第16話 - 陰謀

「相変わらず挙動不審だなぁ、クロシェ? また皆に嫌われちゃうぜ? ひゃはは」


 ミゼルは腹を抱え、笑う。金縛りにあったかのように動けなくなったクロシェは、震える脚で踏ん張るしかなかった。


「そんな怯えんなよ、兄妹だろう? ほら、そのかわいいお顔を俺様に見せてやってくれよ」


 尊大に、そんな身勝手なことを言いながら彼は近付いて、長い腕をクロシェに伸ばした。

 倒れそうなほど激しく息を吸うクロシェは、伸ばされた腕に対して、恐怖でいっぱいの目で見つめるしか無くて――。


「やめろよ」


 その腕を、キースが横合いから、がしりと掴んだ。ミゼルは、物凄く不機嫌な表情を、身をわきまえぬ弟に向ける。


「おいおいおいおい、なんだァ、これは? ……汚え手で、触れんじゃねえよ」

「お前のほうこそ、妹に汚い言葉を吐くなよ」


 言葉遣いなど、気にしてはいられなかった。キースは、自身のどこかからか湧き出る怒りに身を任せ、反論をしてしまう。


「ここは僕の領地だ。不躾に入ってきて、挨拶すらないのは果たしてどっちなんだ」

「……ひゃは、ひゃはははははははは! お、おい! キース、どうしたんだお前! いつになく元気じゃねえかよ! すげえ成長だなあ、ひゃはははははは!」


 手で顔を覆い、高らかに哄笑する第六王子。ミゼルはひとしきり笑いに笑って。


「――でもムカつくなァ」


 片手をこちらに向けた。瞬間、とんでもない圧力が全身に襲い掛かった。


「なっ……」


 体重が何倍にも膨れ上がったかのような感覚。彼らの周囲の重力が急激に変化する。思わずキースとクロシェは地面に膝をつき、ミゼルに頭を垂れるような恰好となってしまった。


「そうだよ、それでいいんだよ。弱者は跪いてるのがお似合いなんだよォ……ひゃははは」

「ミゼル……何故こんなところに……」


 兄とはいえ、違う領地の主が堂々と来訪してきて、なんの逡巡もなく魔法を使って、攻撃をしてくる。

 しかもキース達がクライン家を訪ねたタイミングで、だ。暴挙としか言いようのない行動を、狙いすましたかのようなタイミングで仕掛けてきている。

 ミゼルは、その疑問に対し、あっけらかんと返した。


「何故? そりゃあ、お前んとこの貴族、カール・クライン殿からお招きいただいたんだから、参上するのは当たり前だろォ?」

「カール、が……?」


 重力に押しつぶされそうになりながらも、キースは我が兄の顔を睨みつける。

 領地交換をすんなり受け入れてることからも推察できたが、これでほぼ確定してしまった。カールとミゼルは、裏で手を組んでいる。最早隠す気もない。


「というか、よ。なんでお前がここにいるんだ? まさかとは思うが、王子の権力を使って、カールを追い詰めてたんじゃねえよなァ? ここは領地交換の対象地、中立であるべきなのに、そんな汚ねえ圧力、使ってんじゃねえよなァ?」


 逆に問い詰められる形となってしまった。圧力、だなんて大仰なものは使っていないはずだが、自身の魔法で問い詰めようとしたことは事実だ。

 だがそんなことを馬鹿正直に答える義務もない。


「さぁ……なんのことだか……」


 と凄まじい重力の中、精一杯とぼけるのだったが。


「グハハハハ! おうおうキース様、嘘は、いけませんなぁ!」


 いつの間にやら。ミゼルの後ろに、男が立っていた。

 彫の深い顔立ちに、獅子のたてがみのように生えた髭面、豪放な笑い声。そいつは、じょりじょりと自身の髭を撫でながら、キースの誤魔化しを指摘する。


「ミゼル様は貴方の兄上でしょう。つまらない嘘など、吐くべきではないかと存じますが?」

「そうか、ガレン。やっぱりこいつ、嘘ついてたか?」


 ガレンと呼ばれた男は、ミゼルの言葉に、大きく頷いた。


「ええ。残念ながら、我が西方魔術【嘘つき小僧の末路リトル・ボーイ】が、はっきりと示しておりますな!」


 ガレンの傍には、一体の彫像のようなものが浮かんでいた。

 愛くるしい天使のようなその像の周囲には、きらきらと輝く、一つの光の球が周回している。


「ああ悲しいな。こいつが、憐れなカールに、強引な圧力を加えていたのは事実だってことか! カールは了承してるんだ。もうここで、領地交換、決めてやるのが道理だよなァ?」

「……そんな、ことは、していません」

「ああ?」

「私たちは、彼が殉ずる、マナーを、確かめたい。ただ、それだけ、なのです」


 頭を地面にこすりつけながら、クロシェは、悲痛なほど必死に、彼女の心の内をぶちまける。


「それまでは、間違っても、交換を、了承する、ことなど……」


 ぐぐぐ、と顔を上げながら、そう叫ぶクロシェだが、ミゼルの顔が視界に入った瞬間、やはり上手く呼吸することができなくなり、目の縁に涙が溜まっていくのであった。

 と、そのとき、彼らを押さえつけていた理不尽な重力が途切れ、平時の環境へと戻った。

 キースはすぐさま立ち上がり、クロシェとミゼルの間に入る。

 不機嫌そうな顔をする第六王子。その隣で、ガレンは笑いながら首を横に振った。


「グハハハ! そこの姫様の言うことには、嘘は無いみたいですな、ミゼル様。如何しましょうか?」

「……他領での魔法は、こんなもんか。ショボいもんだな。つまんねえクソの茶番劇見て、興醒めだ。こいつらなんか、放っておけ」


 そう吐き捨てると、ミゼルは歩き出し、キースとクロシェの傍を通り過ぎようとした。

 厳しい視線を向けているキースに対し、ミゼルは、呪うような声色で、言い放った。


「気持ち悪い兄妹ごっこは、いい加減にしろよな」

「なんだと?」

「血の繋がりなんかねえくせによ。そんな雌犬にかまってる暇なんかねえだろうが」


 そしてミゼルは、クライン家の館へと去っていった。その後ろを、グハハハと大笑しながら追随するガレン。

 キースとクロシェは、その場に取り残される格好となった。

 再び、風が吹く。

 第六王子の陰険な捨て台詞は、彼らの心に傷跡を残し、染みわたるように痛みが広がっていくのであった。

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