それぞれの思惑

 夜、とある貴族の屋敷に数人の貴族たちが集まっていた。

「カイル様が登城され帝王学を学ばれるようになって、すっかり次期国王はカイル様だと皆が噂している」

「カイル様が次期国王と正式に発表されては色々と動きづらくなるな」

「カイル様とキース様の失脚を狙うなら今が好機か」

「キース様はともかく、あの奥方の家にこれ以上のさばられてはたまらん」

口々に好きなことを言う貴族たちの中にはギルドア侯爵の姿もあった。

「陛下の周りに気づかれてはならん。よいな?」

「心得ております。先日は息のかかったお針子がひとり解雇されましたし」

「新たに後宮に潜り込ませるなら侍女がいいか」

「では、私にお任せください。ちょうどよい者がおります」

そう言って手をあげたのはまだ若い貴族だった。

「ほう、カインズ子爵には使える駒がおありか」

「先日雇った女が家事から暗殺までこなします」

にこりと笑って言うカインズ子爵にギルドア侯爵はうなずいた。

「では、子爵にお任せしよう。キース様の醜聞、あるいはカイル様に後遺症の残るケガを負わせることができればよい」

「承知いたしました」

優雅に微笑みながら一礼したカインズ子爵にギルドア侯爵は静かにうなずいた。


 王妃の周りにいる侍女は王妃が実家から連れてきた者か古参の者しかいない。そして、新しく後宮の侍女として働くには王妃に謁見する必要があった。

「王妃様、本日より後宮で働くことになりましたアメリアです」

「アメリアと申します。王妃様に謁見でき光栄でございます」

後宮内の応接室で新しく入った侍女と謁見した王妃はじっとアメリアを見つめた後、小さくうなずいた。

「しっかり働いてください」

「はい。ありがとうございます」

アメリアが返事をすると侍女頭がアメリアを連れて退室していく。部屋に残ったのはいつもそばにいる王妃の侍女だけだが、それでも王妃の表情が固いままなのに気づいた侍女が慌ててそばに近寄った。

「王妃様、いかがなさいましたか?」

「あの方、アメリアといいましたね。なんだか、変な感じがして」

王妃の言葉に侍女は表情を引き締めた。王妃は他人の視線に敏感だ。そして、人を見る目は確かだった。

「さっきの侍女、すぐに身元を調べます。陛下にお知らせしますか?」

「わたくしからお伝えするわ。身元のほうをお願いね。わたくしの勘違いだといけないから内密に」

「承知いたしました」

王妃は勘違いかもしれないと言うが、王妃が気になると言って勘違いであったことはなかった。

 王妃が後宮に入ってすぐの頃は自分の娘こそ王妃にという貴族たちが王妃を追い落とそうと色々しかけてきた。自分の手の者を侍女として送り込み王妃に嫌がらせしようとしたり、あるいは王に色仕掛けを試みようとしたり。だが、そのどれもが王妃の「あの方、なんだか気になるの」の一言で身元を調べられ、嫌がらせや色仕掛けは未然に防がれた。

本来新しく入ったからといって王妃に謁見する必要はないのだが、そんなことがあってから新しい侍女はすべて王妃に謁見していた。


 王妃の侍女たちが迅速に行動を開始したことなど知らず、アメリアはユリアの部屋付きになった。ユリアの侍女の筆頭はメイだが、他にも数人の侍女が部屋付きとしてユリアのもとで働いていた。

「ユリア様、本日よりユリア様の部屋付きの侍女となるアメリアです。よろしくお願いいたします」

「はい、よろしくお願いします」

何も知らないユリアは挨拶をするアメリアににこりと笑った。

「何かわからないことがあったらメイに聞いてね」

「はい。ありがとうございます」

にこりと笑って頭を下げたアメリアは噂通り無邪気なユリアに内心ニヤリと笑った。貴族たちの思惑に敏感な他の妃たちのそばでは動きにくいが、ユリアならば多少おかしな行動をしても気づかないだろう。何より王妃と妃たち、妃たち同士の仲は険悪だと言われている。変に思っても若いユリアに相談する相手はいないだろうと考えていた。


 その日の夜、王は王妃の部屋ですごした。恋人のように熱い時間をすごしたあと、互いにベッドに横たわって寄り添いながら、王妃は新しく入った侍女のことを話した。

「新しく侍女が入ったのですけど、久しぶりになんだか変な感じがして、今ミリアたちに身元を調べてもらっています」

ミリアとは常に王妃のそばにいる侍女だった。それこそ子どもの頃から王妃に仕え、城にも連れてきた信頼している侍女。そして、ミリアも王妃の表情を読むのが誰よりうまかった。

「ふむ。ミリアが調べているのならすぐに身元が明らかになるだろうが、その侍女は誰かの部屋付きになったのか?」

王妃を腕枕しながら王が表情を引き締める。王妃はうなずくと「ユリア様の部屋付きに」と答えた。

「ユリアか。ユリアは若いし、後宮内が険悪だと思っている者ならば、ユリアのそばなら怪しまれずに動ける、もし怪しんでもユリアは誰もに相談できない、そう考えるかもな」

「ユリア様が傷つくことがなければいいのですけれど」

心配そうな顔をする王妃に王はにこりと笑った。

「アメリアに気を付けるよう、妃たちに話しておくといい。ユリアにも、何かあったらすぐに知らせるようにとね」

「わかりました」

「それにしても、カイルに帝王学を学ばせただけでこんなに早く動くとはね」

王の言葉に王妃は眉を寄せた。

「カイルを次期国王にするにしろ、もしかしたら生まれるかもしれない子どもに継がせるにしろ、掃除はしておかなくてはね」

「陛下に危険がないようになさってくださいね?」

「確約はしかねるが、善処するよ」

王の言葉に王妃は泣きそうな顔をしながら抱きついた。

「あなたに何かあったら、わたくしは生きていけません」

「それは大変だ。リーシュに長生きしてもらうために私も長生きしないとね」

王はそう言って悪戯っぽく笑うと王妃の唇にキスをした。

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