~冬~

『冷たい両手に込めた冬が』

 手が冷たい。ゆっくりと手のひらを開くと、小さな白いかけらが落ちてきた。


 それは今年初めての雪だった。白く儚い雪が溶けきるまでの一瞬を、私は何も語らず見つめていた。また一つの季節が巡り、時が何かを奪っていくのだろうか。


 生まれてから何度の季節が巡ったか、私は覚えていない。短く儚い命。それ故に「花の民」と呼ばれた石喰いであるはずの私。最後の一人となった私——リンドウは、未だ散ることもなく生きている。


「雪か。冷え込むと思ったら、そんな時期になっていたとはな」


 数歩先を歩く黒髪の青年が、天上から降り注ぐ雪を見上げていた。出会った頃より伸びた髪が、流れた時間を感じさせる。君と歩んだ季節。私が生きていた時間を思い出す。


 君——カナンは、いつも痛みを堪えるような目をしていた。深い色の瞳が遠くを見つめている時、彼が想うことはただ一つなのだろう。失ったもの、守れなかったもの。カナンの心はまだ、在りし日のそばで立ち止まっている。


「……次の町までそれなりの距離がある。ひどくなるようなら、どこか休める場所を探したほうがいいな」

「それなら、この街道を少し行った場所に休憩所があったはずだよ。そんなに立派なものじゃないけれど、避難場所としては問題ないんじゃないかな」


 降り積もる雪の冷たさを、私はいつか忘れていくのだろうか。


 何故と問うこともなく、疑問に思うこともなく。


 過ぎ去った行った季節の中で、私はひとりだった。どうしようもなく、独りだった。独りでいることで守られていたもの。それがなんだったのか、気づいてしまったから。


「どうした、雪に埋もれたいのか」


 振り返った君の目が、立ち止まった私を見ていた。それがたまらなく絶望的なことに思えて、私の心は痛みを描き出す。次に季節が巡った頃、きっと君そばにはいない。それはとても「幸せ」なことのはずなのに、私の心はその痛みを「甘い」と感じていた。


「……変わらず、君は容赦ないね」


 私はたぶん、いつものように笑っていることだろう。

 移ろわないこと、揺るがないこと。それが出来たなら、私は永遠にでも生きていけたはずだった。満ち足りて散ってしまうのが花ならば、私は永遠に石で良かったのに。


 君と歩く時間は、あとどれくらい残っているのだろう。カナン、と呼びかける度に考える。君の痛みが消える時、私はどうしているだろうか。旅の終わりを夢想するほどに、私は己のエゴを自覚せざるを得ない。


 手の中で雪が溶けて消えてしまうように。過ぎ行く時の中で、何もかも忘れ去ってしまえればいい。独りに戻ることは大した問題ではない。少なくとも、私は生き続けられるだろう。けれど、それでも。


「君の心が、いつか」


 忘れないでほしい。そう願う程度に私は醜い。永遠に終わらないでほしい。そう思う程度に、私は君を失いたくなかった。

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