ユリアの兄

 ユステフ伯爵家嫡男ギルバート・ユステフは親衛隊に所属する騎士だった。父は出世に興味がなく、他の貴族たちのように野心もない。だから、周りの貴族たちに利用されそうになるのをギルバートが阻止していた。

「ギルバート、午後は任務はいいから城へ行ってこい。妹君がお召しだそうだ」

上司からそう言われたギルバートは午後、城の応接室に向かった。


「ギルバート・ユステフです」

応接室の前にいた護衛に名を告げるとすぐにドアが開けられた。ユリアはまだきていないようで、ギルバートはソファに座ってほうっと息を吐いた。

 ユリアが城に後宮に入るとき、自分は運悪く夜勤だった。しかも残業もありやっとの思いで家に帰ったときにはすでにユリアはいなかった。父に似て他人の思惑に鈍感な優しい可愛らしい妹。険悪だと噂の後宮になどやりたくはなかったが、王直々のお召しとあっては断れなかった。

 後宮に入ったあと、ユリアに会ったのは父だけだ。パーティーで会った父は、元気そうで安心したと言っていた。

コンコン。

控えめなノックの音と共にドアが開いてユリアが入ってくる。立ち上がったギルバートが頭を下げる。ユリアはギルバートを見ると嬉しそうに微笑んで駆け寄ってきた。

「お兄様!」

「ユリア、久しぶりだね。元気だったかい?」

駆け寄ってきたユリアを抱き締めて優しく尋ねる。ユリアは兄の顔を見上げてうなずいた。

「はい。元気です。家を出るときお兄様にお会いできなかったのが残念でした」

「私もだよ。あの日は夜勤明けに残業が入ってしまってね。ユリアの出立に間に合わなかったんだ」

苦笑して言うギルバートにユリアは「わかっています」とうなずいた。

「お兄様は陛下の親衛隊ですもの。大変なお仕事なのはわかっていますわ。今日も、急なことでしたのに時間を作っていただいてありがとうございました」

そう言ってユリアが頭を下げると、ギルバートは首を振ってぎゅっと妹を抱き締めた。

「今はユリアのほうが私より立場が上だからね。ユリアが呼んでくれればいつでも会えるよ」

ギルバートの言葉にユリアはクスクスと笑った。ギルバートとユリアが向かい合って座る。するとメイがふたりに紅茶をいれた。

「それで、今日はどうしたんだい?用がなくてもいつでも呼んでくれていいのだけど、何かあったのかい?」

ギルバートの言葉にユリアの表情が曇る。ユリアはメイを部屋から下がらせると兄の隣に移動した。

「お兄様を信用して、お話したいことがあります」

「それは、侍女にも聞かせられない話かな?」

兄の問いにユリアは無言でうなずいた。

「私は陛下の騎士だ。陛下の害になるようなことなら黙っていられないが、どうかな?」

「陛下に関わることですけど、陛下も王妃様もご存知のことです」

ユリアの言葉にギルバートはうなずいて「話してごらん」と言った。

「先日、新しく入った侍女が私の部屋付きになったのですけど、王妃様がおっしゃるにはその侍女は何かおかしいのだそうです。それで、今王妃様がその侍女の身元を調べているのだそうです」

「その侍女の名前を聞いても?」

「アメリアという侍女です」

ギルバートはうなずくと少し考えた。

「わかった。私も少し調べてみよう。ユリアは何も知らないふりができるかな?」

「王妃様にも何も知らないように振る舞うよう言われました。怪しまれないに頑張ろうと思います」

不安そうなユリアにギルバートは微笑んでうなずいた。

「よく話してくれたね。ユリア、王妃様や他のお妃様たちはお優しいかい?」

「はい。とてもお優しいです。でも、ほとんどの方がそれを知らないのが少し悲しくあります」

ユリアの言葉にギルバートはにこりと笑った。

「そうか。話してくれてありがとう。王妃様に、ギルバートは味方だとお伝えしておくれ」

「はい!」

ギルバートの頼もしい言葉にユリアは頬を染めてうなずいた。


 ユリアとの面会のあと、ギルバートは王に呼ばれて執務室に向かった。

「親衛隊所属、ギルバート・ユステフです」

執務室の前で侍従に名を告げるとすぐに中に通された。

「失礼いたします」

「ああ、急に呼び出してすまないね」

ギルバートの姿を見た王はにこりと笑うと手にしていた書類を侍従に渡してお茶の用意を命じた。

「ユステフ伯爵家の嫡男が親衛隊にいるのは知っていたが、こうして話すのは初めてだな」

「はい。私が呼ばれたのは妹と何か関係がありますか?」

ギルバートの問いに王は目を細めた。

「ふふ、ユステフ伯爵は謀とは無縁な人だが、きみは違うようだ」

「無欲なのは父の美徳ですが、私までそうなってしまっては欲深い方々にすぐに食い潰されてしまいますから」

ギルバートの言葉に王は満足げに微笑んでうなずいた。

「きみはなかなか有能のようだ。もちろん、伯爵が無能と言っているわけではないよ?伯爵は領主としてとても有能だ」

「わかっております」

王の言葉に思わず笑ってしまいながらギルバートがうなずく。父は私欲はないが、領地を富ませること、領民の生活を豊かにすることには長けていた。ユステフ伯爵家の領地からの税収は国内随一だ。他の貴族から疎まれる原因にはそういうところもあった。

「ユリアから何か聞いたかい?」

「…今この場で私の口からはお答えしかねますが、私が陛下や王妃様に害をなすことは天地がひっくり返ってもありません」

「なるほど。ユリアは不安だろうが、なるべく早く始末をつけるつもりだ。ユリアに危害が及ぶことはない」

王の言葉にギルバートは深く頭を下げた。

「陛下、陛下は妹のことを慈しんでくださっているのですね」

「もちろんだよ。私も王妃も、妃たちも、ユリアを大切に思っている」

「でしたら、陛下にぜひお渡ししたいものがございます」

そう言ってギルバートが取り出したのは蝋で封がされた一通の封筒だった。

「これは?」

「とある貴族たちが、夜な夜な集まることがございます。秘密のパーティーと称しておりますが、集まるメンバーが少々特殊でしたので書き留めておきました」

ギルバートの言葉に王の目が険しくなる。王は封筒を受けるとその場で封を切って中身を改めた。

「…なるほど。ギルバート、きみはこれをどうするつもりだったんだい?」

「いずれ陛下にお渡しするつもりでした。妹が妃として後宮に入りましたから、色々と調べていた途中でこの秘密のパーティーを知りました」

「妹思いだな。これは大いに役にたつ。ありがたく使わせてもらうよ」

「お役にたてれば光栄です」

王の言葉にギルバートは深く頭を下げた。

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