化け猫の正体見たり

「なんだかいけないことしてる気分だな……」

 その夜。窓からゆかりの部屋に忍び込んだ徹平はぼやく。

 やはり身体が優れないのか、ゆかりはぐっすりと眠っており、侵入者に気づく気配はない。それが徹平の倫理観を余計に責め立てているとも知らず。

「お前はいいよな。子供の姿なりだから、婦女の寝室に入り込んだところで迷子扱いで有耶無耶に片付けられるだろ。俺は見つかったらしょっ引かれるんだぜ? 俺、警察の厄介になりたくねーんだけど」

「ならば、貴様も縮んでみればいい」

「はあ? 無理言うなよ……」

 広々とした部屋の片隅で、ぼそぼそと会話を繰り広げる主従。すると、鍵を掛けていたはずの戸がギィ、とひとりでに開いた。二人は口を噤み、息を殺した。

 開いた戸から入ってきたのは、三俣青年だった。徹平は息を呑む。三俣は憑かれたようなふらふらと危うい足取りで、部屋の真ん中に鎮座するベッドに横たわるゆかりに近づき、その面を覗き込む。

「ゆかり様……ああ、お労しい。こんなに弱ってしまわれて……呪う。呪う殺す許さぬ許さぬ許さぬ!」

 一人呟きながら眦をギリギリと吊り上げた三俣のかおが、みるみる変わっていく。産毛がザワザワと伸び始め、顔中を覆い隠した。頭頂には二つの三角が生え、少しの音も逃さぬようぴくりと動く。裂けるように開いた口からは、象の皮膚すら噛み千切るであろう鋭い牙が覗いて見える。夜闇に爛々と輝く硝子玉の瞳は憎悪の色に染まっており、これではまるで――

 このままではゆかりに危害を加えかねない。身を乗り出そうとした徹平を、ゴローが制した。魔王はそのまま、凛と声を張り上げる。

「本性を表したな、化け猫め」

 今にもゆかりを喰い殺そうとしていた三俣の変化が止まった。呆然とこちらを振り返る。

「貴方方は……どうして……」

「どうしても何も、貴様がわしらを呼んだのであろう。猫の呪いを解けと? 化け猫は貴様自身だろうて、自作自演のくせに笑わせる。そこの女も仲間か?」

「いえ……私は……」

 魔王の言葉責めに遭う三俣はしどろもどろ、視線もあちこち彷徨わせて憐れだ。

「そも、もののけ屋には物怪の類いしか寄りつけぬよう人払いの術をかけている。貴様が徹平の破屋に辿り着いた時点で判りきっていたことだが」

 吐き捨てたゴローの台詞に、徹平はえっ、と声を上げていた。

「それ初耳なんだけど。何勝手なことしてくれちゃってんの?」

「わざわざ報告する必要がどこにある? 貴様の立場を忘れたか、徹平。貴様も含め、貴様の所有物は即ちわしの所有物だ。どう使おうがわしの勝手だ、口を慎めよ」

 傍若無人を絵に描いた魔王は暴論を述べる。これでは暴君だ。徹平が口をへの字に引き結んで黙り込んでいると、

「あなた方は……一体何者なのですか」

 ゴローと徹平の二人を、畏怖が篭った眼差しで見つめてくる三俣。ゴローはよくぞ聞いてくれたとばかりに胸を張って名乗りをあげる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る