彼女は殺されたのです

松浦 由香

第1話 11月初め

 中講堂。3~50人程度の制度が入る行動には、数個の空席はあっても、ほぼ人が座っていた。

 多種多様な制服を見る限り、彼らは高校生で、この大学のオープンキャンパスにでも参加したのだろうか? 学部説明を静かに座って聞いている。来年、この中の何人がこの場に居るか解らないが、とりあえず今は興味はあるような顔をしていた。

 壇上には、白衣を着た、髪をひっつめただけの女性教師が立っていた。化粧っけはなく、美人とも、かわいいとも言えないが、それなりに目鼻立ちの整った顔をしている。愛想はなく、声の抑揚もなく、説明をするにあたって用意されるであろう原稿の類もなく、無表情に話している。

「—我々は結果を知っているのです。この戦争の結末を。そして、それを変えることはできない。

 だが、「IFや、もしかしたら」と考えることはできる。例えば、勝敗が逆転していたらどうなっていたか? もし、戦争そのものがなかったなら、それ以降の発展はあったのか? とか。そういったことを考えるだけでも面白いじゃないか? 

 もちろん、「IFや、もしかしたら」なんてものはあり得ない。正解はこの世界になるのだから。結果的に過去は変えられないのだ。だが想像することは悪いことではない。

 現に、定説はいくつも覆されているのだ。昔は聖徳太子と習ったのに、今や、厩の王子とか。そういったことは多々ある。

 だから、「IFや、もし」を恐れて、考えず受け入れるだけでいるのはやめろ。

 これは王朝の壺だと習ったが、本当の壺なのだろうか? と疑え。それでこそ、探求する考古学者になれる。と、私は信じている。

 以上、考古学部の勧誘を終わる」

 金田 一華は壇上を静かに降りた。

 だが、一華の白衣の、両方のポケットに詰め込まれた、ペンや、電卓、メジャー、カッターナイフなどのプラスチックがカチャカチャと五月蠅い。

 一華は壇上から見えていた会場奥に立っていた、この場にふさわしくない二人組に近づいた。

 


1 Z16号室

 今日は寒い。

 一華は白衣のポケットに手を入れたが、荷物が多すぎて首をすくめて腕組をした。それで暖を取る以外無いようだ。見た目的にはかなり偉そうな姿に見えるのだが―。

 一華は二人の来訪者に向かって、静かに、不機嫌そうに言った。

「……自殺、ですか?」

 不機嫌なのは、その事実があまり愉快ではなかったからだ。

 来訪者は、所轄の殺人課の刑事だ。以前の事件で出会ってから、よくよく関わることが多い。

 一人は、中年で立場的には中間で、体力も捜査に対する熟練度も上がってきている働き盛りの立川刑事。

 もう一人は、まだまだ、青臭さの残る青田刑事。

「まだ、捜査段階です。としか言えないです」

 青田刑事が常套句的に言う。

「……昨日?」

 青田刑事の方が頷いた。

 一華が学校にやってくるなり、理事長室から総括責任者兼社会学部長の三上先生から警察が来ていて、そちらに向かっている。と電話が入った。

 オープンキャンパスで学部説明をしろと昨日言われ、早速赤っ恥をかかなくてはいけない朝に、理事長の声を聴いただけでも不愉快なのに、「警察?」と聞き返したが、詳しい話をすることもなく、ただ、電話の向こうで、理事長のヒステリックな声

「どうして、考古学部ってのは問題ばかり起こすのよ!」

が聞こえていたので、何かあったのだろうと思った。


中講堂での説明を終えた二人の刑事と合流し、自室であるZ-16号に入ってすぐ、来校の理由を聞いたところだった。

「山森 佳湖かこという、こちらの学部に入っている生徒がビルから飛び降りて死亡しているのを発見されました」

 と、相変わらず厳つい顔をした立川刑事に対して、今時の美青年よろしく涼しい顔をした青田刑事が涼しく話した。

 コーヒーを机に置いた助手の小林君が、コーヒーを置き終えるとすぐにパソコンで亡くなったと言われた山森 佳湖を検索して、それを一華に見せる。

 確かに、彼女は一華の授業をとっていた。成績はいたって良の文字が並び、実習出席もいい方だったが、ごく普通の真面目では教師の記憶には残らない。ある程度の特化した能力がないと在学中ですら記憶されない子もいるほどだ。例えば、実習にやたらと参加するとか、論文をよく出すとか、見解を述べに来るとかだが、そういったことをしたことはない生徒だったようだ。

 ただし、備考欄に「突出した才能―ここでは考古学に寄せる情熱などを含むもの―はないが、真面目に授業を受ける。見た目が華やかなので、男受けがいいが、女受けは悪い。ただし、本人にその気はないようだ。自我が強すぎるのだろう」と書いてあった。

「どういう生徒でしたか?」

 一華のメモを刑事に見せながら、一華は天井を仰ぎながら山森 佳湖を思い出す。

「確かに、授業を真面目に受けている感じでした。好きで授業をとっているというわけじゃなく、……中学高校時に否応なしでも授業って組まれているでしょう? あんな感じです。受けているけれど好きではない。ただし、受けたからには真面目に授業を受ける。という感じ。

 そう、書いてあるまんまですね。

 彼女は歴史にさほど興味はないから、ものすごい質問や意見交換をしたりはしないけれど、それでも、レポートはちゃんと出していたし、テストも比較的いい点だったはずです」

「悩みごとの相談とかは?」

「……。いや、そんなことされたら覚えていますよ」

「確かに……同学部の生徒に話を聞いて回っても?」

「何を聞くんですか?」

「気になりますか?」

 青田刑事がボソッと聞く。

「そりゃぁ、私の生徒ですからね……それに、19歳の女性がなんだって死ななきゃいけないのか気になりますし。質問される生徒たちも、怖いでしょうしね」

「もちろん、同席してもらいますよ。本人が嫌がれば別ですが」

 一華は頷いた。

 立川刑事はいつも黙っている。黙って威嚇するので圧がひどいと助手の小林君は言うが、一華はよくわからない。気難しいお父さん。という印象しかない。話しやすさで言えば青田刑事の方が断然話しやすいが、一華の思考を理解してくれるのは立川刑事の方だったりする。


 山森 佳湖と同じ授業を専攻し、なおかつ、一華の授業を受けている子を中心に、呼び出された。たぶん、ほかの授業を受けているときには、ほかの教師が立ち会うのだろう。今は、一華の歴史専攻しているクラス分だけだ。


 一通り生徒と話をする。質問内容はほとんど一緒だった。

「山森 佳湖とどの程度の付き合いだったか。

 山森 佳湖のことをどれほど知っているか。

 山森 佳湖について、どう思うか」

 たいして付き合いがなさそうなものは簡略していっても、30人近くがいたが、山森 佳湖と特別仲が良かった、または関係があると思われると証言が出たのは5人だけだった。

 5人は放課後Z-16号室に来てもらうようになっていた。

 一人、二人と部屋を訪ねてきた。5人とも、山森 佳湖の死に対してショックを受けているようで、顔色は悪かった。

「別々に話を聞きたいのですが、大丈夫ですか?」

 と青田刑事がやさしく聞く。面談の際に一華の同席を必要とするならば申し出て、必要でなければ、刑事と三人での面談だと話すと、五人全員が一華の同席を望んだ。


 







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