裁き

 捕らえられたアメリアはそのまま地下牢に入れられた。

「悪いな。夜中になったら出してやるから」

「いいのよ。全く、とんだ誤算だわ。先王の時のように王妃と妃の仲が最悪だったらやりやすかったのに」

牢に入ったアメリアに兵士が優しく声をかける。アメリアは兵士ににこりと笑うと憎々しげに呟いた。

「王妃様は普段ほとんど喋らないからな。お妃様たちもお互いあんまり交流はないし。唯一の交流はたまに開かれる王妃様の茶会くらいだろう」

兵士はそう言うと鉄格子から手を入れてアメリアの髪を撫でた。アメリアは媚びるような笑みを浮かべると兵士に体を寄せた。

「子爵はそのこと知らないのかしら?王妃と妃が情報共有していることを教えたら、追加で報酬がもらえるかしらね」

兵士とアメリアが楽しげに笑っていると、カツカツが靴音が響いてきた。兵士は慌てて体を離し、アメリアは牢の隅に行ってうずくまった。

 牢におりてきたのは親衛隊所属の騎士ふたりだった。そして、ひとりはユリアの兄ギルバートだった。

「アメリアというのはその女か?」

「はい。そうです」

尋ねられた兵士が敬礼して答える。親衛隊の騎士たちはうなずくと兵士に鍵を開けるよう言った。

「この女の身柄は親衛隊で預かることになった。すぐに鍵を開けろ」

「え?そうなのですか?しかし、なぜ親衛隊が?」

「この女の背後にいる者を調べろとの命だ。すぐに牢を開けろ」

渋る兵士にギルバートが厳しい目を向ける。兵士は渋々牢の鍵を開けた。

「アメリア、出ろ」

兵士に言われてアメリアが振り返る。憔悴しきった様子のアメリアはふらふらと立ち上が ると覚束ない足取りで牢を出ようとした。

「あっ!」

牢を出るときつまずいてギルバートの胸に倒れ込む。アメリアは「申し訳ありません」と謝りながら潤んだ目でギルバートを見上げた。

 普通の男ならそんなアメリアに優しく声をかけ、下心を丸出しにするはずだたった。アメリアはそうしていつも男を手玉にとってきた。だが、今回は相手が悪かった。騎士の中でも特に王に忠誠を誓っている者、実力がある者で構成されている親衛隊の騎士、しかもアメリアは知らないことだがギルバートはユリアの兄だ。色仕掛けが通じるはずはなかった。実際、見上げたアメリアが見たのは虫けらでも見るかのように無表情で冷たいギルバートの目だった。

「アメリア、そこの兵士には通用したかもしれないが、彼には無理だよ。お前は知らないだろうが、彼はユリア様の、お前が部屋付きとして仕えていたお妃様の兄だ」

「えっ!?」

ギルバートと共に来た騎士の言葉にアメリアは驚いてギルバートから離れた。ギルバートはため息をつくと青い顔をしている兵士に目を向けた。

「お前にも一緒にきてもらおうか。私たちが来る前のお前たちの会話、しっかり聞いたぞ?」

「ひっ!」

ギルバートに睨まれた兵士の口から小さな悲鳴がもれる。もうひとりの騎士は苦笑しながらアメリアの両手を体の後ろで拘束した。

「さて、場所を移そうか。逃げようなどと考えないことだ」

にこりと笑う騎士にアメリアは寒気を感じた。

「私などよりそっちの男のほうが怖いから気をつけろよ」

兵士を拘束していたギルバートがアメリアに言うと、騎士は不満そうな顔をした。

「私、そんなに怖くないよ?優しいでしょ?」

「敵以外にはな。だが、お前は敵も笑いながら殺すだろうが」

「そりゃあ、敵を殺すのは楽しいからね」

にっこり笑う騎士にギルバートはため息をついた。

「それが怖いと言っている。ジル、さっさと連れていくぞ?」

「わかったよ。ほら、行くよ?逃げてもいいけど、その時は命の保証はしないからね」

ジルと呼ばれた騎士の言葉にアメリアは震えながらうなずいた。


 尋問は親衛隊で行われたが、アメリアは驚くほど素直に尋問に応じた。カインズ子爵の関与も証言がとれたが、カインズ子爵はアメリアの妄言だと言って一切取り合わなかった。だが、王はアメリアの後見であり推薦人でもあった子爵にも責任はあるとし、領地の半分を没収し、謹慎を言い渡したのだった。


「皆様、アメリアの件は片付いたそうですので、ひとまずもうご心配いりませんわ」

久しぶりに開かれた王妃の茶会で王妃が妃たちに言うと、妃たち、特にユリアはホッとした表情を浮かべた。

「王妃様、ありがとうございます」

「これで安心ですわね」

口々に礼をのべる妃たちに王妃は穏やかに微笑んだ。

「わたくしは何もしていませんわ。調べてくれたのはミリアですし、捕らえるきっかけをくださったのはカリナ様です」

「けれど、王妃様が最後に捕らえてくださいましたわ。あれは王妃様でなければなりませんでしたもの」

そう言って微笑むカリナに王妃は「ありがとうございます」と小さく微笑んだ。

「ユリア様、陛下がユリア様のお兄様も大活躍だったと話されていましたわ。お兄様は親衛隊にいらっしゃるのですね」

「あ、はい。兄は軍学校を出てからそのまま親衛隊に入りました。お城へあがる際には会えなくて、先日陛下のお心遣いで久しぶりに会うことができました」

「ユリア様のお兄様。確か、ギルバート様、でしたからしら?」

王妃とユリアの会話を聞いたエリスが首をかしげる。ユリアはエリスが兄の名を知っていたことに驚いた。

「エリス様、兄をご存知なのですか?」

「いえ、直接知っているわけではありませんけど、お噂を耳にしたことがあって」

「噂?どのような?」

すかさずイリーナが興味深そうに尋ねる。エリスはクスクス笑いながら「従兄弟から聞いたのです」と言った。

「私の従兄弟も親衛隊にいるのですけど、親衛隊の中でも特にお強い方がふたりいらっしゃるのだとか。そのうちひとりがギルバート・ユステフ様、ユリア様のお兄様だったと思い出したのです」

「まあ、お兄様ってそんなにお強いんですか?」

驚いたように言ったのは妹であるはずのユリアだった。

「兄は、あまりお仕事の話をしませんし、とても優しい方なので」

「きっと可愛い妹君の前では優しい兄でありたいのでしょうね」

何も知らなかったと恥ずかしそうにするユリアに王妃が優しく微笑む。ユリアは「自慢の兄なのです」と言ってはにかむように笑った。

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