王妃への謁見

 結局ユリアはその日の夕食も自室で摂った。そして、夕食の後、王は今夜はこられないと連絡があった。ユリアの体調を心配してとのことだったが、ユリアはエリスと王のやりとりを見てしまった。きっとエリスのところへ行ったのだろうと思うと胸が苦しかった。


 翌日、朝食をすませたユリアが家から持ってきた本を読んでいると、王妃が呼んでいると知らせがあった。

「王妃様が?私に何のご用かしら?」

「それは存じ上げませんが、王妃様をお待たせするわけには行きません。急いでまいりましょう」

メイに促されるままユリアは部屋を出て王妃の部屋に向かった。

 王妃の部屋は後宮の中でもさらに奥にあった。廊下を歩きながら窓の外を見ると美しい庭園が広がっていた。

「王妃様のお召しでまいりました」

王妃の部屋につくと部屋の前には侍女がいた。侍女に声をかけると「少しお待ちください」と言われる。一旦部屋に入った侍女は戻ってくると「ユリア様のみお入りください」と言った。

「…わかりました」

困惑するメイを残してユリアだけ王妃の部屋に入る。王妃の部屋はユリアの部屋より広く、落ち着いた質素な調度品で揃えられていた。

「急に呼び出してごめんなさいね」

ソファに座っていた王妃に声をかけられてユリアは慌てて膝をついた。

「いえ、遅くなりして申し訳ありません」

決して遅くなったわけではないが謝罪を口にする。何を言われるかとうつ向いていると静かな足音が近づいてくるのがわかった。

「そんなに怯えなくても大丈夫よ。さ、立って?」

「え?」

そっと手をとられて立たされる。思わず顔を上げると、今まで無表情だった王妃は困ったような笑みを浮かべていた。

「わたくしのこと、怖かったでしょう?ごめんなさいね。わたくし、どうしても人前に出ると固くなってしまって」

王妃はそう言うとユリアの手を引いてソファに案内した。

「まだ少し顔色が悪いわね。体調は大丈夫?」

「はい。昨夜は晩餐を欠席してしまい申し訳ありませんでした」

「気にしなくていいのよ。陛下には無理をなせないようにとお願いしていたのに、結局あなたを寝込ませてしまって。困った方だわ。連日陛下のお相手をしては身が持たないから、昨日は他の方のところに行くようにしていただいたの」

小さく微笑む王妃は昨日まで見ていた王妃とはまるで別人のようだった。

「わたくしね、たくさんの人の前では話せなくなってしまうの。だから、謁見や晩餐では素っ気ない態度をとってしまって、本当にごめんなさいね。気心の知れた人だけがいるなら平気なのよ。だから、わたくしのそばには限られた侍女しかいないの」

「そうなのですか」

まるで別人と話しているような感覚のユリアは困惑しながらも改めてドレスの礼を言った。

「あの、ドレスを選んでくださって本当にありがとうございました」

「若いあなたに似合う色を思って選ばせてもらったのよ。あなたの部屋の調度品は妃の方々が選んだの。外では色々な噂があるようだけれど、わたくしたちはあなたがくるのを楽しみにしていたのよ」

優しい王妃の言葉にユリアの瞳から涙が零れた。見舞いの品も、エリスが王を誘っていたのも、全てはユリアを思ってのことだった。部屋の調度品からドレスに至るまで王妃や妃たちが自ら選んでくれていた。自分はとても愛されているのだと思うと安心して涙が止まらなかった。

「あらあら、やっぱり不安でしたよね。わたくしは外ではあんなだし、妃の方々も必要以上にはお話なさらないものね」

子どものように泣くユリアを見て王妃は隣に座って優しく抱き締めた。


「明日、わたくしの温室でお茶会を開くのだけど、あなたもいらっしゃらない?他の妃の方々もいらっしゃるのよ」

「お茶会、ですか?」

やっと泣き止んだユリアに王妃が優しく声をかける。お茶会と言われたユリアは顔を上げて首をかしげた。

「そう。温室に入るのはわたくしと妃の方々とわたくしの侍女だけ。だからなんの気兼ねもなくお喋りができるのよ。時々開いているのだけれど、外ではわたくしが妃の方々を虐めていると思われているみたいね」

「え、そんな…」

「仕方がないわ。外で話せないわたくしがいけないのだもの。本当なら王妃など向かないのだけど、陛下はそれでもいいからとおっしゃってくださったの」

苦笑する王妃にユリアは何も言えなかった。こんなにも優しい人なのに、周りの人間からはとても冷たい女と思われているのだ。

「それで、お茶会なのだけれど、来ていただける?」

「はい。お声をかけてくださってありがとうございます。出席させていただきます」

「よかった。あなたをお呼びするように妃の方々にも言われていたのよ」

嬉しそうに笑う王妃はまるで少女のように愛らしかった。

「そろそろ戻らないとあなたの侍女が心配してしまうわね。お茶会は明日の10時よ。場所はわたくしの温室。温室と言えば誰でもわかるし、温室の前には彼女がいるから」

そう言って王妃が示したのは王妃付きの侍女のひとりだった。長い髪をきっちり丸め、背筋を伸ばして立つ様子は一見怖そうな印象だったが、にこりと笑うと途端に優しい顔になった。

「ありがとうございます。明日、楽しみです」

「わたくしもよ。またお話しましょうね」

微笑む王妃に一礼して部屋を出る。すると不安そうに待っていたメイが駆け寄ってきた。

「ユリア様!大丈夫でしたか?」

「はい。大丈夫でしたよ」

ユリアがにこりと笑うとメイは安心したように息を吐いた。そのままふたりで部屋に戻った。

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