせている。タカツキ・サテライト自治祭の後、レンジとことりは路地裏のミュータント・バー、“宿り木”の屋根裏にある自室に引っ込んでいた。


 小さなテーブルには、緑色のワインボトルとグラスが2つ。うっすらと金色がかった液体が一方のグラスに注がれ、微かに泡を立てていた。


「……やっぱり無理! これ以上飲めないよ」


 珍しく酔ったことりが顔を赤くして、腰かけていたベッドに仰向けに倒れこむ。テーブルを挟んで反対側のソファに腰かけていたレンジは笑って、グラスに残ったシャンパンを傾けた。


「『呑みたい』って言ってママに飲みやすいのを見繕ってもらったのは、ことりだろう?」


「そうだけど……こんなに呑めないなんて、思わなかったんだもん! 大人っぽくお祝いしたかったのに!」


 口を尖らせることりを見て、レンジは再び吹き出した。


「もう! 笑うことないじゃない!」


 ことりが起き上がって頬を膨らませる。


「ごめん、ごめん。……でも、そうだな。ステージの成功おめでとう、ことり。とてもきれいだったし、何よりも歌がよかった」


 ことりは更に顔が赤くなった。


「もう! 急にどうしたの。レンジ君こそ酔ってるんじゃない?」


「かもしれないなあ。でも、本当によかったんだ。聴いてたお客さんも、皆拍手してくれたろ?」


「常連さんが励ましてくれたから、歌いきれたんだよ……」


 ことりが耳まで赤くしてうつむく。


「でも、その歌でお客さんの心を動かしたのはことりだろう? 常連さんだって、最初は気にもしてなかったけど、ことりの歌を聴いてるうちに、ファンになってくれた人ばかりじゃないか」


「うん……」


「ミュータントかそうじゃないかとか関係なく、ことりの歌が聴く人の心を動かしたんだ。君の歌には、それだけの力があるんだ。」


 ことりはクッションに顔を埋めている。


「何よう、何でそんなことばっかり言うの……」


「だから、その……大人っぽいことなんかしようとしなくても、ことりは素敵なんだ、って……」


 そう言って、今度はレンジが赤くなった。ことりはにやりとして立ち上がり、レンジの膝の上に座った。


「おい!」


「何~?」


 ニコニコしながら、真っ赤になったレンジに背中を預けている。


「渡しにくいじゃないか。……ほら、これ」


 レンジはポケットから小箱を取りだし、ことりの手のひらに載せた。


「何?」


「開けてみな」


 ことりが開けると、中には指輪が一つ、納まっていた。


「わあ……!」


 目を輝かせて指輪を取り上げる。シンプルなシルバーリングだった。


「いいのレンジ君? バイクを買うためにお金を貯めてたんじゃない?」


「ことりに何か祝い事があったら渡そうと思って、取っておいたやつだから大丈夫だよ。そんなに高い指輪でもないしな」


「それなら、ありがとう」


 ことりは左薬指に指輪をはめて見せた。


「どうかな?」


「だから、安物だって言ったろ」


「大事なのは、気持ちだもん」


 ことりはレンジの胸に頭をすりつける。レンジは深く息をついて、後ろからことりを抱きしめた。


「……私、夢があるんだ」


「夢?」


「いつか、ナカツガワに行って、チドリさんに歌を聴いてもらうの。これだけ歌が上手になったよ、って。それで、一緒に歌わせてもらうんだあ。その為にも、もっと練習しないとね」


「いいじゃないか」


 ことりは顔を上げてレンジを見た。


「レンジ君のバイクで連れてってもらうからね!」


「うん。俺もことりと一緒に行けるように頑張るから……」


「約束だよ、いつか……」


 二人の影が重なる。タカツキ・サテライトの夜は静かに更けていった。


(完)

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