第21話 開幕のベルを鳴らせ。この世で最もつまらない喜劇の始まりだ
ヴィッツたちが逃げるように去って行った後、すぐにヴァイス殿下が来た。
「探しました。こんな所にいたんだね」と言って。
まさかつけて来たのだろうか?という思うが一瞬頭を横切ったがそんなこと、当然だが王子相手に聞けるわけがない。
いくら相手が気さくに話しかけてくれていても私は女公爵で、相手はこの国の第二王子なのだ。
「少し息抜きに出ていました」
「そうか。しかし、ここは冷える。休憩なら控室に移動しよう」
「いいえ。折角のお申し出ですが主役である私が長く会場を離れるわけにはいけませんので会場に戻ります」
「そうか、それは残念だ。あなたを独り占めできるチャンスだったのに」
「‥‥‥」
どこまで本気なのだろうか。
「全部、本気だよ」
私の心を読んだかのようにヴァイス殿下が言った。
どう返して良いか分からず、戸惑う私にヴァイス殿下は「会場に戻ろう」と言って肘を出した。会場までエスコートをしてくれるようだ。
私は少し躊躇いながらも彼の肘に手を置き、会場へ向かった。
恋愛に対して初心者の私にヴァイス殿下は歩調を合わせてくれているのだ。それが嬉しくもあり、申し訳なくもある。
会場に戻ると桜色の髪が視界に入った。
アリエス。彼女は何かを探すようにきょろきょろと辺りを見渡している。いつもならお友達の令嬢と一緒なのに今日は一人だ。きっとお父様の失脚と以前と変わってしまった私と彼女の仲から公爵令嬢になれない可能性があると導き出して様子見をされているのだろう。
貴族は利に敏い(疎い馬鹿もいるけど)。
アリエスは私を見つけて嬉しそうに笑った後、私のエスコート相手を見て驚いていた。一瞬だけ、苦虫を噛み潰したような顔をしたように見えた。
見間違いかなと思う程一瞬のことだった。
彼女はすぐに笑顔を取り戻して私の元に駆けよる。まるで大好きな主人を見つけた犬のように。
駄犬にも劣るけど。だって、駄犬でも犬の方が可愛いもの。
「お姉様、探しました。どこに行ってらしたんですか?」
「少し息抜きに庭に出ていただけよ」
「殿方と一緒にですか?お言葉ですが、男性と親しくなるのはあまり感心しませんわ。だって」
くすりとアリエスは笑った。
顔は人の好い笑みを浮かべ、けれど私にだけ分かるように彼女は確かに私を嘲笑ったのだ。
可哀そうな子。両親を亡くして、だけど誰にでも優しくていい子だと思っていた前の私を殴りたくなるわ。本当に何も見えていなかった。
いいえ、目を瞑っていたのね。気づかないふりをしていた。
そこかしこに気づくべき点は転がっていたにも関わらず、都合が悪かったから。
あなたが自分の価値を高める為に私を利用していたように、私もあなたを利用していた。あなたに優しくすればいつかお父様は私も愛してくれるようになるかもしれない。だから私はあなたに優しくしていた。
それにはあなたが悪女では困るのよ。
あなたが優しいから私も優しくしている。そう思うことで自分自身を守っていた。だけど、もうその必要もない。
「ワーグナー殿下と婚約破棄をされたばかりなのに、もう次の殿方を捕まえるなんてはしたなくございませんか?ヴァイス殿下、申し訳ありませんがお姉様の醜聞になる可能性があるのでこういった接触はお控えいただけると嬉しいですわ。お姉様の為にも。代わりに私がお相手を致します」
何も知らない無垢な少女の顔。だけど目は口ほどにものを言うものだ。彼女の目は獲物を狙う肉食獣のものだ。王位継承権の高いヴァイス殿下に乗り換えるつもりだ。
自分は可愛いから、話しかけるだけで全ての男が自分に惚れると思っているのかしら。何て恥ずかしい子。
ヴァイス殿下に触れようとしたアリエスの手を私は持っていた扇子で叩き落とした。
私がそんなことをすると思っていなかったアリエスはとても驚いている。ええ、そうでしょうね。あなたの知っている都合の良い私なら「そうね、ごめんなさい。気をつけるわ。ありがとう、アリエス。私の為に」そう言ってヴァイス殿下を譲ったでしょうから。
「アリエス、あなたは何様なのかしら?」
「えっ?」
「ワーグナー殿下の婚約者になれたからといって王族になれたわけでも公爵家の人間になれたわけでもない。あなたの身分は未だ、ただの男爵令嬢よ。なのに、私に指図をするの?いくら従妹でも礼儀は弁えて欲しいわ。それに自分は無関係みたいな言い方だけど私の婚約者を取ったのはあなたでしょう?従妹の婚約者に手を出すなんていったいどちらがはしたないのかしら?それと許可もなく王族であるヴァイス殿下に触れるものではないわ。ワーグナー殿下の婚約者を名乗るなら礼儀を学びなおした方が良いわ。ワーグナー殿下に家庭教師の手配を依頼しておきますわね」
「‥‥‥ワーグナー殿下に?」
どうして公爵家が手配しないのって顔しているけど当然じゃない。本当に自分の立場が分かっていないのね。
「当然でしょう。あなたは公爵家の人間ではないもの。だからそれを手配するのは男爵家かあなたの後見人、もしくは婚約者であるワーグナー殿下になるわ」
私はアリエスに話しているようで実は会場にいる全ての人間に情報を与えているのだ。ラーク公爵家がアリエスを公爵家に迎え入れることはしないと。
「お姉様は私の後見人ではないの?」
「いいえ。あなたは確かに私の従妹ではあるけど、ヘルディン男爵家は分家の中でも一番下に位置するの。だからラーク家があなたの後見人を務めることはできないの」
厳密に言えば法律で定められたものではないので可能と言えば可能だ。
ただその場合はあらぬ憶測を呼ぶ。例えば、その子供が公爵家の妾子だからわざわざ後見人に名乗り出たのではないかと。
貴族にとって対面は大事だ。相手に隙を与えることも許されない。何が致命傷になるか分からないからだ。そんなリスクを背負ってまでアリエスの後見人を務める価値はない。
「そんな‥…で、でも、上級貴族が下級貴族の後見人を務めたことはありますよね」
「それはそれだけの利益があったから。先行投資のようなものよ」
私は持っていた扇子でアリエスの顔を上にあげさせ、私を見上げるようにさせる。
「現在、公爵家に借金をしているあなたに投資するものはないわ。お父様があなたに使い込んだ領地の金まで返せとは言わない。でも、あなたがラークの名を名乗ることは許さない」
お父様の横領したお金は全てアリエスに使われた。そういう情報を与えるだけで貴族は勝手に憶測する。本当はアリエスも前公爵が横領しているのを知っていたのではないかと。
真実などどうでもいい。
話は面白ければ面白い程いいのだ。それが相手を不幸に陥れることになる話なら尚更。
男爵家から公爵家へ。夢のような話は泡と消え、奈落へ突き落とされる滑稽な姿は貴族の好みに合うだろう。
まずはあなたの社交界での立場を失くしてあげる。
かつての私があなた達によって社交界を追われたように。
ああ、なんてつまらない喜劇だ。
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