異世界無双クリーナーライフ~すみません、うちの掃除機が勝手に魔王を吸い込んでしまいまして~

高柳神羅

第1話 チート級掃除機と過ごす掃除屋の異世界生活

「フン……この程度のものか。今の時代を生きる最強の戦士とやらの実力は」

 信者がいなくなり、廃れた宗教の施設だった場所だろうか──内装がすっかり朽ち果て単なる家の形をした穴だらけの箱となったその建物で、複数の存在が向かい合っている。

 一方は、鎧や不思議な紋様を刺繍した衣服に身を包んだ若い男女の集団。恐らく冒険者として長らく活動してきた、腕に覚えのある人間なのだろう。全部で五人いるが、その誰もが床にへたり込んで全身で息をしている。

 そしてもう一方は、三メートルはあるだろうか……見上げるほどの巨体の、群青色の肌をした筋肉の塊のような鬼だった。何かああいう怪物に追い回されるホラーゲームが昔あったよな、あれを思い出す。

 人の言葉なんか到底話しそうにない醜悪な面構えをした青い鬼は、額に生えた一本角の先端をこれ見よがしに戦士たちへと向けながら、嗤っている。

「我らが魔族の敵ではないな。我が王に報告するまでもない、この場で始末してくれるわ」

「黙れっ……まだ、まだ勝負は終わってない!」

「立つことすらできぬ有様で言われてもな。……下らん茶番に付き合っていられるほど我は暇ではない。一瞬で終わらせてやろう。その次は……すぐ目と鼻の先にある貴様らの国だ」

「させるかぁ……ッ!」

「はいはい、お取込み中すいませんね……っと」

 熱い睨み合いを繰り広げていた両陣営の目が、揃って点になる。

 ぽかんと間抜け面になった状態で固まった彼らの視線は、何の脈絡もなく両者の間に割って入ってきた一人の人間という存在に釘付けになっていた。



 身に着けているのは何度も洗濯を繰り返してすっかり色褪せた灰色のツナギ。

 右手に提げているのは鞄の類ではなく、鈍色に輝く炊飯ジャーに車輪を取り付けたような形をした業務用掃除機。もう二十年は共に働いてきた相棒である。

 そして足元に従えているのは、純白にカラーリングされたメタリックボディがクールなロボット掃除機デリータMk.Ⅲ。最近リリースされたばかりの最新型らしい。こんなの買うくらいならその分俺たちの給料上げてくれよと思う。


 それが、この緊迫した空気を一瞬でぶち壊した人物──俺、阿久津あくつ葦雀よしきりという人間であった。



 俺は周囲からの視線を特に気に掛けることもなく、平然と一同が対峙するど真ん中を突っ切った。

 そのまま壁際にまで移動し、すっかり粉々に砕けて風化したステンドグラスの残骸が散らばっている床の一角でしゃがみ込む。

 色ガラスの山を物色すること、しばし。

 依頼されていた目的のものを発見して、それを拾い上げた。

「ははぁ、こいつね……ラヴィウルリリーが描かれたステンドグラスってのは。ここの花びらにだけガラスじゃなくてオラクルサファイアが使われてるから形がそのまま残ってるだろうって言ってたが、成程、確かに綺麗に花の形のまんま残ってたな」

 綺麗に百合の花の形を保った群青色の板は、外からの光を浴びて綺麗に発色している。

 長年放置されてたせいで砂埃やら色々被ってはいるが、きちんと磨けば元の状態に戻るだろう。

 さて、頼まれた探し物も無事に見つかったし、帰るか。美味い酒御馳走してくれるって言ってたし、楽しみだなぁ。

「──い、おい! こらっ! 貴様、無視するな!」

「……ん?」

 何か騒いでる奴がいるな。何処の馬鹿だよ、こんな場所で。

 回収した品をツナギの胸ポケットに大事にしまいながら、俺は声が聞こえた方に振り向く。

 振り向いた先で、全身ブルーベリー色をしたどでかい巨人と視線がぶつかった。屋内とはいえ妙に視界が暗いなと思ってたけど、こいつが間近で俺のことを見下ろしてたからかよ。全く、仕事の邪魔するなよな。

「何? 何か用か?」

「貴様、この我を無視するとはいい度胸をしているではないか。たかが人間の分際で、六星座エクサルファの一星たる、この我を!」

 六星座エクサルファ?……って、何処かで聞いたことあるな。何だっけ……

 ……あー、そうだ。思い出した。あれだ。

六星座エクサルファ……あぁ、それじゃお前は魔王の側近の一人ってやつなのか?」

 俺はゆっくりと膝を伸ばして立ち上がる。

 体の向きを反転させる俺の動きに合わせてか、足元で静止していたデリータも同じように正面を鬼の方へと向けた。

 円盤の中心に付いたLEDランプが、緑色に点滅を繰り返している。やる気満々だな、こいつ。

 俺に正体を問われた鬼が、フンスと鼻息を荒げながら唇をにやりとさせた。

「御名答だ! 我こそが魔王様より直々に氷星の座を与えられし──」

「あー、名前なんてどうでもいいから。覚える必要ないし」

「──なんだとっ!?」

 問答無用で名乗りをぶった切られた鬼が額に血管を浮き上がらせて怒鳴ってくる。

 いや、だって本当に覚える必要ないしな……

 はー、とやる気のない溜め息をつきながら、俺は右手のサクションパイプを握り直した。


「だってそうだろ? 自分にとって不要なもんはさっさと捨てちまわないと邪魔になるだけだしな」




「大丈夫か?」

 のんびりと声を掛ける俺を、床に座り込んだままの戦士たちは唖然とした様子で見つめている。

 全身固まったまま全然動く気配がないけど……大丈夫なんだろうか、こいつら。

「ま、生きてるんなら大丈夫だよな。それじゃ、俺はもう行くからな」

「……あ、あんた、今の……」

 一人がぷるぷると小刻みに震える右手で、俺の足元を指差した。

 そこには、いつもと変わらない様子で昆虫の触角のようなブラシをさかさかさせているデリータがある。

「……そいつ、一体、何なんだ……? あの氷星のザイドを、一瞬で丸飲みにしちまって……」

 へぇ、あのブルーベリー鬼はザイドって名前なのか。氷星のザイド、ね。響きは何かカッコイイな。

 まぁ、もう顔を合わせることもないけどな。

「何って、ただのロボット掃除機……ゴミを吸い取る道具だけど」

「……ゴ、ゴミ……?」

「そ、ゴミ掃除の道具」

 訳が分からない、と言いたげな彼らに、俺は堂々と胸を張って答えた。


「俺は『掃除屋』──清掃のプロだからな」

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