初めての外出

 王が祭りに出発する当日、ユリアは朝から落ち着きがなかった。

「メイ、忘れ物はないわよね?」

「はい。何度も確認いたしました。大丈夫ですよ」

朝からもう何度か繰り返したやり取りにメイが苦笑する。いつも落ち着いているユリアが今日はそわそわとしていた。

「ユリア様、そろそろお時間です。参りましょうか?」

荷物はすでに馬車に運び込んでいる。ユリアは薄ピンクのふんわりしたドレスを着てお気に入りの帽子を手にしていた。

 メイに促されて部屋を出ると、護衛の騎士がすでに廊下に待っていた。

「お待たせいたしました」

ユリアが声をかけると騎士は胸に手を当てて優雅に一礼した。

「時間通りです。私は今回ユリア様を護衛させていただきます、親衛隊所属のジル・サージェスと申します」

「よろしくお願いします」

ジルに軽く会釈を返したユリアは部屋を出るとジルの案内で後宮を出て王宮に入った。後宮と王宮は廊下でひと続きだが、妃が行くことは稀だった。


 ジルの案内で車寄せに行くと、すでに王の紋章をつけた豪華な馬車が何台も停まっていた。

「ユリア様!」

ユリアを見つけたカイルが笑顔で駆け寄ってくる。ユリアはにこりと笑うと膝を折って目線を合わせた。

「カイル様、おはようございます」

「おはようございます。今回は僕と父もご一緒させていただきます」

「よろしくお願いしますね」

ユリアが微笑むと、カイルは「王都を出るのは初めてなんです」とはにかんだ。

「楽しみで、昨日はあまり眠れませんでした」

「私も、楽しみで今朝はいつもより早く目が覚めてしまいました」

クスクス笑いながらユリアが言うと、カイルは驚いたように目を丸くしながらもにっこり笑った。

「普段行かないところに行くというのはわくわくしますよね」

「はい。それに、父や陛下、ユリア様がご一緒なので特に嬉しいです」

カイルの言葉にユリアが笑う。楽しげに会話するふたりはまるで姉弟のようだった。

「楽しそうだね」

声をかけられてユリアとカイルが振り返る。ちょうど王とキースが並んで城から出てきたところだった。

「陛下、殿下、おはようございます」

「陛下、おはようございます。今日はよろしくお願いします」

ユリアとカイルがそろって挨拶する。その様子に王とキースはクスクス笑った。

「そうしているとまるで姉弟のようだね」

「まあ!」

王の言葉にユリアが嬉しそうに頬を染める。カイルもそんなユリアを見上げて笑っていた。

「今日は私たちは一緒の馬車だよ。さ、そろそろ出発だから乗ろうか」

王はそう言うと一番豪華な馬車に乗り込んだ。王に続いてユリア、キース、カイルの順で乗り込む。4人乗りの馬車は広くてゆったりと座ることができた。

「今日私が祭りに行くことは民に知らされている。王都を出るまでは賑やかだろうが、王都を出ればあとはゆっくりできるよ」

王がそう言うと馬車がゆっくり動き始める。ユリアとカイルは興味津々で窓から外を眺めた。


 王の一行を乗せた馬車が城門を出て城下の町に向かう。町に入ると道の両脇に人々が並び、歓声を上げていた。

「すごい…」

あまりの人の多さにユリアが圧倒されてしまうと、王はユリアの肩を優しく抱きながら窓の外に手を振った。

「笑顔で手を振るといい。民の顔を見れる機会はそう多くない」

「はい」

王の言葉にうなずいてユリアも微笑みながら手を振る。新しく後宮に入った妃を初めて見た民たちは、その可愛らしさにさらに歓声をあげた。

「陛下が公式にお出掛けになられるのは久しぶりですからね。民たちも陛下のお顔を見られて嬉しいのでしょう」

「お忍びではたまに出掛けているけれどね」

キースの言葉に答える王にユリアとカイルは思わず王を見つめてしまった。

「おや、そのご様子ではユリア様はご存知なかったようですね」

「はい」

ユリアが慌てて窓の外に顔を戻すとキースは笑顔で手を振りながら「王はお忍びで町に出掛けるのがお好きですよ」と教えてくれた。

「それは、危なくないのですか?」

「もちろん護衛はつけているよ。知っているのはごく身近なものだけだ。だからこのことは内緒だよ?」

笑顔のまま困ったような声で言う王にユリアとカイルは「わかりました」とうなずいた。


 王都を出ると王の馬車を見ようと道に出ている人もなくなり、窓の外には畑や木々が生い茂る風景が広がった。

「やっと落ち着いたな」

王がそう言ってクッションに軽くもたれる。ユリアも無意識に詰めていた息をほうっと吐き出した。

「ユリア、ここからはしばらくゆっくりできる。緊張していると疲れるぞ?」

「はい。でも、とても綺麗な風景です」

王の言葉にうなずいたユリアが窓の外を眺める。その様子に王は目を細めた。

「兄上、今さらですが、私までご一緒してよかったのですか?」

「お前がこなければ奥方がカイルに付き添うと言いそうだったのでな。カイルには悪いが、あの奥方が一緒だとユリアが倒れてしまう」

「陛下、お気遣いは無用です。あの方は僕が心配なのではなく、僕に何かあって将来国母になれなくなることが心配なのですから」

いつも会うと可愛らしいカイルの口から辛辣な言葉が飛びでる。窓の外を眺めていたユリアは驚いてカイルを見つめてしまった。

「あ、申し訳ありません」

気づいたカイルが申し訳なさそうに頭を下げる。キースは苦笑しながらカイルの頭を撫でた。

「ユリア様、驚かせて申し訳ありません。カイルは本当はこういう子なのです。普段は何枚か猫の皮を被っています」

「私はカイルの辛辣な物言いが好きだけどね」

王がそう言ってクスクス笑う。ユリアは頭を下げるカイルの顔を覗き込んでにこりと笑った。

「驚きましたけど、本当のカイル様を見られて嬉しいです。私の前では偽らなくていいと、信頼してくださったのでしょう?」

「っ!」

ユリアの言葉にカイルの顔が真っ赤になる。その様子に王とキースはクスクス笑った。

「ユリアもなかなかに人たらしだな」

「えっ!?私、何か失礼なことを言いましたか?」

笑う王にユリアが慌てて尋ねると、王は首を振ってさらに楽しそうに笑った。

「そうではないよ。ユリアのそういうところが人から愛されるのだろうなという話だ」

ユリアはよくわからないといったように首をかしげる。キースはそんなユリアに微笑みながら可愛らしい陶器の入れ物に入ったクッキーを差し出した。

「ユリア様、よろしければどうぞ。兄上も」

「あら、可愛らしい」

「また上手くなったな」

色々な形のクッキーの中から花形のものを選んで摘まんだユリアは王の言葉に首をかしげた。

「ん?ああ、これはキースの手作りだよ。ほとんど誰も知らないが、キースは菓子を作るのが好きなんだ」

「殿下がお作りになったのですか!?」

ユリアが驚くとキースは照れ臭そうに笑いながらうなずいた。

「親しい方にしか作らないのですが、お口に合えば幸いです」

「そんな。なんだかもったいないです。いただきます」

自分で料理をしたことがないユリアが不思議そうにクッキーを見つめたあと一口噛る。サクッとした食感と、口に広がる優しい甘さにユリアは目を丸くした。

「とても美味しいです!」

「それはよかった」

嬉しそうに微笑むキースの手から王のクッキーを摘まんで口にいれる。いつのまにかカイルが水筒から紅茶をカップに注ぎ、馬車の中は細やかなお茶会のようになった。

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